引っ越ししました。
真新しいフローリングの部屋。四人の子どもは家具の少ないその部屋を見回して、目を丸くした。
「え、なにここ?」
「新築マンション」
研二の呟きにサラリと答え、降谷は段ボールの箱を置く。メゾン・モクバから運び出した私物は、ギター以外全てこの数箱に収まっている。
「急に移動するとか言うから何かと思えば……」
「ここも公安が用意したのか?」
「まぁ、幾つかピックアップされてたうちの一つだな」
荷解きをしようと降谷が胡坐をかくと、景光も手伝うと駆け寄った。
「なんでまた……」
ベランダに出てその開放感にはしゃぐ研二を眺めながら、陣平は微妙な表情を浮かべる。
「1DKで子ども四人も面倒見られるわけないだろ……」
「そりゃそうだ」
航も同意し、景光と共に段ボールから取り出した食器をキッチンへ運び始めた。
「家賃高いんじゃねぇの?」
「五階だしね」
地上からも屋上からも、そう易々とベランダから侵入できない階層だ。出入り口もオートロックになっていて、セキュリティも万全。家具はついていないが、立地的にも良いマンションだと分かる。
「まあ、稼ぎはあるからな」
「さっすがぁ」
ベランダから戻ってきた研二が手を叩く。陣平はハンティング帽子とループタイ、セットになっているベストを持ち上げて「いつ着るんだ、こんなこじゃれた服」と眉を顰めた。「バーボンのときに」と小さな手から降谷はそれらを取り上げる。
「家具はどうするんだ?」
ベッドは既に運び込まれているが、それ以外は机すらない。ダイニングテーブルくらいは持ってきても良かったのだが、あれは降谷が――たまに風見も同席するが――使用することを想定した大きさだった。新しく購入する必要がある。
「家具もそうだが……」
グルリと部屋を見回して、降谷はフムと顎を撫でた。
「ゼロ?」
食器を抱えた景光が、降谷を見上げる。丸い肩から、伸びきった襟首がスルリと落ちた。
「……まずは服だな」
吐息交じりに呟いて、降谷はスマホを取り出した。

「……は?」
数時間後。新しい降谷のセーフハウスの扉を開いた風見は、部屋の中の光景に目を丸くした。「ご苦労さま」と労いの言葉をかけた降谷は、ポカンと立ち尽くす風見の手から紙袋を受け取りサッサとリビングへ戻って行く。彼が床に紙袋を置くと、四人の子どもが「わ」とそれに群がった。
「……」
「面倒をかけたな」
「い、いえ。……驚きました」
微かに震える指で眼鏡を整え、風見はコクリと唾を飲む。彼の視線の先を察し、降谷は肩を竦めた。
「君は、彼らの顔を知っていたんだったね。安心しろ、どこかの組織の作った薬のせいじゃない」
「じゃあ……」
「輪廻転生というか、憑依というか、そんなものだそうだ」
「それはまた……漫画みたいですね」
ボソリと風見が呟くと、降谷は「それだけか」と目を瞬かせた。もう少し質問責めになるか、驚きで声を荒げるかと思っていたのだ。
風見は首を振って「もう慣れました」ぼやいた。降谷の漫画じみた言動や活躍は、嫌と言うほど身に染みていただけだが、わざわざ口に出すことはしない。ここ数日、降谷から言い渡された調査や他部署への情報提供の理由が判明しただけ、スッキリしたと考えた方が建設的だ。
「言われた通り、子ども服を十五着ほど購入してきましたが、足りますか?」
「ああ、当面はそれで十分だろう。おいおい買い足すさ」
小学校高学年向けのデザインものと条件づけたのが幸いしたか、マスコットのイラストつきのものはなさそうだ。身体的年齢に沿ったデザインだとしても、精神年齢の高い彼らは抵抗があるだろう。どこかホッとした様子を見せながら、陣平は適当なTシャツとズボンを引っ張り出していた。
「……航には、少し小さかったかな」
肩のラインがピンと伸びた様子のシャツを見て、降谷は苦笑した。

五人が囲める大きさの机に、人数プラス一の椅子。各種食器とカトラリーも同じ数だけ。ダイニングと地続きになっているリビングには、五人が並んで座れる大きさのソファ。ロフト式のベッドとその下に設置する机は、二部屋に二つずつ。自然と部屋分けも決まった。降谷が唯一持ち込んだ家具であるベッドは、一番玄関に近い部屋へと押し込んだ。
「悪いな、風見。ついでに手伝ってもらって」
「いえ……」
幾つもの家具を組み立て、設置したことで疲れの出た風見は、額に浮かぶ汗を拭きながら首を振った。ここ最近デスクワークが多かったため、久しぶりに使った筋肉が痛みを訴え始めていた。しかし、目の前で汗ひとつかかずにニッコリ微笑む年下上司へ、悟られるわけにはいかない。
子ども部屋からは、新しい家具に興奮する声が聞こえる。精神は成人済みと聞いたが、その声を聞くと心身ともに子どもであると錯覚してしまう。
折っていたワイシャツの袖を戻していた風見は、降谷に声をかけられた。
「この後は、急ぎの仕事はないだろ?」
「ええ、まぁ」
「じゃあ、一緒に食べて行け」
風見は思わず、目を瞬かせた。さっさとダイニングへ向かおうとしていた降谷は、動く気配がないことを感じ取ったのか肩越しに振り返って首を傾げる。
「どうした?」
「いえ……」
風見は思わず言葉を濁し、子ども部屋の一室からじっとこちらを見つめる四対の瞳を一瞥した。子どもたちの視線に、他意や悪意は感じられない。ただじっと、風見の言葉を待っている。
「……お邪魔、では?」
微かな緊張を覚えつつ、風見は答えた。降谷は目をパチリと開き、苦笑を浮かべた。
「今更惜しむものじゃない、気にするな。それよりも君は、放っておくとまた適当な食事で済ませそうだからな」
そちらの方が気がかりだと言って、降谷は今度こそダイニングへ消えていった。廊下に残された風見は、そんなものだろうか、と少し腑に落ちない気持ちを抱えて眉を顰める。
ツン、と彼の袖が突かれた。視線を下げると、丸い頭の子どもがじっと風見を見上げていた。
「気にしないでください。俺たちは、これからずっとなので」
ニコリと微笑む子どもの顔はあどけない。しかし、軍師の異名を持つ刑事の面影も感じられる。
風見を物珍し気に見やりながら、残りの三人も部屋から出てきて、ゆっくりとダイニングへ歩いて行く。彼らの後を追いながら、丸い頭の子どもはもう一度風見に声をかけた。
「ゼロの料理、美味しいんですよ」
それ以上袖を引かず、その子どももダイニングへと続く扉を潜る。
風見はゆっくりと息を吐いた。自然と口端は持ち上がったが、代わりに眉尻が下がってしまう。
「……自分も知っている」
足元に落ちたそれを爪先で蹴り、風見は降谷に呼ばれるまま、早足で扉へと向かった。
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