再演。
見覚えのあるスケボーの裏側を、零は大きく見開いた青い瞳に映した。そこから飛び出した何かが呆気にとられる男の顔面にめり込んで、自分の拘束が解かれる。コンクリートを抉る勢いでブレーキを掛けるスケボーと、そこに乗る子どもをポカンと見つめた。
跳躍したスケボーから飛び降りて男の顔面に着地した一人が、零に駆け寄った。
「ゼロ、無事か!?」
景光は、身体を起こした零に大きな怪我がないことを確認して、小さく息を吐いた。
「まだ改良の余地あるなー」
「ぅ……」
ケロリとした顔でスケボーに取り付けたハンドルのグリップを弄る研二と、一番後ろに乗っていたらしい青い顔をしたコナン。彼らの顔を確認し、零は一番近くの景光に視線を戻した。
「……なんで来た!」
「阿笠博士にカスタムしてもらったスケボーで」
「手段の話をしているんじゃない!」
コナンも持つ特製スケボーを、自分が得意な車の運転と同じように動かせるよう、ハンドルをつけてもらったらしい。可哀そうに、最早キックボードと化したそれの後部に乗せられ、かなり無茶な運転に付き合わされたらしいコナンは、口元に手を当てている。零は知らない、彼がモノレールと正面からやり合った安室透の運転を思い出していたことを。
「まさか、アイツらも……!」
「そりゃあね」
パチンと研二がウインクするとほぼ同時か、零たちの背後に立っていた男たちが一斉にバランスを崩して倒れこんだ。何事かと振り返る零の目前で、足や腰を黒いベルトに取られた男たちは、一人残らずコンクリートの柱に縛り付けられていた。
「何が……!」
「強度マシマシの伸縮サスペンダーだ」
別の柱の影から、陣平と航が顔を出す。
研二が派手なスケボー運転で注目を引いている間に、サスペンダーを限界まで伸ばして男たちの周りに張り巡らせる。そして、一気に収縮させることで捕縛した、と。
「どうしてここが……」
零が訊ねると、陣平はサングラスのつるをトントンと指で叩く。サングラスの左側が、受信画面のように色を変えた。コナンの眼鏡と同じ、追跡機能だ。
ハッとして、零はぎこちない動きで襟裏に手を差し込んだ。新幹線で一度、景光にここを触られたことを思い出したのだ。案の定、指先は小さなボタンを掴んでくる。ヒクリ、と零の口元は引きつった。気を許す相手とはいえ、これでは風見のことを言えない。
よく見れば、航や景光の身に着けるベルトや靴は、コナンの所持するものと似ている。阿笠特製の秘密道具というやつだ。ここ数日の外出の本当の目的は、これらを手に入れ、使用のテストをするためだったのか。
ぐ、と発信機を握りしめるが、痺れている手では握り潰せない。
「お、落ち着けって」
さすがに悪いことをした自覚があるのか、景光はバツの悪い顔をしつつも、零の暴挙を止めようと手を伸ばした。その小さな手首に大きなリストバンドを見つけて、零は息を飲んだ。
「おい、それ、すぐに、」
「お前らが邪魔するから……!」
登場の衝撃に呆気に取られていたXが、我に返ったように声を荒げて、先ほど見せたスイッチを持ち上げた。零は咄嗟に景光の腕を引いた。ベルトを外そうと指を伸ばすが、痺れた神経が動きを鈍らせる。
「ゼ、」
「早く、そのリストバンドを外せ!」
航たちにも聞こえるように叫べば、サングラスを頭へやった陣平が「ああ」とリストバンドを見やった。
カチ。Xの手の中で、スイッチが音を立てる。
カチャン、とその後に響いたのは、コンクリートと金属がぶつかる音だった。
「こんな単純な造り、三分もあればお釣りがくるぜ」
ニヤリと笑った陣平が、自身の手首に巻いていたリストバンドを地面へ落としたのだ。それに続くように、研二や航も、付けたままにしていたリストバンドをすんなりと外す。
「観覧車のときも思ったけどよ……お前の手作りか?」
挑発的に陣平が見上げると、Yはピクリと眉を動かした。
「……既に解除してたのか」
「お前、俺らにちょっと過保護すぎ」
顔を顰める陣平と零を見て、景光はクスクスと笑う。
「オレたち五人揃えば何とかなるだろ?」
