第6話
「おお、タコヘッド!」
獄寺たちの背後で、二つの炎の塊が唸りを上げた。獄寺がランボを放り投げると、それを受け取ったらうじが距離をとる。
ブオン、と音を立てて、バイクが大きく跳躍する。二人の青年が乗るバイクが、了平たちの頭上を大きく越えて飛び込んできた。
「獄寺、タッチ!」
ハンドルを握る山本が、ヘルメット越しに獄寺と視線を交わす。
「もう少しマシな方法で来い!」
バイクとすれ違いながら、獄寺は山本たちの背後に現れた炎へ照準を合わせた。
「カオル、わりい」
山本はハンドルを後部座席の水野に代わり、サドルに足をかける。そのままサドルを蹴って飛び上がり、背中の時雨金時を抜刀した。
藍色の炎の塊が赤い銃弾によって穴を開け、紫の炎の塊が青い刀で両断された
「ヒュウ」
「む、むちゃくちゃ、だ」
何とかバイクを着地させたものの、横滑りした水野は最近で一番命の危機を感じたと息を吐く。シットピーが持ち前の浮力でサポートしてくれなければ、危なかった。
「きゃ!」
悲鳴を上げてこの場に飛び込んできたのは、クロームだ。並走していたジュリーが巨大化させた鎌を振るが、赤い炎の塊に触れた途端、砂のようにボロボロと崩れていく。
「マジか……!」
「邪魔だ」
赤い炎の塊が、紫の球体と氷の刃によって切り刻まれた。
「やっと来たのね」
「ワオ」
炎越しにアーデルハイトと視線を合わせた雲雀は、口端をニヤリと持ち上げる。
紫の炎の塊へ刀を切りこんだ山本だが、切り口からブクブクと泡のように炎が沸き上がり、すぐに修復されていく様子を見て、「あちゃー」と眉を下げた。
「やっぱりこんだけ密度高いと、そう簡単には行かねぇか」
「お、オレっちたちに、」
バチィ、と曇天もないのに静電気が沸き起こる。その発生源であるランボは、らうじに支えられながらギリと紫の炎の塊を睨んだ。
「任せるんだもんね!」
雷の炎――そして年齢と実践から足りない分を補う山の炎が、小さな避雷針から放たれる。真っ直ぐに伸びたそれは山本の頭上を通り過ぎ、紫の炎の塊を貫いた。
「頼んだ、ランボ!」
「……俺たちは、」
武器を解放した水野と共に、山本は正面へ向けて走りだす。
「こっち担当だな」
黄色い炎の塊へ向けて、二人は炎を燃え上がらせた。
雲雀が飛び込んできたとほぼ同時に、紅葉はこの周囲を森の炎による有刺植物で囲っていた。これで敵味方、誰も紅葉が倒れるか解除するまで逃げることはできない。
「行くぞ、紅葉!」
「言われずとも!」
二人は背中合わせに拳を構え、緑の炎の塊へ向かって駆けだした。
それは丁度雲雀の背後で燃え上がっており、獲物をとられたと雲雀は眉を顰めた。
「集中しなさい」
雲雀の髪を掠めた赤い炎を鋭い一閃で薙ぎ払い、アーデルハイトは踵を塊へ向けて落とす。ついでに胸元のボタンを吹き飛ばされた雲雀は、ギリと犬歯を鳴らしながら口端を持ち上げた。
「その口、この化物の次に塞いであげる」

「炎密度がめちゃくちゃ高い……マジで化物じゃん」
対峙する青い炎の塊を見やり、冷や汗をかきながらジュリーは口笛を吹いた。
「……だからこそ、私たちの相手は、あっち」
ジュリーの隣で、クロームはキュッと槍を握りしめた。
全ての作戦前に、最後に叩きこめと言われたのは炎の相性だった。
六角形の有利不利と、六芒星の相互作用。ゲームの属性バランスのようにあてはめられた配置の炎は、戦闘における全てではないが、ある程度の力押しが必要な際に役に立つと教えられた。アルコバレーノ一の科学者も仮説も混じったそれらは、相対となる大地の属性にも当てはまる。何かあったときのために――そうアルコバレーノは言ったが、まさかこれを予想していたわけではあるまい。
晴や雷のアルコバレーノたちが自身の戦闘実測から立てた予想でこれだ――随一の未来予知と言われた大空のそれは、いかほどのものか。
そこまで考えて、ジュリーはコッソリ背筋を冷やしていた。
「ある程度密度が高い炎の塊をぶっ潰すには、有利属性の炎を叩きこむ、ね」
クルン、とジュリーは鎌を回した。鎌の刃が触れた空気、地面がフッと沸き立つように砂の炎が燃え上がった。
ビシリと槍の穂先を塊へ向け、クロームは唇を噛みしめる。チリリと、音を立ててイヤリングが揺れた。



青い球体の上に、立っている。
パチリと瞬き一つ、見える景色は変わらない。足元には、両腕で抱えてもはみ出そうなほど大きな球体。それがぽっかりと浮かぶのは、星が瞬く割には暗さを感じない宇宙の色をしていた。
本やテレビで見たものとは似ても似つかない宇宙に、綱吉は立っていた。
「――ツナ兄」
呼ばれた。声と使われた愛称で予想はついていたが、振り返って見ればその通り、居候の少年がニコニコと微笑んで宇宙に浮かんでいた。
「お前、どうして、そんなところに」
