ハロウィンの花嫁編(2)
十月二十九日。
「で、なんでお前もついて来るんだ」
「だって気になっちゃうんだもん」
翌日、コナンは小五郎と共に警視庁へやってきていた。小五郎について警視庁へ入ろうとしたコナンは、ボロボロのタブレットを持つ外国人の足取りに目を止めた。不安気に辺りを見回しながら、その男は同じように警視庁へ向かっているようだ。ふと、彼のポケットから何か折りたたまれた紙が落ちた。
「待って、何か落としたよ!」
コナンは慌てて引き返し、地面へ落ちた紙を拾った。そしてコナンの声で立ち止まっていた外国人の男へそのまま差し出す。わざわざ膝をついてコナンと目線を合わせた男は、小さく笑みを浮かべた。
「Спасибо」
(ロシア語……!)
驚くコナンから紙を受け取った男は、渡したい人がいる大切なメモなのだと続けた。
「あ、あの!」
警視庁へやってきたということは、その渡したい相手は警察、もしくは所在不明の人物。何か手伝えることはないかとコナンが声をかける前に、先に入口まで歩いていた小五郎が「早く来い!」と急かした。
「待ってよ、おじさん、あのね、この人――」
一度外国人の男へ背を向け、小五郎へ事情を説明しようとコナンは駆け出した。その瞬間。ビーという警告音のような音が響いた。何事だと、その場にいた全員が、音の発生源へ視線をやる。発生源であるタブレットを持つ男もまた、目を丸くしていた。
数瞬後、強い熱と風によってコナンの身体は吹き飛ばされた。

「謎の外国人が爆発した?」
松田がその連絡を受けたのは、何とか出向先の上司の許可をもぎ取り、飛行機の空席がなかったために妥協して飛び乗った新幹線の車内であった。この際だからと買った駅弁を頬張り、ゴクンと嚥下する。通話相手は少し苛立ったように『聞いてるの?』と声を荒げた。
「聞いてるって。新幹線の中だからちょっと待て」
弁当の蓋を閉じ、貴重品だけ持って席を立つ。先ほどの言葉で視線を集めてしまった自覚はある。松田は車内の四方から飛んでくる好奇の視線を知らぬふりして、廊下へ出た。
「それって昨日の萩の巻き込まれた爆破事件と関連あるのか?」
『それはまだ何とも言えないわ』
通話の相手――警視庁捜査一課の佐藤美和子刑事は、何やら資料を見ながら話しているらしく、紙の摩擦音が一緒に聞こえた。
『遺体も丸焦げで身元不明。爆発物も同様よ。目撃者の証言では、昨夜の事件と似たような炎が上がったってことではあるけど』
「成程な……その外国人を狙った犯行の可能性が高いのか」
『そう。だからまずは身元特定を最優先しているの。で、聞きたいんだけど松田くん』
「俺?」
『燃えずに残った被害者のバッグから、あなたの名刺が出てきたの。“捜査一課強行犯三係 松田陣平”――心当たりは?』
「はあ?」
まさかの名指しに、松田は思わず声を上げていた。

「やだ、陣平ちゃんが容疑者?」
狙われたのかなぁ、なんて大げさな身振りで自身の肩を抱く姿に、それだけの元気があれば十分だと伊達は苦く笑った。
「ま、何かしら関係はあるかもな。被害者と直前まで話していた目撃者は、誰かにメモを渡しに来たと言っていたらしい」
「ふーん、その誰かが陣平ちゃんかもってことね」
まだ包帯が取れない手で、萩原は頭を掻く。そんな彼へ、伊達の傍らに立っていた千葉が一枚の紙を差し出した。千葉が萩原へ事情聴取すると聞いたので、見舞いの名目で伊達も便乗していたのだ。
「これが被害者の似顔絵です。見覚えは?」
暫く目を細めたり唸ったりしていた萩原は、「覚えがない」と首を横に振った。
「女の子の顔ならもう少し覚えてるんだけどね」
「はは……」
