彼と彼女の場合。
太陽の光を集めて紡いだ髪に、空のように澄んだ瞳。白いワンピースを翻し、花畑を駆け回る素足は小麦色。まさに、絵本の中に登場するお姫様。いつか王子様がやってきて、優雅に膝をついて手を差し伸べてくれる。そんな夢を、何度も見た。
別に現状に嫌気がさしていたわけではない。優しい家族、親しい友だち。貧乏なわけでも、勉強がちっともできないわけでもない。それでも、心にほんの小さなピースが足りないような、そんな気分がずっと続いていた。
それが、一度だけ埋まりかけたことがある。まだ幼い頃、ボールを追いかけて道路に飛び出した小さな身体を抱きしめてくれた温もり。それに触れたとき、パチンとシャボン玉が弾けるようにずっと心の中にあった『それ』が表層まで浮き上がった。
まるで夢想していた王子さまのよう。そんな妄想は一時だけだったが、胸の高まりは消えることがなかった。
それからずっと、探していた。三度目の再会を、果たすために。
「――あの!」
急に声をかけたから、相手は酷く驚いた顔をしている。どこか冷静な俯瞰視点はそれを理解し、落ち着けと呟いているが、血の昇った主人格はそれどころではない。掴んだ腕を離しまいと指に力をこめ、じっと彼を見上げる。
「信じられないかもしれない、馬鹿なことだって思うでしょう。それでも、少しで良いから話を聞いてほしくて……」
本当に馬鹿みたいな話。すれ違っただけの女にいきなり腕を掴まれて、訳の分からない話を切り出されて。それでも、彼は一つ頷いて話を聞いてくれると言った。
だから私も、小さく息を整えて、ゆっくりと、彼の顔を見上げる。私ではない『私』の思い出の中にある、たいせつな人を。
「『私』は、あなたのことを知っています。正確には、あなたを知る『私の欠片』を持っているの」
嘗て、血筋による見た目の違いに悩んでいた『私』に寄り添ってくれたあなただから、この話もきっと聞いてくれる。そう信じていた。
訥々と話す私から、驚きつつも目を逸らさず、時折相槌を打ってくれる姿に、それが間違いじゃないと安心した。
いつだって、どんな姿だって、あなたはあなただと、私も信じることができるから。



『ご褒美』『ボーナスステージ』――自分たちの状況を、冷静にそう分析した者たちがいた。それを聞いたとき自分の頭に浮かんだのは、成程という納得の二文字。その対象が、嘗て同期で頭一つ抜きんでていた男だとしたら、彼女は含まれないのだろうと分かっていた事実に今度こそ諦めがついた。
元から特殊すぎる話だ。そこに自分の希望まで加われば、今度は不公平が生まれてしまうだろう。亜麻色の髪の少女の話を聞いて、改めてそれを思い知った。
すっかり諦めていたから、再び逢えるとしたならこの生を終えた後に訪れるかもしれない黄泉か、再び魂が巡った後だろうかと、ぼんやり思っていた。
それなのに、こんな都合の良い話があって良いものかと、泣きそうになる。
「『私』は、あなたたちのように丸ごとというわけにはいかなかった。自分で諦めた罰なのでしょうね。その代わり、欠片はこの世界に残すことができたみたい」
この身体もその一つだと言って、目の前の少女は自身の胸へ手を当てた。
「この私は、それを伝えるためなので、これでおしまい。けど、他にも欠片はあるから。人じゃないかもしれない、猫や鳥……もしかしたらずっと小さな生き物かもしれない。それでも『その姿になったあなた』に何も言わないまま次へ巡ることは、いやだなぁと思ったの」
自分で首を断って起きながら、都合の良いことを思うでしょう、と彼女は笑った。
「今度は目立つ色でなくとも、もう一度見つけてくれる?」
そ、と彼女の白い手が手の甲に触れる。記憶の中のものより小さく、色も薄い。それをギュッと握り、強く頷いた。
「当たり前だ」
ふ、と彼女の目元が和らいだ。日に当たりすぎたのか――別の意味でか赤らんだ目元に、スルリと小さな雫が滑って行った。
「――もう一度魂が巡ってまた出会えたら、今度こそ指輪を頂戴ね」
彼女の顔が、眩しい太陽の光を浴びる。眩しさのせいではなく、目の奥にこみ上げる熱さに、思わず目を細める。
言葉通り、その少女と出会ったのは、それが最初で最後だ。
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