喫茶店に寄り道しました。
カランコロン、と涼やかな音が鳴る。「いらっしゃいませ」営業スマイルで入口を見やった安室は、澄んでのところで引きつりかける口端を押し留めた。事前に連絡を貰っていたとはいえ、緊張感はあるものだ。
「あれコナンくん、新しいお友だちかい?」
「うん」
園子や蘭たちと共にポアロでお茶をしていた世良が、目敏く見つけて声をかけた。隣のボックス席に座る子どもたちを眺める園子へ曖昧な笑みを返しつつ、蘭がチラリと視線を安室へ向ける。毛利には事情を話していたから、彼女にも話は伝わっているのだろう。
苦笑を咬み殺しながら、安室は人数分のお冷を持ってそちらの席へ向かった。
ランドセルを並べていた一人が、安室の営業スマイルを見て何を思ったのか、ニンマリと笑みを浮かべた。
「とーるさん!」
慕っている兄へ甘える子どもの態度で、安室の腕を引く。ヒクリと、とうとう安室の口端が痙攣した。
「……研二」
「一度来てみたかったんだよなぁ。あ、俺ハムサンド」
「お、俺も!」
研二の向いに座っていた景光が、負けじと言った様子で声を上げる。メニューを覗き込んでいた航と陣平が「お前ら夕飯食えんのかよ」と呆れた顔で呟いた。体勢が傾くほど引っ張ってくる腕をやんわりと外して、安室も同意した。
「小二の身体なんだから、無駄な間食は控えた方がいい。どうしてもと言うなら、ハムサンド半分ずつな」
研二は口だけで「えー」と不満げな声を上げたが、反論はないようだ。景光もコクンと頷いたので、その頭を撫でて安室はカウンターに戻った。
「え、君たち、安室さんの知り合いかい?」
安室の後ろ姿をを横目で見やりつつ、世良が首を伸ばして一番近くにいた航へ声をかけた。パタンとメニューを閉じ、航はどこから説明したものかと頬を掻いた。
「俺たち、あの人に養育されてんの」
ぶっきらぼうな口調で発言したのは、陣平だ。
え、と彼ら以外客のいない店内に一瞬の沈黙が落ちた。
「えぇー!!」
「ちょっとどういうこと!?」
「あ、安室さん、これは炎上どころじゃないですよ!」
騒ぎ立てる世良と園子、そして梓。ガクンガクンと梓に肩を掴んで振り回され、安室は「余計な言い方を……」と陣平をこっそり睨んだ。
女性陣の余所に「養育ってなんだ?」と首を傾げる元太へ、光彦が懇切丁寧に単語の意味を説明する。灰原と並んで座っていた歩美は「あれ?」と目を瞬かせて、彼女を挟んで反対側に座る研二を見やった。
「でも、苗字は降谷だよね?」
「あー」
カラン、とお冷の氷を揺らし、研二は少し眉を下げて笑う。
「ちょっといろいろあってね。俺らのお父さんになった人が忙しいから、親戚の安室さんの家でお世話になってるんだ」
「お父さんに『なった人』……?」
形容の違和感に、世良が眉を顰める。しかし研二たちの顔を見回して言及を避けたのか、開いた口にストローを突っ込むことで誤魔化していた。
「安室さんの親戚?」
「ええ」
四等分したサンドウィッチを机の真ん中に置き、安室は頷く。
「仕事が忙しく、十分に面倒を見ることができないから、独り身の僕に白羽の矢が立ったんですよ」
「お仕事ってなにしてんだ?」
「警察」
元太の問いに答えてから、これくらいは良いだろうと航は視線で安室に問う。安室は小さく肩を竦めて、カウンターへ戻っていった。
「随分危ない事件にを担当しているらしくて、中々連絡もとれねぇんだ」
頬杖をついた陣平が、ニヤリと笑いながら言った。ゲホンとカウンターの方から、わざとらしい咳払いが聞こえる。
「あら、どこかで聞いたような話」
チラリと園子は隣を見やる。彼女の視線を受けた蘭は、「何よ」と目を瞬かせた。そのやり取りを聞いていたコナンは、渇いた笑いを零すしかない。
梓から小さく分けられたケーキを受け取り、歩美たちははしゃぎながらフォークを立てている。
そんな三人の様子を眺めながら、灰原はそっと温かい紅茶へ口をつけた。
「……何かしら」
コツンと音を立ててカップをソーサーに置き、灰原は隣を見やる。じっと彼女の横顔を見つめていた研二は、目をパチリと瞬かせた。
「随分熱烈に見つめるじゃない」
「あはは、バレちゃった?」
潜めた声は、近くに座るコナンや景光にしか聞こえていないだろう。陣平は聞き耳を立てていそうだが、それよりも隣から声をかけてくる園子たちの対応に大分気を引っ張られている。