少年は、綱吉とは違い球体の上に足をつけていない。それなのに落下するそぶりも、フワフワとどこかへ飛んで行ってしまう様子もない。ただ、首に巻いた長い長いマフラーが、まるで犬のリードのようにどこかへ向かって伸びている。
ニコニコとしたまま動こうとしない少年へ向けて、綱吉は腕を上げかけた。「ダメだよ」それを止めたのは、背後から伸びて来た別の手だ。
「エンマ」
「やあ、ツナくん」
いつの間にか現れていた友人は、綱吉と同じように球体の上に立っていた。
綱吉の手首を掴んだまま、炎真はチラリと少年を見やる。
「アレは、君のところの子じゃないよ」
「え?」
炎真の言葉に驚き、綱吉はもう一度少年へ目を向けた。
ニコニコと弧を描くように丸まった目と口。少し隙間のあるその三か所は、よくよく見れば黒い空の色をしていた。
思わず「ひ!」と綱吉は喉を引きつらせた。ぶつかった炎真の肩へ爪を立てると、彼は綱吉の手に自分の指を絡めた。
「何、アレ」
「僕もよくは知らないけど、コザァードの記憶が、『よくないモノ』だって言ってる」
炎真が眠たげな瞳で精一杯睨むと、少年らしきものは表情を変えぬまま、シュルシュルとマフラーの方へ引っ張られるようにして消えていった。あのマフラーはまさしくリードで、この星と宇宙の外にいる存在との繋がりなのだと、綱吉は何となく察した。
「エ、エンマはよく平気だね」
「僕もドキドキしてるけど……二度目だし」
握り合った手のひらの間に汗をかいていたが、離してしまう方が恐ろしい気がして、綱吉は指へ力を込めた。
「二度目?」
「ツナくんは、前のこと覚えてないの?」
「前の、到達点になった後のこと? この場所のことは何となく覚えているけど、他はすごく眠かったとしか……」
「そう……初めてだったからかな」
炎真も自信なさそうに、コテンと首を傾ぐ。
「多分、トゥリニセッテの何かが欲しくて来てるんだと思う。今のツナくんなら、掠め取れると思って」
「ええ……」
こんな自分から何を取ろうとしているのだろう、綱吉は思わず顔を顰める。それをどう捉えたのか、炎真は「だから僕がいる」と小さく笑みを浮かべた。
「コザァードの記憶の受け売りだけど……大地の炎が近くにあれば、アレも簡単に手は出せないよ」
「そうなんだ、ありがとう」
もっとそれ以上の話を綱吉は聞きたかったが、炎真は知らない様子だ。何となく、同じ大空のトゥリニセッテである白蘭やユニの方が詳しい気がして、目が覚めたら彼らに聞いてみようと綱吉は思った。
「今、何日目くらいなんだろう」
「僕もそれは分からない。けど、こうして話せるようにはなったし、もう少しなんじゃないかな」
以前の経験を思い出し、炎真は言う。そう言えば綱吉も、ここに来た記憶の最後の方は、炎真と会話をしていた気がする。
綱吉は大きく息を吐いて、ガクリと項垂れた。
「起きてるときも言ったけどさ……ごめんね、エンマ」
「僕も言ったよ、任せて、ツナくん」
きゅ、と炎真は両の手でそれぞれ綱吉の手を握り閉めた。
――死ぬ気とは。
身体に打ち込んだ特殊弾を起点とし、そこから死ぬ気のエネルギーを燃え上がらせることで起こる現象である。
――死ぬ気の到達点とは。
死ぬ気状態の身体へさらに特殊弾を撃ち込み、死ぬ気を乗算させた状態である。その分、死ぬ気の炎を多く垂れ流しやすくなる。
――『超モード』と『死ぬ気の到達点』の違いとは。
死ぬ気の炎エネルギーの放出に、制限時間(リミッター)があるかどうかだ。
「まさか戦いをやめた後も、ずっと死ぬ気のエネルギーが垂れ流されるとは思わなかった」
細く長く、時には瞬間的に、時には一度休止して、死ぬ気のエネルギーを継続させる。綱吉はそんなクロールの息次のような感覚で、超モードと呼ばれる戦闘スタイルを使ってきた。それが、到達点を経験してからはずっと空気の薄い高所へ引き上げられ、肺の酸素を吐かされ続けているような――苦痛としてはそれほどないが感覚として――日々を送っていた。ただ、炎真の隣にいるときだけ、その呼吸が楽になる――引き上げられていた身体が、地面へ戻されるように居心地よかった。
「大地の炎のコーティングが、こういう使い方ができるとは思わなかった」
友を繋ぎとめる助けとなったのなら本望だ、と炎真は微笑んだ。恥ずかしげもない炎真の態度に、綱吉の方が照れてしまって口元がむず痒さに揺れた。
「……!」
ふと、綱吉は足元の球体へ目を落とした。違和感は炎真も同じだったようで、眉を潜めて青い球体を見下ろす。
「……守護者のみんなだね」
「え、やっぱり?」
「アーデルたち、何してるんだろう」
「獄寺くんたち、無茶してないと良いんだけど……ランボも」
しかし現実世界の様子を伺い知れない綱吉たちは、彼らの力を信じるしかない。
こつり。
触れ合った額に、いまだ炎は灯らず。柔らかな熱だけがこの空間にも存在することを示していた。
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