第7話
炎真の大地の炎と、綱吉の大空の炎のエネルギーを求めていた敵マフィアは、酷く人の尊厳を無視した研究をしていた。
人体実験に使っていたクローンの心臓に仕込んでいた、炎エネルギー増幅器。それは持ち主が瀕死――つまり自身らの研究が狙われ、危機に陥ったときに発動する。増幅器を内包する血肉全てを炎エネルギーに変換し、近くにいる生物からもエネルギーを吸い取り、炎エネルギーの塊そのものとなる――いつかの未来の世界で存在した『ゴースト』を造りだすに等しい研究だった。
「その結果が、今僕らの目の前にいるアレですよ」
耳元でイヤリングを揺らしながら、骸は手袋をした指で炎の塊を示す。
斜め前に立つ骸を見やり、ジュリーは鎌を肩に乗せた。
「えーっと六道骸? いつの間にここへ?」
「クフフ、同じ幻術士に、種明かしをする必要性はありませんね」
「……ま、いっか」
ケロリと流すジュリーたちの背後で、緑の炎の塊が地面へ沈みこんだ。
殴り飛ばした姿勢でそれを観察していた了平は、緑の炎の塊がゆっくりと起き上がるさまを見て「む」と顔を顰めた。
「今のでは足らんか」
「結局、それが貴様の全力か」
「なにおう!」
売り言葉に買い言葉、鼻息荒く紅葉を睨んだ了平は、すぐに頭を振って自身を落ち着かせた。
「俺の力だけでは足りん! 紅葉、力を貸してくれ」
「……フン」
眼鏡を外した紅葉は、了平と共に上着を脱ぎ捨てた。
「結局、これは貴様らのためではない。炎真は同志だ。見捨てるものか」
「ああ、極限、俺も可愛い後輩のために、この拳を振るう」
ぼぅ、と二つの拳に形の違う炎が宿る。背中合わせにファイティングポーズをとった紅葉と了平は、肩幅に開いた足に力をこめた。
「我が拳は、逆境を切り開くために!」
「我が拳は、障害を跳ね除けるために!」
ファミリーの逆境を己の肉体で砕き、明るく照らす日輪と、ファミリーへ降り注ぐ障害を己の肉体で持って跳ね除ける森林――形は違えど、仲間の危機を打ち砕く拳が硬化の鎧を纏った緑の炎を貫いた。

紫の炎の塊は、増殖を繰り返して周囲を圧迫していく。一度鋭い避雷針で貫かれた場所も、ブクブクとスライムが泡立つように歪に膨らんで傷口を覆っていた。
「う……」
口元へ手をやり、ランボはたたらを踏む。まだ幼い肩を支え、らうじは顔を歪めた。
「ランボさん、無理をするな」
まだ幼いランボには、負荷のかかる攻撃であった。タラリと垂れる血が唇に触れる前に、グイと手で拭い、ランボは目の前に立ちはだかる倒すべき敵を睨んだ。
「ランボさんだって、ツナの守護者だもんね……! 例え大人の方が強くたって、今ここにいるのは、今の雷の守護者のランボだもんね!」
らうじは我知らず、彼の肩を支える手に力を込めてしまっていた。ランボが顔を顰めたことで慌てて力を緩め、しかし小さな守護者が倒れてしまわぬよう、しっかりと支える。
「……そうだな、ランボさん。俺もエンマの守護者として――年長者として守り切る」
バリバリ、と静電気のような炎とマグマのような炎が、辺りの空気を舐めていく。それを一手に集中させ、らうじとランボは目前の対象へ狙いを定めた。
「行けるか、ランボさん」
「ランボさんは、不死身だから、」
はは、とらうじは思わず笑い声を溢した。
それは、鋭い一撃となるだけでなく、ダメージを一手に引き受け消し去る避雷針。そして、活発な噴火で攻撃するだけでなく、泰然とした姿で支える深山――乗算された炎エネルギーは増殖を繰り返して巨大化する塊を、その基となった細胞ごと叩き潰す。
「――絶対負けないもんね」

