死んだはずの同期が出迎えてくれました。
「輪廻転生って信じるか?」

「……いや、信じられるわけないだろう」
茫然としつつ何とかそれだけ捻り出せば、太い眉の子どもは「だよなぁ」と笑った。ズルリ、と肩から落ちそうになった上着を手で抑え、降谷はポカンとその場に立ち尽くした。
すると、脇に垂らしていた右腕が弱い力で引っ張られる。視線をやると、丸い頭をした子どもが眉を下げて笑い、降谷を見上げていた。
「取敢えず、座ろうぜ、ゼロ」
忘れかけていた、変声期前の幼い声。力を入れると潰れてしまいそうな、軟体動物を思わせる温い手。
恐らく、酷い顔をしていたのだろう。涙が零れなかったのが不思議なくらいだ。震える唇を引き結ぶ降谷を見て、握る手の力が強くなった。
「ほら、中入れよ」
カクンと折れる膝を見て、三人もそう促した。

慣れた手つきでお茶を淹れたのは、降谷の手を引いた子どもだ。この部屋に湯呑は一つ。台所の戸棚をかたっぱしから開いた天パ頭の子どもは、「せめて紙コップくらい買っておけよ」と文句を言った。しょうがないので降谷の前にだけ湯気の立つ湯飲みを置き、ペタンと座る彼を取り囲むように子どもたちも座った。
「……なぁ」
「取敢えず、一口飲んでからにしようぜ」
襟足が長い子どもが、降谷の言葉を遮って片目を閉じた。
降谷は新緑色の水面を見つめ、そっと両手で湯呑を包んだ。微かに熱い、それでもじんわりと皮膚の下へ沁みこんでいく温度に、降谷は己の身体が冷え切っていたことを悟った。湯呑からコクンと喉へ嚥下したのは、固めれば手の平に収まる程度の量だった。しかし喉から胃へ落ちたそれは、ゆっくりと降谷の身体を内から温めていく。
「……落ち着いた?」
誰よりも降谷の近くで顔を覗き込んでいた丸い頭の子どもが、そっと腕を撫でる。ワイシャツ越しに感じる熱と固さが、彼らの存在が現実のものだと知らしめていた。
「これは、どういうことだ?」
左右に分かれて座る四人の子どもの顔を改めて眺め、降谷はそう訊ねた。子どもたちはちょっと顔を見合わせて、ある者は困ったように笑い、ある者は口をヘの字に曲げる。
「だから聞いたろ? 輪廻転生って信じるかって」
太い眉の子どもが言った。先ほどよりも幾分落ち着いた降谷は、グルリと脳を稼働させる。
「……つまり、お前らは輪廻転生した存在だと」
「おう!」
「もう少しマシな話を持ってこい。計算が合わん」
「なんだと!」
眦を吊り上げて、天パ頭の子どもが降谷に飛び掛かろうとする。それを押し留めたのは、襟足が長い子どもだ。
「どーどー。落ち着けって」
「大体年齢は幾つなんだ、お前ら」
「ハッキリは分からないけど、小学生くらいじゃねぇか?」
「初めの一人はともかく、最後の一人は完全にダブってるじゃないか!」
「え、それ俺のこと?」と襟足が長い子どもは目を瞬かせ、「あー」と太い眉の子どもは反論が思い浮かばないと言う顔で頭を掻く。
「でも涎塗れの俺の面倒見たいのか?」
「仮にも元同期のおしめ換えたいとかお前……」
わざと誤解を招くような発言をする天パ頭に、降谷は思わず手を上げかける。しかしここで昔のような殴り合いをしてしまえば、悪いのは降谷の方。日本の法律がそう言っている。ググ、と拳を握りしめる降谷の肩を、丸い頭の子どもがポンポンと叩いた。
「まぁ輪廻転生っていってもさ、正規のそれじゃないと思うんだ」
「はあ?」
何を言いだすのだと降谷が視線をやると、丸い頭の子どもは肩を竦めた。
「ゼロの言う通り、俺たちの死亡年と今の年齢は計算が合わない。そもそもスパンが短すぎるし。多分だけど、たまたま同じ年に生まれた俺たちと同じ身体的特徴を持った四人の子どもがいて、たまたま俺たちの魂がその身体に適合したって感じじゃないか?」
「……それは、」
パタリと机に手をついて、降谷は子どもたちを見つめる。
「お前たちは、別の人間の子どもの身体を乗っ取ったってことか」
「……」
「おい! 身元はどうなってる! ていうか小学生がこんな時間に、なんでこんなところにいるんだ! 保護者は!」
揃って顔を逸らす子どもたち。降谷は一番近くにいた丸い頭の子どもの肩を掴んで、前後に揺さぶった。「住所! 戸籍! 住民票!」と叫ぶ降谷の声に合わせて、ぐらりぐらりと頭を揺らす。制止をかけたのは、襟足が長い子どもだ。
「多分戸籍とかは問題ない……てか問題あり?」
「は?」
「俺たち、多分無戸籍児」
自分を指さし、襟足の長い子どもは笑って見せる。が、降谷はちっとも笑える話ではない。
「はああ!?」
民法の敗北を突き付けられた気がして、降谷の頭が痛くなる。だって無戸籍児が四人。どこかの組織の研究所で育ったとかいう理由があれば、まだ納得できたが、どうやらそうではないようだ。四人とも、同じ養護施設育ちだという。児童福祉法まで敗北していたか。
「ちょっとあんまりよろしくない場所でさ。いつか抜け出してやろうとは思っていたんだよね」
「で、いつかの爆破事件のとき、零が映った映像見て、まだ生きていることが分かったから」
徒歩で来た、と生き急ぎ幼馴染コンビは揃ってピースサインを掲げた。敗北しているならここで降谷が殴っても咎められないのでは、と邪な考えが浮かぶ。
ふと、また握りしめた拳が、小さな手に覆われた。降谷の顔を覗き込み、丸い頭の子どもはニコリと微笑む。
「生きていてくれてよかった。でも無茶ばかりしてるんだろ」
擦り傷だらけだ、と手に残ったそれを摩る。バツが悪くなって、降谷は視線を逸らした。
「次はちゃんと手当してやるから。隠すなよ」
「ああ……――て、え?」
思わず返事をした降谷は、発言の違和感に気づいて視線を戻した。ニコリと微笑む丸い頭の子どもの後ろで、ニヤリと笑う天パ頭の子どもと襟足の長い子ども。太い眉の子どもは、苦笑している。
「お前たち、ここに住むつもりか?」
「養護施設、飛び出して来たって行ったろ?」
そういえば追及を忘れていたが、恐らく鍵をピッキングで開いた犯人は、悪びれもせず言ってのける。
「おい、ここは、」
「公安が用意した家だろ? 安全だって」
「まぁ、何だ。行く宛がないのは間違いないんだ。頼む」
「いや、だから、」
「ゼロ……だめか?」
「…………静かに、しろよ」
懐かしい顔で覗き込まれて、気が付けば降谷の口は勝手に動いていた。「ちょろ」と呟いた天パ頭の口を、襟足の長い子どもが瞬時に手で隠す。
もうどうにでもなれ。降谷は深く溜息を吐いた。
「よろしく、ゼロ」
ぎゅ、と降谷の骨ばった手を握る柔らかい手。猫のように幾らでも伸びてしまいそうなそれは、少し力をこめたら潰れてしまいそうだった。クン、と人差し指にだけ力を入れ、降谷は応える。
「……ああ」
忘れたと思っていた。幼い頃はよく見ていた、アーモンドの瞳を少し細めて微笑む顔。
優しい夢を、見ている気分だった。
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