零は目を瞬かせて、頬についた砂を払い落とす彼を見つめた。

「ふっざけんな!」
ブチン、と何かが切れる音がした。ハッとして振り返る。拘束されていた男だったが、そのうちの一人が隠し持っていたナイフで切ったらしい。幾人かは動けずに蹲る様子も見られるが、意地でも借りを返すと言わんばかりの形相をした数人がこちらへ足を進めてくる。
いち早く動いたのはコナンで、彼は駆け出しながら声を張り上げた。
「景光、安室さんを連れてって!」
「は?!」
「動きが鈍い、何か薬でも 嗅がされたんでしょ!」
声を上げる零を一瞥もせずに、コナンは男たちの前で立ち止まると、シューズの側面へ指を添えた。バチリと電撃を纏った足が、ベルトから飛び出たボールを蹴り上げる。
凡そ小学生にしては強すぎるシュートが、先頭に立つ男の腹へ命中した。腹に飛び込んだ衝撃で足を地面から離してしまった男は、背後にいた数人共々倒れこんだ。
「ここは俺たちに任せて行け!」
「そんなこと、できるわけないだろ」
敵陣にコナンたちを置いて行くわけにいかない。しかし、零も痺れた足の感覚は大分矯正できるようになったが、立ち上がって足を踏み出すことが精々だ。手を離そうとしない景光と、コナンの方へ駆け出そうとする研二たちを見て、零は顔を歪めた。
研二は、足元に転がったコナンの帽子を拾い上げる。後頭部のホックを開き、それをギュッと零の頭に乗せた。無理やりかぶせられた帽子のツバで一瞬視界を遮られ、零は「わ」と声を上げる。
「無茶はしないよ、約束したしね」
「風見さんたちが到着するまでの、時間稼ぎだな」
「けが人は大人しく隅に行ってろ。頼むぞ、景の旦那」
景光はコクリと頷き、零の手を引いた。戸惑う零は、その場に踏みとどまるだけの力が戻っていないのだろう、素直に腕を引かれるまま足を動かした。
「待て!」
零と景光の後を追おうとしたXとYの前に、キックボードに乗った研二が割り込む。その勢いに驚いてたたらを踏んだ二人へ、研二は二ッと笑って見せた。
「二人は追わせないよ」
「この……!」
ギリ、とXは歯を鳴らす。次の瞬間、部屋の四方から連続した発砲音が響いた。
「サツか?!」
男たちが慌てて身を屈める様子を見回しながら、Yは「ちがう」と舌を打った。微かに漂う火薬の匂いは、嗅ぎなれたものだった。
「安心しろ、爆竹だ……容器と火薬をちょいと、借りたけどな」
立ち込める煙の向こうから、声が聞こえる。キックボードの子どもの姿も、もうなくなっている。爆竹が立ち上げた煙と砂埃が、視界を遮っているのだ。それは男たちも同じようで、不明瞭な視界へ対する罵声が聞こえてくる。
そんな彼らを煙の幕の中でも捉えることができたのは、陣平だけだ。彼はサングラスに映る人の影を見て、襟につけたバッジへ口を寄せた。
「オーケー、その位置でいいぜ、航」
視界を遮られ、しかもこちらの手札を利用され、Yは深々と鼻へ皺を寄せる。先ほどの挑発的な眼差しも思い出し、ギリリと歯を噛みしめる。
「You brats!!」
その傍らで、天井に向けていたXの目に、白と黒の壁が映り込んだ。

数秒も経たぬうちに、大きく膨らんだサッカーボールがみっちりと床から天井までの隙間を塞ぎ、男たちを逃げ場を塞いでいる。そちらとは違う方向へ身を隠していた研二たちは、足音が落ち着いたことでそっと顔を覗かせた。
「大丈夫、だよな?」
「強度は問題ないと思う。ナイフじゃあ、穴は空かない筈だ」
けほ、と咳を零しながらコナンが答える。たたた、と足音を立てて二人の方へ駆け寄ってきたのは、サッカーボールの直ぐ傍で作業をしていた陣平と航だ。航は手にしたベルトに目を落として、大きく息を吐いた。
「軽く肝が冷えたぞ。陣平は煽りすぎだ」
陣平はべぇと舌を出す。
「風見さんたちは後どれくらいかな?」
到着した際に位置情報をメッセージで送ったから、そう時間はかからない筈だが。サッカーボールの壁向こうに閉じ込めた男たちが、暴れ出す前に到着して欲しいところだ。