「全くお前は……しかし、笑ってばかりいられねぇぞ、松田の話じゃ、お前昨日は呼び出されたそうじゃないか」
伊達の指摘に、萩原は痛いところを突かれたときのように少し視線を動かした。それから動きづらい手で、枕元のスマホを示す。
「知り合いの女の子から、あの時間にあの場所で落ち合って食事しましょうってメッセージが来たんだよね。でも目が覚めてから安否確認も含めて彼女に連絡したら、そんなメッセージ送ってないって」
誘い出されたのか。メモを取りながら、千葉は眉を顰める。
「二つの事件は、関連してると一課は見てるみたいだね」
「萩原と、松田の名刺を持った外国人の近くで同じ色の特殊な炎が上がったからな」
「まさか、松田さんも狙われているとか!」
千葉は顔を青くする。萩原と伊達は眉を顰めた。
「そうだとして、理由はなんだ?」
「俺と陣平ちゃんの接点なんて有り余るくらいだけど……」
推理を確立させるための、要のピースが足りなすぎる。唸って伊達が額へ手をやると、「あ、そういえば」と萩原が声を上げた。
「何だ、どうした」
「いや、さっきお見舞いの人が話してるの聞いたんだけどさ、都内の立体駐車場でも、昨日珍しい色の炎が燃えているところ見たって」
伊達と千葉は顔を見合わせた。爆破事件、もしくは放火事件は、昨日から現在にかけて都内では繁華街と警視庁前の二件だけしか報告を受けていない。捜査一課に降りて来ていない、謎の不審火事件。
まさか、と心中で呟いた伊達の視線が、萩原と交わる。彼も神妙な顔で小さく頷いた。
――ゼロが、関わっている。

「はい、これでよし」
警視庁の救護室で手当てを受けたコナンは、そのまま事情聴取を受けるために別室へと誘導された。そこにいたのは佐藤だけ。聞けば、高木や千葉たちは聞きこみに出ているという。
「あの、毛利のおじさんは?」
「さっき蘭さんから連絡があって、命に別状はないそうよ」
コナンを安心させるように微笑んで、佐藤は向いの椅子に座った。
爆発の瞬間、異変に気付いた毛利がコナンの身体を掴んで庇わなければ、コナンはもっと酷い怪我を負っていたことだろう。代わりに毛利は背中に酷い火傷と、吹き飛ばされたときの打撲で病院へ運び込まれている。
「それで、松田刑事はなんて?」
真剣な目をするコナンは、毛利の仇でもある犯人を捕まえるという意気込みで染まっているように、佐藤には見えた。正義感と好奇心の塊であるこの子どもは、ただでさえいろいろなところに忍び込んで御し難いというのに、こんな目をされては佐藤とてむやみやたらと大人しくしていろとは言えない。
「すぐには思いつかないって言ってたわ」
「あの人、ロシア語を話してた。外国人に名刺を渡す機会なんて、早々ないかなと思ったんだけど」
「そうね、しかもあの名刺、ちょっと古いのよ」
コナンは首を傾げる。佐藤は証拠品として袋に入れた名刺を机に置き、その隣に自分の名刺を並べた。
「ほら、微妙にデザインが違うでしょ? あの被害者が持っていた名刺って、一つ前のデザインなの」
「松田刑事が、前のデザインの名刺をまだ持ったままだったとかは?」
「まあその可能性もあるわ、この職業だと名刺渡すより手帖見せる方が早いからね」
自分の名刺をケースへ戻し、佐藤は小さく笑った。
「でもね、松田くん、三年前の爆破事件のときに名刺全部燃やしちゃったの」
三年前の十一月七日、松田はとある連続爆弾犯からの予告を受けて遊園地の観覧車に乗っていた。卑劣な犯人は爆弾のディスプレイに、三秒前に二つ目の爆弾の居場所を表示すると連絡してきた。初めは松田も捨て身でそれを受けるつもりだった。しかし丁度四年前の事件で長期リハビリ入院中だった萩原が偶然病院で爆発物を発見、解体したことでそうする必要がなくなった。さっさと解体して観覧車から降りたところ、遠隔操作で爆弾が爆発。一番近くにいた松田は吹き飛ばされ、命に別状はなかったものの、半年ほど休職するはめになったのだった。
