神山の賑やかな毎日
社の一室で、ベン、ベンと弦を鳴らす。目を閉じ、身体の覚えているままに弦を抑え、弾く。そしてピタリと手を止めた。それまでピンと立っていた三角の耳がへにゃりと垂れさがり、二本の長い尾がウロウロと畳を擦った。
「はぁ……やっぱり音がズレてる気がする……一回兄さんに見てもらった方がいいかな」
三味線を隅々まで見回して、景光はため息を吐いた。昔から使っている馴染み深い三味線のため、そっくりすべて換えることは避けたい。
「あーもう、お前好い加減にしろよ!」
スパァンと部屋の襖が勢いよく開き、ガルルと喉を鳴らした男が入室してくる。吃驚して三味線を抱きしめた景光の前で、廊下を走って追いかけてきたらしい別の男が入室した男の腰に縋りついた。
「そんなこと言わないでよ、陣平ちゃん!」
半泣きの男の頭を押しのけながら、松田はギリリと口端に鋭い犬歯を覗かせた。
「この妖怪タラシが! 今月何回目だよ、とばっちり受けるこっちの身にもなれ!」
「えーん」と半泣きの萩原は松田の力には叶わず、べりっと腕を剥がされて畳に転がった。
「いきなり何……」
「ハギの奴、またふらり火を引っかけてきやがった!」
お陰で近寄った松田の、ただでさえ天然パーマの髪がさらにチリチリになってしまった。松田の示す通り、彼の後頭部が煙を立てている。
「ハギの体質は相変わらずだなぁ」
泣きつく対象を景光に変更した萩原の頭を撫でながら、景光は苦笑した。
萩原研二は、陰陽寮に下宿している一般人だ。特異なことをあげるとすれば、ナニカを惹きつけやすいというその体質。曰く家系的なもので、例えば彼の姉は風に属するモノに好かれ、萩原自身は火に属するモノを惹きつけやすいらしい。
萩原は家族の中で特にその体質が色濃くでており、陰陽寮に下宿しているのもその体質のコントロールと何かあったときの護身術を身につけるためだった。
「また騒がしい……」
「向こうまで聞こえてたぞ」
開けっ放しの襖から顔を覗かせたのは、金の尾を九本、ユラリと揺らした降谷だ。傍らには伊達の姿もある。二人は松田からの説明を聞き、呆れたとため息を吐いた。
「ハギ、数珠見せろ」
「へ?」
言われるまま、萩原は左手を持ち上げる。降谷も膝を折り、その手を取った。彼の左手首をグルリと取り囲むのは、降谷が呪いを込めた水晶の数珠だ。体質を抑える簡易結界だと言っていた。景光が目を凝らすと、透き通る氷のようだった水晶に微かな陰りが見えた。景光が眉を顰めると、降谷も合点したように頷いた。
「穢れがついてる。これのせいで効果が弱まってたんだろ」
スルリと萩原の手から数珠をとって、降谷は掌の上にそれを乗せた。隣に座って覗き込んだ伊達は顔を顰めた。
「糸もほつれてる。これは作り直しだな」
「えー、その間、俺どうすればいいの?」
「番犬がいるだろ」
「俺を狛犬扱いするな!」
ガルル、と松田は睨みをきかせる。それに怯まず――というよりかなり切羽詰まっていたのだろう――萩原はガバリと松田にしがみついた。
「頼むよ、陣平ちゃん! 数日後には俺、全身大やけどで入院しちゃうかも!」
「ハギの場合、火の縁も引き寄せるからなぁ。そのうち、爆弾引っ提げて帰って来そうだ」
「あーもう、分かったよ!」
伊達の一言が一押しになったわけではないだろうが、情に厚い狗神は渋々それを引き受けた。途端に顔を明るくした萩原はさらに強く彼に抱き着いた。
「ありがとう、陣平ちゃん! 愛してる!」
「うぜぇ!」
畳の上でゴロゴロとじゃれ合う二人を見ながら、「いい年した大人が……」と降谷はゲンナリと顔を顰める。三味線を脇へ置いた景光は「仲が良いなぁ」と呑気な感想をもらしていた。
「でも不思議だね。狗神の松田が萩原に懐くなんて」
ぽやん、と効果音がつきそうな雰囲気で、景光が呟く。「え」と松田と萩原は動きを止め、降谷と伊達は見るからに「余計なことを……」と言いたげに顔を歪めた。
「? だって火車や管狐みたいに火に関わる眷属のいる俺たちなら分かるけど、狗神ってどっちかっていうと土のイメージが大きいから……」
「ヒロ、そこまで」
松田自身が萩原に懐いているんだなぁ――そう続けようとした景光の口を、降谷が強制的に塞ぐ。
景光と松田を交互に見やる萩原の隣で、松田はプルプルと拳を震わせた。ピョン、と擬態していた頭から三角の犬の耳が飛び出す。「あ」と降谷と伊達が声を溢す間もなく、
「やっぱ手前は知らん! 一人で何とかしろ!」
松田は大声で叫ぶと、萩原を振り払って部屋を飛び出した。
「え、え?」
去り際に重い一撃を受けた萩原は、痛みも手伝って目を瞬かせる。
「あれ、何かまずいこと言った?」
キョトンと目を瞬かせる景光に、降谷と伊達は揃ってため息を吐いた。
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