ハムサンドを一口齧って飲み込み、研二は「いやぁ」と口を開いた。
「君には嫌われてるかなって思ってた」
「……あら、嫌われてないこと前提の言い方ね」
「嫌ってたらクラスでフォローしてくれないし、こうして並んでお茶もしてくれないっしょ?」
灰原は肩を竦め、カップを指で撫ぜる。
「それで、どうして自分が、私に嫌われると思ったのかしら?」
「俺っていうか……俺たちと、零?」
灰原の柳眉が僅かにつり上がる。
「……狡いって言われる、かと」
苦く笑いながら、研二は歯切れ悪く答えた。お冷のコップを掴んだまま、景光も会話の様子を見守るように視線を動かす。コナンも口を挟めず、チラリと灰原の表情を伺った。
「……成程。話したのはあの人?」
「いや、俺」
慌てて景光が口を挟んだ。
「俺、ゼロと幼馴染なんだ。アイツから、昔話聞いてて」
「そう」
少しの間顔を伏せていた灰原は、垂れさがった髪の奥に表情を隠していたので、どんな感情を押し殺していたのか、コナンには分からなかった。しかし三も数えぬうちに上げた顔は、サッパリとした平素の色をしていた。
「まぁ、事情を聞いたとき少しは思ったわね。どうしてお姉ちゃんはいないんだろうって」
降谷零との縁もあって、既に故人。彼ら四人と重なる点はある。非日常な現象だから、本当はもっと細かい条件があることは想像に難くない。それでもと思ってしまったのは、それだけ灰原が姉を惜しんでいるからだ。
「……でもね、何となく理由は分かるのよ。これはきっとご褒美なんだわ」
「ご褒美?」
「あなたたちがどう思っているか知らないけど、私、前は姉だけが唯一だった。でも、今は違う」
言いながら、灰原は首を動かす。彼女が見つめたのは、ケーキを美味しそうに頬張る歩美たちだ。コナンは彼女の口元が綻んでいることに気づき、成程と納得した。
「別にあの人を、寂しい人間だなんて決めつけるわけじゃないけど、私にとっての吉田さんたちみたいな相手、いないんじゃない?」
随分取り繕うのが上手なようだし、と灰原は呟く。研二と景光は少し顔を見合わせて、苦く表情を歪めた。有り得そうだと、お互いに思ってしまったのだ。そもそも警察学校に入るまで、景光以外に零の精神的パーソナルスペースへ踏み込めた人間を、景光は知らない。
「それでご褒美ねぇ」
「非科学的な言い方だな」
「あら、好い加減、私もロマンチストだって認めてくれないかしら?」
コナンにフッと笑みを返して、灰原は紅茶に口をつける。へッと笑みを零したコナンは、じっとお冷の水面を見つめたままの景光に気が付いた。
「景光?」
「……ううん、何でもない」
コナンが声をかけると、景光はパッと顔を上げ笑みを浮かべた。
「哀ちゃん」
灰原の肩を叩いた歩美は、彼女が自分の方を向くと「はい」とフォークを差し出した。そこには先ほどまで元太たちと突き合っていたケーキが一口分、乗っていた。
「これ美味しいよ」
「灰原さんもどうぞ」
「梓ねぇちゃんのおすすめだぜ」
唇の先まで近づいたそれに驚きつつも、灰原はゆっくりと口を開く。それが当たり前のように、歩美はフォークを動かした。
コクン、と灰原には少し甘すぎる砂糖の塊を飲み込み、口端に残っていたクリームをお手拭きで拭う。味はどうかと感想を待つ三人を見やり、灰原は小さく微笑んだ。
「美味しいわね、ありがとう」
「だよね! あ、コナンくんも食べる?」
「いや、俺は……」
「待ってください、コナンくんは自分で食べられますよね!」
自然な流れでフォークを差し出そうとする歩美に、元太と光彦が待ったをかける。頬を引きつらせるコナンは、視界の端で喉を鳴らして笑う研二たちを捉えて内心「こんにゃろ」と毒ついた。
「ガキんちょたちは幸せね」
頬杖をついて吐息を零す園子は、どうやら近日行われる小テストに頭を悩ませているらしい。形だけ開いた単語帳を伏せ、残り一口程度になったケーキへフォークを突き刺した。
(三分の二は年齢が高校生以上だけどな)
口から出せない反論を飲み込んで、コナンはカフェオレのカップを持ち上げた。
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