拝啓、緑の宝石の丘に立つ天使へ
・7話を踏まえた妄想。
・結局オリジナルが学園生活を送ることになり、ミオリネの会社に関わる中で絆されていったとしたら。
・CEOにとってはオリジナルも駒、ミオリネの会社が御三家他から危険視され強制排除の憂き目にあっているという設定。


「僕が行くよ」
その声は、四面楚歌の状況で混乱する場に凛と響いた。
「……アンタ、正気? 死ぬかもしれないのよ?」
一番早く我に返ったミオリネが、柳眉を吊り上げる。しかしその鋭い視線を受けた相手は、嘗て『氷の君』と称されるも納得の表情で、彼女を見つめ返した。
「他に方法はないだろう。外の奴らは、僕がファラクトで引き付ける。その間に、ここを離脱してくれ」
「でも、」
「君は、」
エランは鋭い声で、言い募ろうとするミオリネの口を塞いだ。
「何のために、ここまでやってきたんだ。……エアリアルと、スレッタ・マーキュリーを守るためだろう」
決して荒い語調ではなかった。しかし、聞く者の背筋を叩きあげるだけの芯のこもった、声だった。
「だ、だめです……」
震える声で、言葉を発したのは、二人から少し離れた場所に座り込んでいたスレッタだ。彼女は自分の足を叱咤して立ち上がると、リリッケが差し伸べる手を断って二人の方へ歩みを進めた。
「だめです……危険、です。行かないでください……エランさん」
エランのこめかみが、ヒクリと動く。彼はスレッタから顔を背け、さっさとモビルスーツの格納庫へ向かおうと足を動かした。しかしその手を、スレッタが掴んで引き留める。
「……離してくれ。このままでは一網打尽にされる。誰かが囮にならなければ」
「で、でも、」
「この中では僕が一番適任だ。ペイルのCEO連中は、駒としか思っていない。……俺も、アイツらと同じ……何もないんだ」
微かに伏せられた顔は、カーテンのように垂れた髪に隠されて誰にも見えない。一番近くにいたスレッタだけが、僅かに噛みしめた口元を見ることができた。
「そ、」
震える声のまま、スレッタはエランの手首を掴んだ両手に、力をこめる。
「そんなこと、ないです。何もないだなんて、そんなの、可笑しい、です」
水面のように潤んだ瞳から、ポロリと雫が零れた。それが、ポツと固定された手の上に落ちる。ふ、と薄い紙を吹き飛ばすように軽い息の音が、どこからから聞こえた。
「……そうだな、可笑しいな」
いつかと同じセリフ。けれど、響く音はどこか自嘲気で、あのときよりも悲しい色をしていた。
「エラン、さん?」
「君の提案は受け入れられない……悪いな」
戸惑うスレッタの手を振り解き、一度も振り返らないまま、エランは歩き出す。
「ヌーノ・カルガン、ファラクトの準備を」
エランは凛と背筋を伸ばしたまま、声を張り上げた。名指しされた方はまごつきながらも、ミオリネを一瞥し、彼女の頷きを得てから渋々駆け出した。
一斉に動き始める仲間たちを眺めながら、スレッタはストンと膝をついて座り込む。滲んだ視界の中、薄緑の彼の背中だけが、ハッキリと見えている気がした。

黒いモビルスーツが、格納庫から飛び出す。
建物を取り囲んでいた軍用機が、空を引き裂く勢いで飛び出したファラクトを追い始めた。一度の飛空ですべてを引き付けることはできないのは、予想済みだ。パイロットはガンビットを展開し、建物に張り付いたままの軍用機へ向けてビームを放射した。
「く……パーメットの適合は、やっぱりアイツラの方が上か……」
灼けるような痛みが、腕から目元へ駆けあがる。ギリリと歯を噛みしめ、それでもエランは操縦桿から手を離さなかった。
幾つか、軍用機を破壊できた筈だ。あとはファラクトを捉えんと追って来る機体をギリギリまで引き付け、他のメンバーの退路を繋ぐ。
「パイロット技術も、アイツには劣る……だが、俺だって――『エラン・ケレス』だ……!」
ガンビットを展開したまま、ファラクトのビームサーベルを構える。滞空しビームサーベルを構えるファラクトへ向けて、幾つもの機体が迫りつつあった。
エランはグッと操縦桿を握り、一つも見逃すまいと眼を開く。グローブの中で手汗が滲み、僅かな不快感を与えていた。
「勝敗はモビルスーツの性能のみで決まらず……操縦者の技のみで決まらず……――ただ、結果のみが真実!」
一機のモビルスーツが飛び出してくる。エランは歯を食いしばり、ビームサーベルを振り上げた。

