おまけ:変装について
◇証言1〜陣平の場合

「俺が会ったのは、赤い髪の女子だよ」
陣平が該当の人物と出会ったのは、遊園地。例の、爆発物を発見した日だ。
観覧車に乗る前、彼らは売店で小腹を満たしていた。その後、お手洗いへ行くメンバーと、それを待つメンバーで別れ、陣平は後者だった。
そのとき、声をかけて来た人物がいた。
――Hi,boy.
「赤茶けた髪の女だった。年は、高校生くらいに見えた。さすが、向こうの子どもは発育いいなと」
「余計な感想はいらん」
――Have you ridden the Ferris wheel,too?(観覧車にはもう乗った?)
――It's very excited.!(とっても興奮するわよ)
「急に話しかけてきたから、適当に流したけどな」
「ロシア人に対して頑なに日本語だった奴が……」
「英語くらいなら喋れるわ!」
陣平が気の抜けた返事をすると、一方的にしゃべって満足したのか、その少女はどこかへ行ってしまったらしい。
「だから陣平、ゴンドラの中で落ち着かなかったのか?」
「ああ。興奮するなんて、どんな仕掛けがあるんだろうって思ってな」
そうして、彼は爆発物を発見したというわけだ。
「まぁ正直怪しいが、確証にはかけるな」

◇証言2〜研二の場合

「俺は男の人だったな。ティーンではないように見えたけど」
それは、校門前でのできごとだった。係の仕事で呼び出された陣平と、別クラスのため終業時刻がズレた航たちを待っていたときのこと。研二は、校門近くの道路で小さな紙を片手にウロウロとする男を見つけたのだ。
太陽に照らされた頭は、短く切り揃えられていた。男の身長は風見ほどだっただろうか、研二が見上げると少し首が痛くなった。眩しい日光で見えづらかったが、赤い髪だったと思う。
「痛んで赤くなったって感じだったけど。片言で、日本語は単語くらいしか喋れない様子だった」
困っているようだったので声をかけると、男は筋肉質な腕を動かしながら説明し、メモも見せてくれた。どうやら喫茶店を探しているようだったので、研二は英語で道を教えてやった。男は幼い日本人の子どもが流暢な英語を喋ったことで少し驚いたようだったが、研二に感謝しながら去って行った。
「喫茶店て?」
「コロンボって店」
あれか、とコナンは以前訪れた経験のある喫茶店を思い出した。
「ポアロではないなら、違うか?」
「組織の連中は、安室透の存在を知っているんだろ?」
「特に隠してはいなかったし、情報屋なら知っているだろうな」
しかし、松田よりは可能性が低いだろう。わざわざ、ポアロでない喫茶店へ向かう必要性がない。まさか情報屋まで、『探偵の名前の喫茶店』を勘違いすることはないだろう。

◇証言3〜景光の場合

「オレは女性。小林先生よりは年上かな」
景光が会ったのは、夕食の買い出しの途中。帽子をかぶっていたが、端から零れた色は、ドラマで見かけるような赤だった。
「染めている感じはなかったな」
女性はオレンジを手に取ろうとして、コロリと地面へ落としてしまった。ワタワタとする彼女の足元へ駆け寄って、景光はそれを拾い上げる。「はい」と景光がオレンジを差し出すと、女性はふわりと紅を塗った唇を綻ばせた。
――Thanks. お使いかしら、偉いのね。
「日本語に可笑しな点は感じられなかったな」
「接触はそれだけか?」
「ああ。お使いだから急がないとって言って、さっさとその場を離れたから」
気になることと言えば、じっと景光を見つめていたその視線。帽子のつばで隠れ気味だったが、その場から離れる景光の背を、ずっと追いかけていた。
「まぁ、マタニティマークをつけていたから、不自然すぎるってことはなかったけど」