彼らの様子を伺おうと、向こう側の壁へつけてきた盗聴器の音を拾うため、コナンは耳元へ手をやった。
「どうした?」
眉間へ皺を寄せるコナンへ、航が声をかける。零と景光はどこまで逃げたのだろうかと話していた陣平と研二も、言葉を止めて彼を見やる。
「……安室さんたちは、どこに行った?」
コナンが片耳だけ外したイヤホンから、Yを探すXの声が航たちにも聞こえてきた。



騒ぎに乗じて階層を抜けた景光たちは、非常階段を利用して屋上へと駆けこんだ。
「ここまで来れば、大丈夫かな」
景光が立ち止まるとほぼ同時に、零はカクンと膝を折って座り込んだ。慌てて景光が振り返ると、零は珍しく肩で息をして項垂れていた。
「大丈夫か?」
「ああ……大分、今の感覚での動かし方が分かった」
零が少し顔を上げると、軽い破裂音が階下から聞こえてくる。零がじっとりとした視線を向けてくるので、景光は苦笑して「陣平が弄ってた爆竹だと思う」と素直に答えた。
「あいつらは…」
零がため息を吐いて横髪を握る。景光は彼の言いたいことを察して眉根を下げた。
「分かってくれ、オレたちは、」
「分かってる。……逆の立場だったら、僕も大人しくはしていなかっただろうさ」
もう諦めたと軽い調子で呟いて、零は前髪から手を離した。ぐしゃりと握ったことで、金の髪が飛び跳ねている。思わず苦笑して、景光はそこを手ですいた。零は口を曲げてその手を腕で押し返す。
――カァン。
「!」
高い足音に、景光と零は揃ってそちらへ視線を向けた。入口付近に影が見える。零がはっきりそれを視界に入れるより早く、足音と傍らの景光が動いていた。
バチン、と強い電気の音と共に飛び上がった景光の背が零の前へ躍り出る。靴の機能で増強された脚力で弾かれた相手の腕が、宙を藻掻く。痛みに小さく悲鳴を上げた相手は、しかしすぐに反対の腕を伸ばして飛び上がったままの景光の肩を掴んだ。
「ぐ!」
「ヒロ!」
立ち上がろうとした零は、しかしクラリと頭が揺れる感覚に膝をついた。は、と息を吐いて、顔を持ち上げる。相手は零を警戒してか、数歩後ずさって距離をとった。弾かれた腕は痺れるのか脇に垂らしたまま、もう片方を景光の首へ回して圧迫し、小さな身体を胸元に抱え込む。
「……Y、でしたっけ?」
先ほどは仏頂面だったが、階下のフロアで子どもたちにどんな挑発をされたのか、グッと顰めて不機嫌そうだ。零には、誰がなんと言葉をかけたのか想像できる気がした。
「その子を離してください」
「……Xの言う通り、こいつらが首輪になっているみたいだな」
喉の中心を抑えるように腕を動かすので、景光は息苦しさに顔を歪めた。
零は小さく呼吸を繰り返し、逸る鼓動と手足の感覚を整える。隙があれば、すぐにでも地面を蹴れるように。
脇に垂らした指を数回動かして、Yは右手を自分の襟首の方へ伸ばした。背負っていた小さな鞄の中を探り、何かを取り出す。
「!」
Yの手に握られていたのは、拳銃だ。来日する際、持ち込んだものだろうか。
頬を強張らせる零から視線を逸らさないまま、Yはその黒い銃口を景光のこめかみへ添えた。
「な!」
「動かないで」
鋭い声に、零はピクリと肩を揺らす。ゴリ、と固い感触を頭に受け、景光は眼球だけそちらへ動かした。
「こいつらには随分ばかにされた」
「……そっちが本音だ」
景光が口端を持ち上げて呟くと、喉の圧迫が増した。
「……ほんとは、おれはどうだっていいんだ。今回のことだって、あいつが……Xが望んだから」
指は引鉄に添えられたまま。グリップを握る手は、まだ先ほどの蹴りによる痺れが残るのか、震えが見える。
「……」
零はまだ動けない。動くための隙が足りない。コクリと、唾を飲む。一か八か。
(ああ……)
いつだって、景光はこんな選択しかできない。
「!」
「な!」
二人分の息を飲む音。景光は思い切り腕を伸ばしてこめかみの銃口を掴むと、Yが動くより早くそれを自分の胸へ向けて固定した。痺れの残る末端神経は突然のことに対応できなかったようで、彼が引鉄を引くことはなかった。そのまま、両手で包んだ銃口を胸から外さないように抑えつける。
