嵐の前の雨の匂い
安室透として街へ買い物に出たときだった。
「ハァイ、バーボン」
甘く擽るような声。安室とは通り過ぎようとした路地の前で足を止め、通行人の邪魔にならないよう壁へ背を凭れた。
「……今はその名前を使ってないので、控えていただけると助かります。シャロン? ベルモット?」
「ベルモットで良いわ」
薄暗い影の中に立ち、月光のような髪をゆったりと肩へかける。サングラスの端から鋭い視線を受け、安室は小さく嘆息した。
「ではベルモット。どういった御用で?」
「ちょっとした挨拶よ。随分賑やかな生活をしているそうじゃない?」
「お陰さまで。誰かさんが名前と顔を使い分けるので、濡れ衣を着せられましたよ」
クスクスと聞こえる笑い声に、安室は帽子の下で顔を顰める。
「濡れ衣を着せてきた中に、ある男がいなかったかしら――赤井秀一っていう男」
路地の影から尾の形をした影が伸びてきて、安室の足元を擽るように動いた。さり気なく足を動かして躱し、安室は「さあ」と首を傾げる。
「どういう男ですか? まぁそれを聞いても、僕は人間に興味がないので、覚えているか保証はないですけど」
「ジンが大陸の方で酷く噛みつかれたみたいなの。借りを返すんだって、私までこの国に呼び出されたのよ」
迷惑極まりない、と言った様子でベルモットは吐息を漏らす。安室は眉を顰めた。
彼女の話ではつまり、ジンの逃げた先の国に赤井が追ってきたため、戦力増強としてベルモットを呼び寄せた、そういうことだ。
(アイツがこの国に来たせいで、ベルモットまでやって来たってことか……!)
ギリリと歯噛みしそうになったが何とかポーカーフェイスで堪え、安室は引きつりかける口端を持ち上げた。
「まぁ、ジンの癇癪の巻き添えを食らうのは、僕だってごめんですからね。特徴を教えていただければ、見かけたときにご連絡しますよ。……ジンより、あなたに連絡した方が良さそうですね?」
「話が早くて助かるわ。あなたの情報収集能力は買ってるの。百鬼夜行に席を戻しても良いのだけど」
「あはは、ジンが許さないでしょう」
さて、山に戻ってから伊達たちと相談をしなければならない。そんなことを頭の片隅で算段つけながら、続くベルモットの言葉に安室は軽く笑い声を立てた。
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