「スーツも自慢のサングラスも一緒に燃えちゃったからね。で、復帰日に合わせて新しい名刺を渡したってわけ」
「それが、丁度名刺のデザインが変わったときだったんだね」
「そう。しかも旧デザインの名刺を彼が持っていたのも、数日なの」
四年前の萩原の仇をとるのだと転属を直談判していた松田が、頭を冷やせという名目で捜査一課強行犯に配属されたのは十一月一日、ハロウィンの翌日。急な異動のため名刺の作成が間に合わず、やっと佐藤が渡せたのは十一月四日の朝、祝日の翌日だった。そして七日の爆破事件で燃えるまでの三日間だけ、あのデザインの名刺は松田の手元にあったのだ。
「でも四日は一日内勤だったし、五日は護送任務でほぼ移動だけ。七日は事件の直前まで爆破犯を追跡していたから……」
パラリパラリと過去の日誌を捲りながら、佐藤は記憶を辿る。松田が配属当時、彼女が彼とペアを組んでいたのだ。懐かしい過去を思い出しているのだろう。高木が配属し今の関係に至るまで、松田へ浅くない情を抱いていたと聞いたことがあるから、そのときの感情も同時に思い起こされているのかもしれない。
「てことは、名刺を渡したとしたら、六日だけだね」
「そう。アイツ、この一週間は連続爆破犯について調べるために、庁内に泊まり込んでたから、勤務終了後に誰かに渡した可能性はない筈よ」
だが、と佐藤は腕を組み天井を仰いだ。
「でも、特別変わったことが起きた記憶ないのよねぇ……当の本人ですら思い当たらないんだから、しょうがないけど」
午前中から強盗犯の確保、暴走したバスを止め、自殺志願者を説得。午後は担当事件の聞き込み中、逃走犯確保の協力要請とその調書。指折り佐藤が上げた事件の数に、コナンは思わず口元を引きつらせた。
佐藤と行動している間は、それらしい外国人と接触はしていない。可能性があるのは唯一、調書をとるために別行動した三時間だ。

「萩原さん、また爆弾で怪我したんですね」
萩原の病室前で千葉と会話していたことで刑事と察したのか、一人の看護師が高木に声をかけた。
「え、ご存知なんですか?」
「ええ。だってあの人、七年前もこの病院に運び込まれましたから」
さらには回復してくると若い女性看護師に気さくに声をかけていたから、よく記憶に残っているとその看護師は小さく笑った。何と言って良いか分からず、高木はぎこちなく笑う。
「あの先輩刑事さん、そのときもお見舞いに来てましたし」
「ああ、仲が良いんですよ」
「ですよね。他にも三人、時間はバラバラでしたけど、頻繁にお見舞いにいらしてましたよ。同級生とか言って」
「三人?」
「ええ、普段は一人ずつだけど……そう、一日だけ四人揃ってお見舞いに来てました。とても仲が良い様子だったので覚えています」
高木の知る萩原の仲の良い同期とは伊達と松田。あと二人、警察学校時代から親しくしている人間がいるということか。何となく、高木の脳に引っかかるものがある。
「その二人って、名前とか分かります?」
「えっと……何か双子みたいな呼ばれ方していたと思います。綽名だったのかな?」
勤務の間にチラリと部屋を覗く程度だったので、看護師もはっきりと会話を聞いたわけではないようだ。ああでも、と最後に看護師は口を開いた。
「四人が揃った日は覚えてますよ、だってその翌日に病院で爆弾騒ぎがあって、その中の一人がまたこの病院に運び込まれたんですから」
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