「何を……」
「……これくらい小さな身体だと、この大きさの弾丸は貫通するかもな。後ろにいるお前も、無事じゃすまない」
その意図を察したYは銃を引き戻そうとするが、景光は力を込めてそれに抵抗した。
「お前、死ぬ気か!」
「やめろ、ヒロ!」
Yの力に抗いながら、景光は胸元へ落としていた視線を上げる。
帽子のツバの下で、青い瞳が雨上がりの水たまりのように揺れている。景光は目を細めた。
弾丸が景光を貫通したとして、どれほどの傷をYへ与えられるか分からない。そのまま死亡するのは避けたいところだ。きっと、公安部は生きたまま捕縛したいだろうから。
「……ゼロ」
――悪い。
「……」
開いた唇を一度閉じ、景光は目尻を下げて口を開いた。
「頑張れよ」
「――!」
Yの指は引鉄から離れている。だから、景光は自分の親指をそこへ滑り込ませた。
はく、と零の口から声にならない空気が落ちる。その顔は、さすがに景光も正面から見ることができなかった。

――カンカン、カン。

「!」
その音に景光が動きを止めてしまったのは、反射的なものだった。
屋上に続く扉の向こうから、誰かが駆け上って来る。
Yの脳裏に、屋上へ向かう前のフロアの様子が思い浮かんだ。あの混乱の中、あの場にいたこちら側の人間は全員無力化されたことだろう。男たちにしては軽い足音は、予想するにあの子どものうちの誰か。もしくは、到着した増援。
Yはサッと屋上へ視線を滑らせた。零はまだ動けない様子。腕の中の子どもは左腕の力で抑えつけてしまえばいい。ならば、向けるべきものと方向は、一つだ。
『――景の旦那!』
抱えた子どもの襟元から、声が聞こえる。そら、Yの予想通りだ。今そちらに向かっているというメッセージか。
Yは景光に掴まれたままの銃を押した。予想外の方向へ動いたことで手が緩み、銃を握ったまま手を引き剥がすことができた。ついでに重りにしかならない小さな身体を投げ飛ばす。強かに背中を打ち付けた彼の元へ。、零は身体を引きずって近づく。
Yはそちらを気にせず。そのまま銃口を入口へ。
――カァン。
足音が高く響き、扉が揺れる。そこから覗く人影へ向けて、Yは躊躇いなく引鉄を引いた。
「やめろ!!」
天を突く発砲音に、景光の声が重なった。
「……っ」
引鉄を引いて、銃弾が対象を貫くまでに時差がある。そのわずかな時間で、Yは人影が誰であったか――扉の影から飛び出してきた人物の顔を、初めて確認した。
「……なん、で」
硝煙の昇る銃が、手から滑り落ちる。カラン、とコンクリートを滑るそれを、咄嗟に零が手で払い、誰も手の届かない屋上の隅へと追いやった。そんな動きも気にせず、Yは目を見開いたまま手を脇に落とした。
銃弾を受けた相手は、扉の脇の壁にもたれ掛かった。ドクドクと、胸から流れる赤よりくすんだ色の髪が、風に揺れる。驚いたように丸く見開かれた赤茶色の瞳が、硬直するYへと向けられた。
屋上へ飛び込んで、銃弾の的になったのは、Xだったのだ。
「ふぃ、ろ……」
「……レイチェル!」
それが、彼らの本当の名前か。受け身を取り切れなかったせいで、肩が熱い痛みを訴える。それを抑えながら、景光は顔を歪めた。
Yは座り込んだXの元へ駆け寄る。ぐったりとする彼女の肩を抱き起こし、Yは酷く憔悴した表情を浮かべる。
「そんな、おれ……」
「……なん……」
小さく唇を動かしたXは、痛みのせいかフッと目を閉じてしまった。カクンと首が落ち、力ない指がコンクリートを擦る。その動きを瞳に映し、Yはハクと乾いた口を震わせた。
「――あ、あああ!」
プシュ――Yの声に紛れて、小さな針が刺さる音が、確かに零の耳に届いた。
途端、Yの身体がガクンとXに覆いかぶさるようにして崩れ落ちる。彼が蹲ったことで、扉の影に隠れていた小さな影が見えるようになった。
「……コナンくん」
「間に合った、かな」
