#1 組織から来た男
「君は、俺のことを誤解しているよ」
そう言って微笑んだ男は、どこか悲し気でその瞳は遠い思い出を映しているように見えた。



「いらっしゃいませー」
「……」
ポアロで最近働くようになったアルバイター。探偵業を営んでいるということで、自身の推理を覆した毛利にいたく感銘を受け、押し掛け助手として二足の草鞋を履く男。
――スコッチ。これが俺のコードネームだ。
そして、黒の組織でネームドの幹部として動く、スナイパーにして『探り屋バーボン』の術を引き継ぐ者。

灰原も『探り屋バーボン』の名前は聞いたことがあると言っていた。スコッチという名は、バーボンと親しくしていた幹部という程度。ピスコとアイリッシュのような関係性かと聞いたら、首を振って否定された。聞けば、バーボンもスコッチと同じ年ごろの男だったという。
「けど、引き継ぐってことは」
「ええ。確か、殺された筈よ、バーボンは。数年前に……粛清されたって聞いたわ」
粛清。任務に失敗したためか、それとも。

(NOCだと、組織にバレてしまったか――)
「はい、アイスコーヒー」
コトン、と思案に耽るコナンの前に、注文の品が置かれる。礼を言って手を伸ばすと、カウンター越しに見下ろしてきた男がニコリと笑った。
緑川一色と名乗る男は、ミステリートレインでそのコードネームを明かしてからも、コナンの前から姿を消すこともなく、こうして平然と日々を過ごしている。その理由は依然としてはっきりしないが、男の本当の正体については、コナンは何となく予測がついていた。
――『ゼロ』そう呼ぶ、幼馴染がいたんです。
鋭い洞察力に、一般人を守ろうとする動き、他国捜査官へ対する態度。それら全てを統合すると、彼は日本警察の公安部の人間。しかしそれとなく指摘しても、「誤解だ」と一笑に付するだけで、それ以上コナンを自分の領域へ踏み込ませないようにしている。それが一般人を守る警察としてのプライドなのか、あるいは。
「コナンくん」
「あ、蘭ねぇちゃん!」
「もう、出かけるから時間までには戻ってきてって言ったのに」
ポアロまで迎えに来た蘭は、呆れた様子でため息を吐いた。すっかり忘れていたコナンは、素直に頭を下げる。それを見つけた緑川が、蘭へ声をかけた。
「どこか出かけるのかい?」
「ええ、長野の方に旅行へ」
「へぇ、楽しんで来てね」
「好いねぇ、旅行!」
二人の会話に割り込んだのは、世良だ。蘭と違い制服姿の彼女は、帰宅の途中ポアロに寄り道したらしい。
「僕も一度行ってみたいなぁ、長野。お土産話を楽しみにしているよ。ね、緑川さん」
世良は八重歯を覗かせて緑川に微笑みかける。傍から見れば、優しい喫茶店の店員に懐く女子高生の図だろう。しかし女子高生の瞳に油断ならない光が宿っていることを、すぐ隣にいたコナンだけが気づいていた。
「ああ俺は……やっぱり住み慣れたこの街が一番かな」
「ええ、旅行とか嫌いなタイプかい?」
「あはは、インドアなもんで」
世良は詰まらなさそうに唇を尖らせる。
以前、ガールズバンドの事件の時、世良は緑川に似た男と出会ったことがあると言った。世良にギターのドレミを教えてくれたその男は、パーカーのフードをかぶっていたから顔はハッキリとしなかったが、声や雰囲気は緑川と近いように感じたらしい。その男には顎髭があり、緑川は丁寧に処理している違いはあるが、まぁそれくらいどうにでも誤魔化せる。
そういうわけで可能性を捨てきれない世良は、度々ポアロに来ては探りを入れているようだった。
「ほら、コナンくん」
「あ、うん」
世良のことが気にかかったが、これ以上ねばるわけにもいかない。コナンは残っていたアイスコーヒーを飲み干して、椅子から飛び降りた。
「いってらっしゃい――」
(え)
カランカラン。ドアベルの音に混じってかき消された、緑川の声。扉越しに、彼はニッコリと微笑んでコナンへ手を振っている。
――長野の孔明に、よろしく。
後ろ髪を引かれる思いだったが、コナンは蘭へ急かされるままタクシーへと飛び乗った。
やがて辿り着いた長野で、コナンは引っかかっていた既視感に気づく。長野県警の諸伏高明。口髭を蓄えたかの警部に、緑川一色の面影を見たのだ。
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