鳥の囀りと風が葉を擦る音――恐ろしく静かな森だ。そして同時に、恐ろしく清浄な気で満ちている。
(アイツが潜んでいるにしては、綺麗すぎる……ガセだったか?)
フム、と顎へ手をやり、取敢えず進めるところまで進んでみるかと自己完結して足を動かした。そもそも帰り道が既に分からなくなっていたという理由もあった。
ピチョン――。森の中、その雫の音はやけに大きく男の耳まで届いた。身体を強張らせて振り返る視界の端に、太陽の光の塊が入り込んだ。
「全く、煩わしいったらありゃしない」
否、太陽の光ではなく、眩しいほどの金の尻尾だ。それも九本。木漏れ日を受けて輝く尾を揺らし、かの狐は木の上で優雅に足を組んだ。寛ぐような姿勢だが、その青い双眸はキッと男を睨みつけている。
「さっさと出て行ってくれませんかね、僕の山から」
それが男と、この山の管理者である金毛九尾との出会いだ。



「成程、何となく理解したよ」
簡潔な思い出話を聞いた子どもは、苦笑と共にそんな感想を呟いた。アイスコーヒーを飲む彼の向いに座った赤井は表情を動かさない代わりに心から「そうか」と肩を竦めて見せる。
「まぁゼロの兄ちゃんも大人気ないとは思うけど。赤井さんたちと僕たちとじゃ、態度が雲泥の差だもん」
ストローをクルクル回しながら、コナンは頬杖をついた。
安室透、バーボン、降谷零――全て一つの存在をさす名前だ。時代や地域によって名を変え、いとも容易く人間社会に溶け込んでみせたという、大妖怪・金毛九尾。現在は東洋の島国で、神山の管理者なんかをやっている。
「でも誤解は解けたんでしょ? 赤井さんの探していた狐は、別の狐だって証明されたんじゃないの?」
至極全うな指摘に、赤井は自分の珈琲を啜りながら視線を逸らした。
赤井は、退魔師の真似事をしている。それというのも、彼の育ったホームの国を荒らす百鬼夜行に、家族まで被害にあったためだ。百鬼夜行の中でもよく目撃されていたのが妖狐だ。その情報を追ううちに同志を得て、戦う力を得て、かの百鬼夜行の連中がこの島国に潜伏していることを掴んだ。そして、結論から言えば、間違えたのだ。妖怪の眷属と人間の従士を持って山で暮らす金毛九尾――彼を家族の仇と思い込み、勇んでやって来たのだが。
――あの銀狐と同一視しないでいただきたい。
すごく冷ややかな青い瞳で睨まれて、漸く狐違いをしていることに気づいた頃には、赤井は随分この山で暴れまくっていた。具体的には、彼が幼馴染と慕う猫又を瀕死にさせてしまっていた。
「まぁ、諸伏の兄ちゃんも先走って、殆ど自爆みたいなところあったけど」
「言い訳はせんよ」
というわけで、赤井はこの神山の管理者に酷く睨まれる存在になっていた。――のだが、彼は平然とした様子で、神山の梺近くにあるこの陰陽寮によく顔を出す。仇の捜索は良いのかと訊ねれば、いつの間にか陰陽寮と協力関係を築いていたらしい。
各いうコナンも、赤井たちが追う妖狐が属する百鬼夜行の呪いを受けたため、陰陽寮で世話になっている身の上だ。戦力が増えるのはコナンもやぶさかではない、が。
「また、来たのか、赤井秀一」
もう一方で世話になっている神山の管理者がこうも好戦的では、コナンの居心地も悪い。
人間に変化した管理者が、引きつる口元を何とか持ち上げて笑顔を作り、赤井を見下ろしている。コナンはストローを力いっぱい吸い上げた。
「ここには世話になっているからな。数日、宿として借りる」
「はあ? 聞いてないぞ」
「神主連中には話してある」
「っ風見、伊達!」
安室が振り返ると、眼鏡をかけた男は「ひえ」と顔を青くし、体格の良い男が「我儘言うな」と苦笑した。
「街からわざわざ通ってもらうのも悪いだろ。幸い、部屋は空いているし」
「お前は、また勝手に!」
隠している耳と尾が逆立ちそうなほど、安室は伊達に食って掛かる。彼の睨みから外れた赤井は胸元から煙草の箱を取り出して、「ここは禁煙だ!」と鋭い叱責を受けた。
「ごちそうさま」
空になったコップをそっと厨房へ返し、コナンは気配を消しつつ部屋を出る。ギャンギャン騒がしい声を背に、コナンはため息を吐いた。
「どっちもどっちだよなぁ」
ぼやいた声を、聞く者はいない。
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