先に零たちの方へ駆け寄ったコナンは、二人の怪我がそれほど酷いものではないことを確認してホッと安堵した様子だ。それから麻酔針で眠らせたYと、出血のショックで気絶したXを見て顔を歪める。しかし少しすると気を取り直したように零へ視線を戻した。
「……下は、風見さんたちが来てくれたよ。研二たちもまだ下にいる」
「そうか」
「大丈夫?」
コナンの問は、渋い顔をしたままの景光にも投げかけられていた。零は思わず景光へ視線を向けた。景光は肩を抑えたまま、小さく首を振る。
「……」
コツン、と零は俯いたままの景光の頭を、人差し指の節で突いた。キョトンとして、景光は顔を上げる。
「さっきのこと、僕は許してないからな」
「あ、ごめん……」
「……考えていることが分かるのが、自分だけだと思うなよ」
零が視線を落とすと、景光は少し泣き出すように目を細めて口元を緩めた。
「うん、ごめん」
「……ふん」
零は小さく息を吐いて、帽子を取った。それを、二人のやり取りに目を瞬かせているコナンへかぶせる。
「ありがとう、これ返すよ」
「え、あ、うん」
「先に下へ戻って、風見たちを呼んできてもらえるかい? 僕も、すぐに動けそうにないから」
コナンはすぐに頷いて、パタパタと階段を駆け下りていった。
沈黙が少し気まずいと感じていた景光だが、零は気にしていないようで「さっきの」と景光を見やった。
「え?」
「さっきの、陣平の声、あれ通信機だろ?」
「ああ、うん」
景光は頷いて、襟元を寛げて見せた。すぐにそうとは分かりづらい場所に取り付けた、通信機能付きバッジ。さすがに、探偵団マークのデザインなのは、元太たちのスペアを借りて来たからだ。
『おーい、二人とも生きてる?』
零が覗き込むとほぼ同時に、タイミングよく研二の声が聞こえてきた。思わず、景光は零と顔を見合わせる。苦笑が、どちらからともなく零れた。
「ああ、生きてるよ。片方はまた死に急いだがな」
『は? 景?』
「謝ったばかりじゃないか!」
ハハ、と通信機の向こうから笑い声が聞こえる。
『風見さんたちもこっち到着したよ』
「ああ、コナンくんから聞いたよ」
『例の赤井サンも来てるぜ。心配してたみたい』
「その情報はいらない」
スッパリとした零の返答に、研二はプッと吹き出した。
『みんな、零のこと心配してたぜ。早く無事な顔見せに来いよ』
「……ああ」
航の声に素直に頷いて、零は目を細める。風に撫でられた金髪が、目尻を掬うように揺れていった。
良かった、と景光は素直に思った。零を失わないで、良かった。命の張りどころを間違えるなとは、誰の言葉だったろうか。先ほどまで、ここが二度目の命の使いどころだと、景光は思っていた。だが、それは違ったのかもしれない。
(この顔が見れて、よかった……)
「零」
指を動かして具合を確かめていた零は、景光の声に顔を上げた。すぐにこちらへ顔を向けてくれる幼馴染に、景光は口元を緩ませた。晴れた空を見上げたときと同じように、自然と目が細くなってしまう。
「ありがとな、零」
「……なんだよ、それ」
こちらの台詞だろう、と零は笑った。バーボンや安室透ではない、降谷零の笑顔で。
こちらの言葉で合っている、と景光はゆっくり首を振った。

バツン、と。太い電線が切れるような、はたまた強い電気が流れたような、そんな大きな音が聴こえた。
「……おい」
「……」
ビクリと痙攣した小さな身体は、震える零の声に答えない。そのままぐらりと揺れていく身体を、咄嗟に伸ばした腕で支えた。
『――おい……どうした、研二、航!』
地面に転がった通信機から、驚くコナンの声が聞こえてくる。部屋の別方向からは、ザワザワとした喧騒に混じって、安否を問いかける風見の焦った声が響いている。
「……ヒロ」
零は視線を動かせないまま、その全てを聞いていた。
温い温度を持ったまま、眠るように目を閉じる子どもの顔を見下ろす。
「ヒロ」
返事はない。
小さな胸へ耳を寄せるだけの勇気が既に無くなっていることを、零はたった今自覚した。
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -