#7 epilogue
雰囲気を重視して照明をある程度落としたバー。カウンター席に座る銀髪の男の傍らに、灰色のパーカーを頭からかぶった男が立った。銀髪の男――ジンは一瞥をくれると、手元のグラスを口へ運んだ。
「折角のバーボンのボトルが割れたぞ」
パーカーの男が顰めた声で言う。クと口元を歪めて笑い、ジンはカラリとグラスを揺らした。
「どうせ付け焼刃の熟成だ。予想できた結果だな。ついでにスコッチも割れちまえば、俺としては良かったんだがな」
「好い加減にしてほしいな。そこまで疑り深いと欠点にしかならないぜ」
心底鬱陶しい、呆れたと言わんばかりの声。ベルモットを通して今回の疑念に駆られた行動を咎められていたジンは、笑みを消してフンと鼻を鳴らした。
「スコッチのボトルに、ネームプレートはかかってない――理解してもらえると有難いな」
ジンの肘の側へ何を置くと、男はサッサと店を出て行った。
カウンターを離れていたウォッカが戻ってきて、ジンが指で摘まむUSBを見て首を傾げる。
「兄貴、何ですかい、それ」
黒いUSBを手の平に握りこみ、ジンはグラスを煽った。
「バーボンの死亡診断書だ」

「僕、死んだことになったんですか?」
包帯塗れの男は、病室の白いベッドの上でポカンと目を丸くした。死を覚悟して意識を手放したと思ったのに、目覚めてみれば清潔なベッドで息をしている現状。数年にわたる記憶障害から回復したばかりということもあり、混乱しない方が無理だった。それでもパニックになって騒ぎ立てなかったのは、男の元来の賢明さによるだろう。
ベッドの傍らに立つのは沖矢昴の覆面をかぶった赤井秀一、そして江戸川コナン。入口の扉近くには、腕を組んだ風見が目を光らせている。
「落下による打撲、爆発による火傷、致命傷は胸の銃弾だな」
言いながら、赤井はサイドテーブルに置かれたビニール袋を見やった。その中には、穴が空いて用をなさなくなったスマホが入っている。赤井の説明に、男は顔を顰めた。
「全く、いつの間にこんなことを……アイツも了承済みだったんですか?」
「説明する暇はなかったなぁ」
あはは、とコナンは笑った。協力を得ようと彼を探しているときに、ビルの爆発を目撃したのだ。後は赤井とコナンの咄嗟の判断によるアドリブだ。終わり良ければ総て良し。男は聊か納得できないようで、溜息を吐いた。
「……ともかく、今回のことは礼を言います。捜査一課との合同検挙も含め、ありがとうございました」
ベッドに座ったまま、男はペコリと頭を下げる。
「いや、礼には及ばん。一つ聞きたいのだが、君はこのあとどうなる?」
チラリと、赤井は背後の風見も一瞥した。風見は僅かに表情を固くし、男は困ったように頬を掻いた。
「取敢えず、休職ですね。治療に専念するためにも。同時に定期的にカウンセリングを受け、問題がないとされれば、復帰できるかと。と言っても潜入捜査官は難しいので、デスクワークになるでしょうけど」
赤井たちが訪ねる前に、見舞いに来た黒田から直々に受けた辞令だ。そう簡単に反故することはできない。
それを聞いて、コナンはホッとした様子だった。
「ねぇ、今すぐは無理でも、いつかまたアイツラに会って欲しいんだ」
米花町をしっかり案内できなかったことを、光彦たちはとても残念そうにしていた。男は目を瞬かせ、それから風見に一つ視線をくれた。
「確かに、傷が治ってもこの顔で暫く出歩くことはできないからね。許可が出れば、適当な変装でもして」
沖矢昴のような変装メイクを赤井は提案したが、それでは子どもたちがあの日のリベンジができないからと男は断った。
コホン、と風見が咳払いする。そろそろ打ち止めか、と赤井はコナンへ声をかけた。
「俺たちはこれで失礼しよう。後で彼も来るのだろう?」
「多分」
「よろしくと伝えてくれ」
男は少し肩を竦め、承ったと答えた。赤井がコナンを出口へ誘導する。最後に、とコナンは男を見上げた。
「またね、安室さん」
じわ、と何かが胸に染みる。
「……うん、また」
小さく手を振ると、コナンは微笑んで赤井と共に病室を出て行った。
風見がしっかり扉を閉めたことを確認し、男はリクライニングで起こしたベッドに凭れかかる。それから額に腕を乗せ、ぼんやりと宙を見つめた。
「……安室、透か」
「どうかされました?」
「いや……」
言葉を濁す男に、風見は首を傾げる。
扉が取り決めた合図分ノックされた。少し前から聞こえていた足音で、それが誰か察した男は体を起こす。風見が開く扉の隙間から現れた姿に、男の頬は自然と綻んだ。相手も同じように微笑んで、僅かに潤んだ目を細めた。
廊下の窓から零れる陽光が、入室者の姿を照らす。その眩しさに、じわりと男も目を眇めた。
「おかえり、ゼロ」
「ただいま、ヒロ」
×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -