来日したあの人と会いました。
「……ホォー」
「……何だ、その顔は」
くわえ煙草で、ジロジロとこちらを見つめる男。眉間の皺を隠そうとせず、腕を組んだ零はギリリと彼を睨み返した。
主に零側から漏れ出る険悪な空気に、少し離れた場所から二人を眺めていた航たちは苦笑する。
「あれが『赤井さん』かー」
壁際のベンチに座ってこちらを観察する子どもたちを一瞥し、赤井は目前に立つ零へ意識を戻した。
「いや、君が急に四人の子どもを養育すると聞いてね」
「コナンくん……いや、世良さんか」
零は苦虫を噛み潰したように顔を歪める。ポアロでのやり取りから、情報が流れることは想定済みだ。それでも、この男に知られるのを許容できるほど、零はまだ余裕を持てていなかった。
「どういう風の吹き回しだ?」
「……僕が、奉仕活動の精神から動いていると思わないのですか?」
「君がそう易々と弱みを作ると、思えなくてね」
「随分買ってくれているようで」
「何を考えている?」
「何も? 後ろ暗いことを考えているのは、そちらの方では?」
組織関係や公安の作業のため、四人の子どもを養育している。降谷零という男を知る赤井は、そんな幼い子どもを利用する筈がないと信じている。しかし、同時に抜け目ないこの男が、被扶養者という弱みを作る筈ないとも理解していた。
そんな邪推をひっくるめて、零は後ろ暗い考えと称した。そこに伴う笑みは、赤井に常日頃から向けられる敵意むき出しの物であり、正直な答えは聞けそうにないと、赤井は白旗を挙げざるを得なかった。
「そうだ、降谷くん、」
「ゼロ」
クイ、と零の袖を小さな手が引く。かぶっていた帽子を少しずらし、零を見上げたのは灰色の目だ。まろい輪郭は、まだジュニアハイスクールの年齢ほどだろうか。何となく、赤井は弟のことを思い出した。
「お話、終わった?」
「ああ……」
子どもへやっていた視線をあげ、零が赤井を見やる。しかし赤井の目は、じっと彼の傍らに立つ子どもを見つめていた。
「赤井?」
片膝をついてしゃがみ、赤井は子どもへ手を伸ばす。眉を顰めた零が止める間もなく、彼の手がくしゃりと子どもの頭を隠す帽子を取り上げた。キョトリとしたアーモンド型の瞳が、赤井の顔を映す。
「急に何を、」
「この子ども、面影があるな」
「!」
零の顔が険しくなる。自分の前でだけ一種の感情を露わにする男だ、赤井の推測は外れていないのだろう。赤井とて連邦捜査官、変装した容疑者を追いかけることもある。ある程度の輪郭や骨格から、記憶した人間を選出することは可能だ。
「急に悪かった」と子どもへ帽子を返し、赤井は立ち上がった。それからベンチを見やると、赤井の行動に慌てたのか、三人の子どもが立ち上がってすぐにでもこちらへ飛びかかりそうな姿勢をしていた。
ポケットに手を入れて、赤井はこっそり吐息を漏らす。
「彼らもか」
帽子をかぶり直した子どもの頭へ手をやって、零は据わった瞳で赤井を見つめた。
「だったら何です。あなたも理解できるのでは? 大切な存在の面影を、重ねてしまう気持ちは」
え、とどこからか小さな声が聴こえた気がする。しかし赤井にその音を追求する気はなく、くわえたままの煙草を摘まんで煙を吐いた。
「成程、それなら納得できる」
「あなたの了解を得るために、話したつもりはありません」
これで話は終わりかと、零が再度訊ねる。赤井は灰皿に煙草を押し付けながら、首を振った。
「連邦捜査官として、公安の君に話しておきたいことがある」
「……聞きましょう」
零は固い顔で、子どもの肩を押した。それだけで言わんとしていることを察したのか、子どもは後ろ髪を引かれるような態度を見せたものの、大人しく他の子どもたちの待つベンチへと駆けて行く。
「こんなところでは何ですので、会議室へ」
小さな背中を見送りながら、赤井は零の言葉に頷き、ピンと伸びた背筋の後に続いた。

「やっべ〜、何あの顔! 怖!」
「まぁ、子どもに向ける顔じゃぁねぇわな」
ひゃーとおどけるように、研二は口元へ手を当てる。航は苦笑いをこぼした。
「アイツ、景の旦那と面識あったんだっけ? まさか勘づいたのか?」
「ん〜、子どもの頃の写真を見せたことはないし、そんな非科学的なことを信じるような性格じゃないとは思うけど……」
「単に友人の面影がある子どもを、友人に対する情から引き取ったって解釈したんじゃねぇか?」
航の説が有力だなと頷いた景光は、グイと研二に引き寄せられた。
「景と面識あるっても、あの髭面だろ? あの顔と今のこの顔が、繋がると思うか?」
研二は伸ばした人差し指で、プニプニと景光の頬を突く。思ったより痛かったのか、景光は「う」と呻いて研二の手を叩いた。
「……まぁ、繋がらんわな」
「ハギの墓参りのときも思ったけど、お前四年で変わりすぎだったもんな」
「二十二のときの顔知ってる方が、まだ納得できるけどねぇ」
「お前ら、酷くないか?!」
「ぶっちゃけ、警察学校時代、何だこの似た者幼馴染二人はって思ってた」
「おい! 松田は人のこと言えるのかよ!」
「ああ?!」
聞き逃せないと陣平はこめかみを引きつらせる。実は警察庁のロビーの一角だったこの場所で、ギャーギャー騒ぎ始める子どもたちを、通り過ぎる職員たちは何事かと視線を向ける。
研二の問からノーコメントを貫いていた航も無視できず、彼は両手を振り上げると頬を引っ張り合う陣平と景光の頭をスパンと叩いた。
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