◇証言4〜航の場合

「この中だと一番可能性低いと思うが……」
頭を掻きながら、航は口を開いた。
彼が遭遇したのは、経過観察で入院した病院で。黒人系の男性だったらしい。自販機前で立ち尽くしていた男性に声をかけると、日焼けたような髪をかきむしりながら彼はため息を吐いたらしい。
――ボタンを押し間違えて、林檎ジュースを買ってしまったんだ。
「こんなの甘くて飲めないって、俺にくれた」
「飲んだのか」
「未開封だったし」
ケロリとした航の返答に、零はため息を吐いた。
「で、そのときの言葉が日本人にしては固い感じがしたから、慣れてない言語だったんだろうな」
タンクトップから筋骨隆々とした腕を惜しげもなく晒したその男は、航に缶を渡すと立ち去ってしまった。
「それだけ?」
「それだけ」



四人の話を聞き、フムとコナンは口元へ手をやった。彼らの遭遇した人物たちの中に、変装した情報屋が確実にいるとは言えない。それでも、今までの組織の人間の動きを考えると既に何かしら周囲に探りを入れている可能性は捨てきれない。
「どう思う、安室さん?」
同じように考えこむ零へ、コナンは視線を向ける。零は、トンと人差し指で机を叩いた。
「奴は純粋な組織の人間じゃない。まるごと手法を踏襲していることはないだろうし、変装技術も最低限の隠密用だろう」
だからこそ、ある程度の見分けの指針は立てやすい。
「これは別の手法にも言えるが……嘘を作るときは、そこに真実を混ぜた方が成功しやすいんだ」
「は?」
「変装も似たようなものだ。ベルモットや怪盗キッドレベルになるとまた違ってくるだろうが……基盤となる形は変わらない、変えようがない。つまり、無いものを作るのは簡単だが、有るものを失くすのは難しいんだ」
「……あ、胸やお腹」
「ああ。膨らみはタオルとかを詰めれば作れる。だが、それを潰すのは容易じゃない」
対象は元々スレンダーな体形だ。陣平が目撃した少女のような膨らみを作ることは、容易だろう。しかし、そうやって作っても違和感が出てしまうものもある。身長だ。
身長を伸ばすには、下を重ねるしかない。そうすると自然と歩き方に違和感がでてしまう。
「女の人なら、ヒールを履いていても違和感ないね」
「研二、校門前で会った男の歩き方はどうだった?」
「足を引きずった感じはなかった」
足音も、可笑しな様子はなかったと、研二は記憶を掘り起こしながら言う。
「後は肌の色だな。顔や手、首くらいならともかく、腕まで塗りたくるのは、はっきり言って面倒くさい」
「断言したね」
苦笑したコナンは、そう言えば零自身も白人系の男に変装したことがあったことを思い出した。
「正直、FBIに揺さぶりをかけるとき、冬で良かったと思ったよ。この肌の色だと、服で隠すのが手っ取り早いからね」
塗り残しや色移りの可能性に精神を削られるより、布で隠した方が確実。その点から考えると、タンクトップで腕をむき出しにしていた黒人系の男も候補から外れる。
「今回の話だと、陣平と景光の遭遇した少女と女性が怪しいが、確実とは言えない」
「逆に言えば、どちらかが再び接触してきたら可能性が跳ね上がる」
または、先の点をクリアした新たな候補者が現れれば、注意する必要があるということだ。
吐息を漏らして、零は腕を組んだ。
「ただ、こちらの具合を見るためにまた組織の事件を模倣されても敵わない。だから」
「だから?」
コナンが言葉尻を繰り返すと、零は少しためらうように彼を見やった。これ以上巻き込むのは、彼としても本意ではないのだろう。少し逡巡する様子を見せたものの、最終的に彼はタブレットの画面を見せた。
「こっちから返信することにしたよ」

『To Cocktail of X――終着駅のない列車で、君を待つ。 From Fore-Roses』

「おま、お前!」
全て読み終え、陣平はダンと机を叩いた。
「挑発してるなら、さっさと説明しろよ!」
「だから自衛のために情報を教えたんだ」
シレッと言ってのける零に、景光も口元を引きつらせて睨む。幼馴染の表情でまずいと思ったのか、零はさっさとタブレットをしまって視線を逸らした。
「終着駅のない列車って……」
覚えのある単語に、コナンは眉を顰める。零はコクリと頷いた。
「ミステリートレイン……ベルツリー急行を、もう一度走らせる」
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