もう幾度目になろうか、棘を生やしたトンファーが赤い炎の塊に突き刺さる。触れる端から分解されそうになる炎を、雲雀は苛立つままに増殖の特性で補っていった。
「しぶとい」
「雲雀恭弥」
舌を打つと、丁度隣に着地したアーデルハイトが目標から視線を逸らさぬまま声をかけた。一度そちらへ視線をやって、雲雀は赤い炎の塊へ目を戻す。
「合わせる気は?」
「ない」
即答。アーデルハイトは口端をヒクリと引きつらせたが、深く息を吐いて「でしょうね」とぼやいた。
「では聞くが、勝機は?」
「君に問われるまでもない」
言うが早いか、雲雀は両手に構えたトンファーへ、炎を灯した。それは彼の身体全てを包んでしまいそうなほど大きく、また不純物などないことを示すように澄んだ色をしている。
一瞬呆気にとられたアーデルハイトは、すぐに我に返った。それから腕を交差させ、左右で鉄扇を開く。鉄扇の上を滑るように、彼女の炎が燃え上がる。
「君の誇りが、何だって?」
目の端にその炎を捉えた雲雀が、口元に笑みを乗せて訊ねた。煌々と、冷たさを感じさせる炎が、アーデルハイトの顔を照らす。
「我こそ氷河の守護者――炎真率いるシモンファミリーこそ、我が誇り!」
「僕はどうでもいいな、そんな称号」
しかし、と言葉を切って、雲雀は唇を舌で撫でた。
「僕の並盛で騒ぐようなら、咬み殺す」
ボゥ――何者にも囚われず、独自の立場から守護する浮雲と、何者にも侵されず、独自の力で切り開く氷河。二つの誇りによって燃え上がる炎は、その性質が故もあってさらに大きさを増していく。それは草葉を分解していた炎すら凌駕し、塊ごと切り裂いた。

かなり局地的に、雨が降っている。目の前の、青い炎の塊が、自身の身体から火の粉のようにエネルギーを放出し、小さな通り雨を作り出しているのだ。
ふぅと息を吐いて、ジュリーは鎌を振り上げた。刃先から零れるように流れだした炎が、ジュリーたちの頭上に砂の屋根を作り出す。それは身体を濡らす青い炎を遮り、クロームは思わず顔を上げた。
「幾ら何でも、ずっと浴びっぱなしは辛いからな」
ジュリーはグイと頬に残った炎を拭いとる。フンと小さく鼻を鳴らし、何故か一滴も濡れた様子のない身体で、骸はシャンと錫杖を鳴らした。
骸のそれよりは一回り小さいが、確かに同じデザインの錫杖をクロームは両手で握りしめる。
「六道骸が、どんな風の吹き回し?」
「おや、先ほども言ったでしょう? 今回のマフィアは僕にとっても煩わしい存在だと」
ギラリと光る赤い瞳が、炎の塊を射抜く。ジュリーは肩を竦めつつ、鎌を構え直した。
「ボスのため〜とか言うのかと思った」
「クッハハ。それこそ戯言だ」
「俺ちんも守護者とかそういうのどーでもいいけど」
骸の隣に並んだジュリーが、彼へ一瞥をくれる。そこにこめられた殺気に、骸も目を細めた。
「……ウチのエンマをおたくの企みに巻き込むってんなら、考えがあるぜ」
ざわり、とジュリーの足元から砂漠の炎が頭をもたげる。そちらを一瞥し、骸は口端をゆっくりと持ち上げた。
「……成程、それが本当の砂漠の守護者の姿ですか」
「加藤ジュリー……」
正面から睨み合う二人の間に、クロームが言葉で割って入る。彼女はキュッと錫杖を握りしめたまま、丸い瞳で真っ直ぐジュリーを見つめた。
「ボスたちは、守る」
「……りょーかい」
抜身の殺気を捨て去り、ジュリーは吐息を漏らすと共に肩を竦めた。それから鎌に砂漠の炎を灯し始める。
「砂漠の炎を霧の炎に乗算させるやり方は、俺が一番よく知ってる。切り込みは任せた」
「伊達に乗っ取られていただけではないようだ」
ククと喉で笑い、骸は了解したというように視線を青い炎の塊に向けた。
「さて、行けますね、クローム」
「はい、骸さま」
砂塵のように、ジュリーの炎が二人の手元に集まる。そこへ霧の炎が重なり、エネルギー量を増していった。
暴れ出す青い炎の塊を、骸の赤い瞳が射抜いた。
「――堕ちろ」
無を有に、有を無にすることで実態を掴ませないまやかしの幻影。虚像を実像に、実像を虚像にすることで、全貌を覆い隠す砂漠。幾重にも重なり、現実と虚実の境すら超えた幻覚――青い火の粉を浴びながら、塊を縛りあげた蔓に、蓮の花が開いた。

