きっとそれは一瞬のことだった
敷地内は禁煙、その煙が退魔の効果があるなら尚更だ。そうきつく言われていた赤井は、鳥居のすぐ外で紫煙を燻らせていた。
百鬼夜行を追う道中で所持するようになった、魔除けのハーブを包んだ煙草だ。一般人には重たいと言われ、妖怪たちからは距離をとられ、陰陽寮の人々からは「育った水の違い、みたいな?」と曖昧な理由から眉を顰められる一品である。赤井だって疎外感を抱くときくらいある。
定期的にそんな煙を吸うのは癖というやつで、傍から見れば一般流通の煙を吸うヘビースモーカー連中と何ら変わりはないだろう。全ての食事に聖水を用いて身を清める聖女のように、赤井はこの煙を吸うことで百鬼夜行を仕留める銀の弾になる心つもりでいた。
弊害があるとすれば、この匂いのせいで、親交を深めたいと考えている金色の狐からも睨まれてしまうという点くらい。
煙草が半分灰となった頃、ふと陰陽寮の入り口に目を止めた。
人影が動いたと思ったら、世話になっている陰陽寮の住人――伊達航という名の男が屋敷から出てくるところだった。
この神山は、人間社会的には伊達が祖父から譲り受けた遺産らしく、陰陽寮や山の高所にある本殿の管理も彼が主体となっていると聞く。伊達が幼い頃からの付き合いということで、金毛九尾は彼に懐いている様子がある。
伊達は、続いて屋敷から出てくる誰かへ向けて手を差し伸べた。おずおずとそれを受けて姿を現したのは、珍しい色をした女性だった。薄い絹の布を頭からかぶっていたが、零れ見える髪は日光を受けてキラキラと光る金だと分かる。
口元へ煙草を運んだ赤井は、思わず眉を顰めた。
伊達と手をとって言葉を交わす女性は、白い肌をほんのり赤く染めている。傍目から見れば、仲睦まじい男女の姿。しかしその気配から漂う匂いが、赤井の顔を渋くする。
「お、こんなところで煙吸ってたのか」
女性を見送るために鳥居までやってきた伊達は、赤井を見て少し驚いたようだった。女性は少し肩を揺らしたが、伊達が何か囁くと肩の力を抜いた。それからペコリと頭を下げて、鳥居の向こうへと歩いて行く。
背中が消えるまでそちらを見つめ、時折手を振っていた伊達は、「さて」と赤井に視線を向けた。
「何か言いたいことがありそうだな」
「……意外だと思っただけだ。アレは妖怪の類だろ?」
うまく擬態――いや絹の布に隠匿のまじないでもかかっていたのか、一見するとそうと分かり辛い。しかし赤井が感じた気配は、明らかに人間ではない存在のそれだった。
伊達は少し困ったように眉を下げ、頭を掻いた。
「彼女は――ナタリーって名前なんだが――二口女って妖怪だ」
「二口?」
「頭にもう一つ口がある」
トン、と伊達は自分の後頭部を指で突く。
「けど何も人に害を為そうって妖怪じゃない。事実、彼女は家族そろって人間社会で暮らしてきた」
それでも、馴染み難い雰囲気はあったのだろう。ここに来るまで、酷く苦労していたと伊達は話した。具体的な話を出さないのは、彼なりの配慮だろう。
「随分良い仲のように見えたが?」
「そちら的には看過できねぇか?」
「……さあ。俺個人としては、妖怪だとしても惹かれてしまうという感情は理解しているつもりだ」
フ、と紫煙を吐き、赤井は目を細めた。旅の途中で一度だけ触れた、酷く冷たい女の手。赤井の熱を吸って火傷したように赤くなる手を引っ込めて、照れたように笑う顔を覚えている。雪女という妖怪と彼女個人の名前を知ったのは、随分後になってのことだ。
太陽の光を集めたような金色の影もちらついて、赤井は一度目蓋を下ろした。
「……一応、祝言も予定している」
時期は未定だが、と呟き伊達は照れたように視線を揺らした。
「それはめでたいな」
素直に呟き、赤井は随分短くなった煙草を携帯灰皿に押し付けた。
「機会があれば、俺も参列したいものだ」
「降谷と揃って大人しくしてくれるなら、何の問題もないさ」
「俺が喧嘩を吹っ掛けているわけじゃないんだがな」
思わずぼやくと、伊達は苦笑した。
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