ゼロの執行人編
サミット会場が爆破された。その報せは、東京のみならず日本全体を騒がせた。
捜査一課の一員として捜査会議に参加していた松田は、手元の資料とスクリーンの監視カメラ映像を見比べ、荒々しく舌打ちをした。隣に座っていた千葉は、ビクリと肩を揺らしてしまう。
「ち……アイツ、何してんだ」
灰色の爆煙の中、微かに見得た金の髪――潜入捜査官としては目立ちすぎる容姿が、こんなところで仇となるか。いや、僅かな時間だから気づいた人間は少ないだろう。
「松田さん?」
「はぁ、今回のヤマ……面倒くさいことになりそうだな」
ズルズルと浅く腰掛ける松田の姿に、千葉は首を傾げた。

「毛利小五郎を送検?!」
「声がでけぇよ」
萩原はハッとして口を噤み、乗り出しかけていた身を大人しく引いた。個室の居酒屋だが両隣から陽気な笑い声が聞こえてくる。あまり大きな声を出すわけにはいかない。
伊達はソフトドリンクを一口飲み、息を吐いた。
「それってサミット会場の爆破の件で?」
「ああ。焼き付いた毛利小五郎の指紋があったって。……見つけたのは、公安の風見って人だ」
「風見……あの、降谷と一緒にいた公安か」
フム、と伊達は顎を撫でる。頬杖をつき、萩原は眉を顰めた。
「それって……マジ?」
「ああ。……どうもきな臭いんだよな。零のやつ、何考えてやがる」
「何か引っかかることが?」
「どうも無理やり、犯人を作ろうとしているみたいな」
松田はうまく言語化できないのか、ウンウン唸りながら腕を組んだ。「あ」と萩原が声を上げる。
「そう言えば、爆処の先輩が、現場が飲食店だから初めは事故かと思ってたって。残留ガスの濃度も高かったし」
「……つまり、何もなければガス爆発として処理される可能性が大きかった」
タン、と伊達は空になったグラスを机に置いた。
「公安に死傷者が出たせいか、あるいは……」
「事件性を強く感じていた。しかし今のままでは立証が難しい」
「だから犯人をでっち上げたのか? アイツ、性格悪くなったな」
松田は盛大に顔を顰めて、フライドポテトを摘まんだ。萩原は大きく息を吐いて、後ろに手をついた。
「風見って人も大変だなぁ……」



曇天の空の下、降谷は公園を後にした。彼の背後では、項垂れる風見と彼を見つめるコナンの姿がある。
「……もう少し言い方があっただろ」
草陰から声が聞こえ、降谷は足を止めた。声の主は深くフードをかぶり、草木に身を溶け込ませるように佇んでいた。
「ゼロ」
フードの下から見えた瞳が、静かに降谷を見つめる。凛とした表情を崩さず、降谷はその瞳を見つめ返した。
「本当のことだ。素人の、それも小学生に盗聴器をつけられるなんて。これが組織の人間だったら」
「ゼロ」
口調が早くなる降谷の頬を、諸伏は手の甲で軽く叩いた。
「落ち着け」
「……悪い」
「ともかく、お前の狙い通りに事件化はした。けど、本当に大丈夫なのか?」
「ああ」
きっぱりとした降谷の言葉に、諸伏は諦めたように息を吐いた。
『――安室透という男は、人殺しだ』
耳元につけたインカムから、雑音混じりに風見の声が聞こえる。何のことを言っているのか、降谷はすぐに理解した。理解して、しかし彼への説教の言葉を息と共に吐き捨てて降谷はまた歩き出す。
「――違法作業の始末は自分でつけるさ」



サミットの爆発はIOTテロの先駆けであり、毛利小五郎は濡れ衣を着せられた。捜査一課と公安部の捜査は、テロ事件解決へ向けてシフトされた。彼と常から親しくしている高木たちは、あからさまにホッと安堵した様子を見せている。
引き続き警視庁で松田たちが捜査会議を続けていた頃、突如、停電が起こった。何事かと捜査員が慌てる中、さらなる絶望的な報せが届く。今夜地球へ帰還する予定の探査機がハッキングされ、落下地点が変更された。その落下予測地点こそ、
「警視庁だと!?」

『ゼロ! 何かが可笑しい!』
インカムから聞こえて来た声に、降谷は眉を顰めた。
爆発で逸れたカプセルの軌道は、一般人が避難したエッジオブオーシャン。その報せを聞いた降谷は、コナンと共に警視庁を飛び出した。

『そっちは大丈夫なの? 陣平ちゃん!』
「情報が錯綜して、都内の一般人がこっちに車で避難しちまってる! こっちから避難するための橋が、二本とも渋滞で使えねぇ! そっちの誘導はどうなってんだ!」
『こっちも似たような状況だよ! 残ってた他部署のメンバーと誘導はしてるけど……! って、』
「あ? ハギ?」
『あれは……――ゼロ!』
萩原との通話が途切れる。松田もその後すぐ、混乱する一般人の避難へかかり切りとなった。
幼馴染の言葉の意味を理解したのは、それから数分後のこと。ビルから炎が燃え上がり、向いのカジノタワーへ向けて白い何かが飛び出した瞬間だった。
「――ゼロ」

コナンと別れた降谷は、壁にもたれかかって息を吐いた。脱出の際に窓ガラスで切った腕から血が垂れ、服と床を汚していく。コツ、と固い足音を立てて、膝を曲げかけた降谷の前に誰かがやってきた。
「全く、無茶する」
「ヒロ……」
「腕を貸すよ。風見さんからも心配する連絡が入ってる」
「ああ……」
怪我をしていない方の腕をとって、諸伏は自分の首に回した。素直に身体を預ける幼馴染に小さく笑みをこぼして、諸伏はゆっくりと廊下を歩き始めた。
「今回、お前は無茶ばかりだ。公安に死傷者が出たからって。あの小学生の力を借りるにしても、もう少しやりようがあるだろ」
諸伏の小言に、降谷は何も言い返さない。自覚があるのだろう。怪我もしているし、続きは完治してからとするか。ふと、諸伏はビルの下の方で燃える車に目を止めた。
「ところで、あの車どうするんだ?」
「……後で然るべきところに連絡するよ」
「協力者って呼んでやれよ、きっと喜ぶ」
諸伏はクスクスと笑う。幼馴染の横顔を見上げ、疑わし気に降谷は眉を顰めた。



数日後、松田のもとに短い手紙と車の鍵が届いた。萩原と共に指定された工場へ向かう。錆びたシャッターを開いた松田は、萩原と共に顔を引きつらせた。
「アイツ、何したらこんなことになるんだよ」
「まぁ、俺も大概無茶なドライブはするけどさぁ」
シャッターを下ろし、工場内の裸電球をつけると、ボロボロのRX-7が照らし出された。
「で、これを修理しろって?」
「陣平ちゃん、すっかり便利屋扱いだね」
持参した工具箱を開きながら、松田はため息を吐く。萩原も軍手をはめ、袖をまくった。
「ばかやろう、便利屋扱いするくらいなら、協力者にしろっての」
フンと鼻を鳴らしながら松田は工具を手に取ると、RX-7の修理へ取り掛かった。
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