黄色い炎の塊を、幾つもの斬撃が襲う。炎の塊を背に膝を折って屈んだ山本は、チンと納刀した。鎮静の炎を纏った刃で斬ったのだ、断面から立ち上がる炎の揺らめきに先ほどまでの勢いはない。
カクリ、と膝をつくように蹲った塊の上に、フッと影が差す。ドリル状の武器を構えた水野が落下して、その剣先を突き立てた。
「カオル!」
「ぐぅっ……!」
そのまま奥まで突き刺そうと力をこめるが、塊の炎圧が上がり、水野の身体は吹き飛ばされた。
「大丈夫か!」
「ああ……悪い」
水野が身体を起こすと、二刀を構えた山本が隣に立った。塊を見据えた山本は「いや」と呟き、口端を持ち上げる。
「さすがだぜ、カオル」
猫が毛を逆立てるように、塊から立ち上がる炎。しかし一点だけ、勢いが弱い。水野が武器を突き立てた個所だ。
「もう一度いけるか?」
「おう」
三つの刃に、澄んだ炎が宿る。ふわり、と水野のジャケットの裾が浮き上がった。
水野が先行する。喚くだけで巨体の使い方を理解していない相手に、刃を届かせるのは容易だった。先ほど突き立てた個所を確認し、もう一度。
「ぅぉおおおお!!」
今度は振り払われないように、足を踏ん張る。
「そのまま」
静かに降る雨のような声が、頭上から聞こえた。炎の推進力を使って水野よりも高く飛び上がった山本が、青空を背に腕を交差させる。そのまま炎圧を上げた刀を、振るった。
業火が鎮火されるように、黄色の炎はシュウシュウと音を立てていく。
距離をとるつもりで飛びすさった水野は、思わず尻餅をついた。
炎が消えた後に、炎エネルギーを使い切った様子の人間が、パタリと倒れた。
ピ、と露払いするように振り、山本は納刀する。
「すごいな、武」
肩で息をする水野へ手を差し出す山本は、ケロリとした様子で首を傾げた。ただの体力は、水野も山本に負けないと思っている。しかし、死ぬ気の炎に関するエネルギー消費に関しては、山本の方が上手だ。
「守護者なんて、固い役職だけでエンマの側にいるつもりはないけど……もっと強くならなきゃ」
山本はクスクス笑った。
「俺も、親友がすげぇ奴だから、胸を張って隣に立てる人間になりたいだけだぜ」
その純粋な想いが、彼の原動力になるのだろう。それに関しても、水野は負けていられない。
「……俺も、守護者としてはまだまだだな」
「はは、お互い頑張ろうぜ」
戦いを清算し、すべてを洗い流す恵みの村雨と、戦いの血を洗い流すだけでなく、敵を貫く激流――戦いの後に流れる二筋の水流が、日光を受けてキラキラと輝いていた。

藍色の炎の塊が、火の粉を飛ばす。地面に付着したそれらは音もなく巨大化し、炎の塊を生みだした。人の身を超えた炎圧の塊が、五つ。数と力で圧し潰そうとする相手に対し、獄寺はどこまでも冷静だった。
「幾ら増やそうが意味ねぇぜ」
ズブリ、と塊の足元が沈みこむ。じわじわと辺りに張り巡らせていた沼の炎が、足を呑みこみ、溶かしていく。
「OOPS! ざーんねん」
フワフワと宙に浮かんだシットピーは、ペロリと舌で唇を舐めた。
途端、間欠泉のように沸き上がった沼の炎が、藍色の炎の塊を覆うように動いて行く。炎の塊は逃れようともがくが、沼の炎が触れた先からドロドロと溶けては地面へ垂れていく。それは他の五つの塊も同じ状況だった。
「今のうちダヨ、獄寺クン」
足を折り畳んだシットピーが、フヨリと獄寺の背後に移動する。フンと鼻を鳴らし、ゴーグルをつけた獄寺はダイナマイトを構えた。
「誰に言ってる」
動かない的を、獄寺が外すわけがない。獄寺の手から放たれた無数のダイナマイトが、真っ直ぐ藍色の炎の塊らを捉えた。
目を伏せて、獄寺は踵を返す。
「――果てろ」
沼の炎と複合した嵐の炎が、彼の背後で大きな爆発音を立てた。
常に攻撃の核となり、休むことのない怒涛の嵐と、絶えず広がり、ファミリーの障害を呑みこむ沼地――容赦ない攻撃が、辺りの空気を揺らした。
着火装置を指で摘まみ、獄寺はゆっくりと息を吐く。ヒュゥと口笛を吹いたシットピーが、その傍らで地面に足をつけた。
「ボンゴレ、なめんじゃねぇ」
「シモンもね」
ニカリと笑うシットピーに顔を覗き込まれ、獄寺はサッと視線を逸らす。
それから二人は、こちらを見て名前を呼ぶ仲間たちの元へ足を進めた。
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