コックピットが、赤い。息をするたびに全身が灼けるような感覚が走る。
ここは、どこだ。がむしゃらに追手と戦っていたからか、いつしかエランは宇宙に囲まれていた。
握ったままの操縦桿を動かす。指先の感覚はない。しかしファラクトとの接続は感じられる。それによって、ファラクトの片足が無くなっていることを知った。
『――ンさん、エランさん!』
緊急回線が無理やり繋げられる。映像回路は壊れていたため、音声だけだ。取り繕うのは声だけで良いから有難い、とエランは苦く笑った。
ペタリと肌に張りつく髪をかき上げ、エランはゆっくりと息を吐いた。
「……スレッタ・マーキュリー、そちらは無事、逃げられたかい?」
『はい、エランさんのお陰で……! だから、早くエランさんも、』
「……申し訳ないが、それは無理だな」
エランはレーダーへ目を落とした。それはノイズ混じりだが、一機のモビルスーツがこちらへ向かって飛行していることを示している。
まだ、追手は残っている。そろそろこちらが囮だと気づかれていそうだ。それでもしつこく追って来るところを見ると、ファラクトを処分したい派閥のモビルスーツなのだろう。つまり、今こちらに迫って来る機体の狙いは、エランだ。
「僕のことはいい……君は、自分の無事だけを考えていて」
『そんな……! エランさんもいなきゃ、意味がないです!』
泣き出しそうな声だ。いや、見えないだけで既に泣いているのかもしれない。良かった、と思ってしまったのは、彼女と一番心を通わせた代役の振りをし過ぎたせいだ。
「いいんだよ……僕は、君に何も……渡せない」
何を言っているんだと、俯瞰視点の自分が呆れている。これは、四号としての台詞だ、そうでなければ。
『そんなこと、ない、です! エランさんは、たくさんくれました! 食事とか、お祝いのメッセージとか、約束とか!』
彼女の言葉に、耐えられない。
「……くく」
エランは思わず、喉を鳴らして笑っていた。珍しい笑い方に、スレッタは不思議そうに名前を呼んだ。
エランは大きく笑い声をあげて、後頭部をシートの背もたれに擦りつけた。
「あーあ、可笑しい! 可笑しいったらありゃしない!」
『エラン、さん?』
「最後まで黙っていようとおもったけど、気が変わったよ。スレッタ・マーキュリー」
嘲るような声色は、四号として接した日々では出していない。さぞ、通信の向こうの彼女は困惑した顔をしていたことだろう。映像回路が故障していることが、少し残念だった。
「君が俺から貰ったというもの、それは全部俺じゃない。エラン・ケレスの、四番目の影武者によるものだ」
かげ、むしゃ。掠れた声が聞こえる。頭が熱い、目頭が熱い。レーダーが敵の接近を、コックピット全体が機体の故障を警報音として知らせている。しかし、すべてがどうでも良いとエランは思った。
「ファラクトは呪いのガンダム。次期CEOの俺に、その呪いを与えるわけにはいかない。だからアーシアンの貧民を連れてきて、市民権の獲得と引き換えに、呪いの代役をさせてたのさ」
『マネキン王子は、その四番目ってわけね』
それまでは静かに聞き役に徹していたらしいミオリネが、会話に割って入った。
『本当のマネキン王子はどこへ行ったのよ』
「本物の俺が君たちの前に現れた。それが答えだ」
そこまで鈍いわけではないだろう、と笑って言えば、ミオリネは暫しの沈黙の後「……いつからよ」と何かを食いしばっているような声で訊ねた。
「俺に言わせるのか? ――とある決闘で負けた後だと」
ひゅ、と息を飲む音が聴こえた。ガタンという音と、スレッタの名を呼ぶ声。耐え切れず、倒れこんでもしたのだろうか。ああ、映像回路が故障していて良かった。
『……どうして、今、』
ミオリネはそこで言葉を止めた。唇を噛んでいるような音が聴こえる。
ハッと笑って、エランは目元を手で覆った。映像回路が壊れていて、本当に良かった。
「……こんな俺と間違われたままなんて、」
どうせなら、音声回路も壊れていれば良かったのに。
そんなどうしようもないことを考えながら、エランは通信切断ボタンを押した。
『待って、エランさ――』
彼女の声が、途切れる。
「――不憫だろ」
静かな声は、けたたましい警報音の中へと溶けていった。

痛みは既に麻痺した。同時に動きも鈍くなったが、構わない。
両手で操縦桿を握り、エランは口端を持ち上げて、画面越しに迫る敵機体を見つめた。
「……来い。お前を地獄へ呑み込む蛇が、ここにいるぞ」
血のように赤いパーメットの光が、エランの全身を包んでいた。
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