第3話
並盛公園。日中にも関わらず、公園には遊ぶ親子らの姿が見られない。だだっ広いコンクリートの広場で、A小隊の号を与えられた灰色の男たちは、ポツンと佇む少年と少女に注視していた。
ゴテゴテとした装具の多い二人だ。少女の方は、どういう原理かフヨフヨと浮いている。電子タバコのようなものを口にくわえた少年は、耳元へ手をやって小さく息を吐いた。
「ここまで概ね順調だな」
「ジュリーからの連絡、ダイジョウブだった?」
ふよ、と宙に浮いていたシットピーは、獄寺の隣に足を下ろす。耳元の通信機から手を離し、獄寺は一つ頷いた。
「ある程度の取りこぼしは想定済みだ。そのためにムカつく野郎に頭下げたんだからな」
獄寺の立案した作戦では、守護者たちは皆ホテルを中心としてボスの護衛と敵の撃破をメインに配置されている。その他の一般人や知人・関係者の護衛までは、どうあっても手が足りない。そこで、たまたま日本に滞在していた白蘭たちやシャマルにそちらの護衛を依頼したのだ。彼らの戦闘力と義理堅さを信用して。
術士の攪乱と規模の把握。分断された敵部隊の半数は、随一のパワーと防御力を誇る二人が足止め。協力を要請したメンバーが、隠密で動く少数を叩く。まだ確かな連絡は来ていないが、残りの守護者たちも滞りなく役目を果たすために動けている筈だ。
大丈夫、自分の作戦は、ある程度通用している。
獄寺は幾度か紙とペンから作戦を練り、それを実行して勝利した成功経験を持つ。しかし今回ほどの緊張感は初めてだった。恐らく、親愛なるボスが行動不能であることが理由だろう。
ボスを守るべき右腕と名乗りつつ、戦いのときはいつでも彼の背中を見て来た。共に並び、共に戦い、共に歩むことこそ、己の描く右腕だと掲げてきた。
(不安がってんじゃねぇ。この程度でビビってたら、十代目に置いて行かれちまう)
グッと拳を握り、獄寺はボンゴレギアのサングラス越しに敵を睨んだ。
並盛町全体に張られた幻覚によって、ここまで誘導されたA小隊。困惑しながらも、彼らは獄寺とシットピーが攻撃意志を持っていることを察している筈だ。獄寺が嵐の守護者であることくらいは、事前情報で掴んでいるかもしれない。
カリ、と獄寺は着火装置を噛みしめた。
「……何者だ」
固い声で訊ねたのは、この小隊の隊長だろうか。他のメンバーと比べても年長らしさが伺える。彼が後ろ手でナイフを抜いたことに気づきながら、獄寺は指で着火装置を摘まんだ。
「俺の顔くらいは調査済みじゃねぇのか」
「……スモーキンボム」
「WOW、獄寺くん、有名人」
シットピーの軽く弾む言葉は、敵からすれば茶化していると思われるだろう。事実、数人はピクリと口元を引きつらせた。
「……半分だな」
獄寺はポツリと呟いた。彼の言葉を正しく理解したのは、この場においてはシットピーのみだった。
「やっぱり獄寺くんは理解不能。二年経った今でも」
「人をいつまでもUMA扱いしてんじゃねぇよ」
「お互いさまだと思うけど。私は『そう名乗らない』から」
「け、古里も情けねぇボスだぜ」
「ボスは好き。ちゃんと名乗るのは、アーデルハイトやらうじくらいかな」
長い足を折り畳み、シットピーは身体に巻き付けた風船の間へそれをしまい込む。ふよ、とまた浮かんだ彼女を見て、敵は驚いていた。炎のエネルギーも感じさせずにそんなことをされれば、初見は誰だって驚く。
ため息を吐きながら、獄寺は内心、苦い思いを噛み潰した。こちらも獄寺と同じようにする者はいないだろう。あの山本だって、戦いのルール上必要なとき以外、それを用いたことはない。
だからこそ、ここで獄寺は宣言するのだ。『]』を刻んだバックルを掲げて。
「俺は獄寺隼人。ボンゴレ十代目・沢田綱吉を守護する嵐の守護者、獄寺隼人だ。十代目に害を為すお前らは、ここで果ててもらう」
パチパチ、とシットピーが手を叩く。風に揺れるヘリウム風船のように、彼女は敵の集団の方へ向かって漂っていた。
「怖気づくな、守護者が出てくることは想定ずみだ!」
小隊長らしき男が声を張り上げる。彼の言葉に鼓舞され、敵は構えた武器に次々と炎を灯した。
並の硬化や構築では、守護者の炎圧に耐え切れないと思ったのか、青い炎を手にした数名が前に出た。作戦としては定石である。ある要素を加味しなければ。
「! 足元が!」
飛び掛かろうと踏ん張った足が、ズブリと沈む。コンクリートの地面ではあり得ない感触に、驚きの声が上がった。ズブズブと、まるで沼地のように小隊を飲みこんでいく地面。
「なんだ、これ!」
「沼の炎の特性、やっぱり知らないみたいだね」
丁度敵部隊の頭上を浮遊していたシットピーは、口元へ指を添えた。太腿まで沈みこんだ一人が、その様子にカッと茹で上がり手にしていた銃口を彼女へと向けた。雷の炎でコーティングされた銃弾が発射され、シットピーの浮遊を支えていた風船に穴を開ける。
「SHIT」
ぐらりと傾く身体。彼女はそのまま真下の沼地へ、落ちて行く。――と思われた。
ガガ。スラリとした肢体の後ろから伸びた蜘蛛のようなアームが、沼地の縁に突き刺さる。銃を撃った男の鼻先数センチに、シットピーの前髪が触れた。
「ざーんねん。可愛い顔だけど、獄寺くんほどじゃないね」
丸く開いた瞳に見つめられ、男はヒと喉を引きつらせる。
霧の炎で足場を構築し、小隊長は沼から飛び出した。不安定な足場は一度踏み込むとすぐに消えたが、何とかコンクリートの岸辺に辿り着く。
あの少女は炎も言動も得体が知れない。ならば、数年前まで泥に塗れた犬と噂されていたスモーキンボムの方が叩きやすい。幾らボンゴレという飼い主から首輪と餌を貰ったところで、沁みついた泥汚れは落ちない筈だ。
小隊長は沼に触れた靴が、風化したような綻びを持ったことに気づいていた。しかし些末なことと捨て置き、霧の炎を纏わせたナイフを携えて地面を蹴る。
体勢低く近づいた男へ、獄寺はボムを放った。男は足を止め、幾つかのボムを叩き落としながら、横へ身を引いた。しかしホーミング機能のあるボムが彼を逃がさない。半分ほどボムを被弾し、男は火傷の痛みに歯を食いしばった。
「カーネ・ランダージョが……!」
ギラリとした視線で、男は獄寺を睨みつける。それをサングラス越しに受け止めながら獄寺はまた数本ボムを手に取った。
「手前にそんな呼び方をされる覚えはねぇ」
「っ妙な技を使う女まで連れて……そんな情報はなかった! ボンゴレは何をしやがった!」
嘗てイタリアで一人片意地を張っていた頃の獄寺を、噂程度にでも聞きかじっていたのだろう。血と唾を吐き捨てる男を見て、獄寺は鼻を鳴らす。
「手前らこそ、何者だ?」
沼地では、腰から下をすっかり固定されてしまった小隊のメンバーが、シットピーのアームによって気絶させられていた。そちらを横目で確認し、獄寺は唯一動ける男の一挙一動に注視する。
「マフィアにしては、暗殺に慣れ過ぎている。武闘派集団、というわけでもなさそうだし、そんなマフィアだなんて話も聞かねぇ」
男は口を結んだ。
「手前らの本当の目的と組織の構成を聞かせろ。場合によっては……」
獄寺は不意に言葉を止めた。耳元の通信機に連絡が入ったのだ。思わず舌を打ち、男から視線を逸らさないまま、獄寺は手を添える。
「こちら嵐。どうした」
沼地の敵をすっかり無力化したシットピーが、フヨフヨと浮遊しながら移動してくる。獄寺の通信内容が気になるようで、頭を下に向けた姿勢でじっと見つめていた。
「――は?」
シットピーの視線も気にならないほど、男から視線を外しかけてしまったほど、獄寺は驚き目を丸くした。ギリと歯を噛みしめた獄寺を見て、シットピーも眉を顰める。
「……あの野郎、余計なことしかしねぇな!」
「WHO?」
言うことを聞かない子猫に苛立ったときと同じ調子で叫ぶ獄寺に、シットピーは身体ごと右へ傾いた。



「にゅにゅ〜、つまんな〜い」
ぷっくりと頬を膨らめたブルーベルは、とある家を取り囲む塀の上に腰を下ろしていた。プラプラとキュロットパンツから伸びた素足を揺らし、幼い彼女は丁度爪先のぶつかる位置にいたザクロを見やった。
「ザクロと一緒だし中では身内で乱闘してるし、なんでこんなことしなきゃいけないの?」
「仕方ねぇだろ、白蘭サマの指示だ」
そう言われてしまえば反論しようもないのか、ブルーベルは口を噤んで、爪先をザクロの後頭部にぶつけた。それをパシリと軽く手で受け止め、ザクロもため息を吐きたくなった。
白蘭からの指示の下、この屋敷を護衛するためにやってきたのは良い。しかしそれよりも気になるのは、塀の向こうから聞こえてくる銃撃音だ。
「ったく、俺らが手を出さなくても、別の理由でやられてんじゃねぇのか、この屋敷の主」
「何だかんだ悪運は強い男だから、それもどうかしら」
ザクロたちと屋敷前で偶然合流し、目的が同じであることを確認した協力者は、長い髪をサラリとかきあげた。毒サソリのビアンキという異名は、ザクロも白蘭から聞き知っている。その名の通り毒の香りを纏った彼女は、少々物憂げな視線を空の奥へ向けた。
「そんなもんか。三流とはいえボンゴレとため張ったマフィアか。なんっつったけ? トマト?」
「トマゾよ」
ビアンキの言葉へ相槌を打つように、門が音を立てて開いた。銃撃音はいつの間にか止み、しんと静まり返っている。
ブルーベルやザクロたちが少々警戒した視線を向ける中、意気揚々と門を潜って姿を現したのは、何とも陽気な風体の少年だった。
「あれ、出待ち? あ、獄ちゃんのお姉ちゃんだ」
ヒラヒラと手を振る少年へ、ビアンキは視線一つくれない。それに堪えた様子も見せず、少年はブルーベルとザクロへ視線を向けた。
「あ、俺のファン? それともウチに入会希望者?」
「誰がアンタみたいなバカの追っかけするもんですか」
「きびし〜!」
ブルーベルの辛らつな言葉を聞いても、ペチンと額を叩いて笑うのみ。ザクロはここまでの数分でもうすっかり任務を放棄して帰りたくなった。
「ロンシャン、あなたどこかへお出かけなのかしら?」
彼の独壇場をさせることに疲れたのか、塀に凭れたままビアンキは吐息交じりに訊ねる。ロンシャンは是とばかり、真新しい上着を摘まんで見せた。
「そうそう、二人の女の子を裏切っちゃって申し訳ないけど、俺これから絶世の美女とデートなんだよね」
「だから、私は!」
「紹介するね、おいでよ、マイスイート!」
ギリギリと歯を噛みしめて苛立つブルーベルを抱き上げて宥めつつも、ザクロはロンシャンが絶世の美女と形容したデート相手に少し興味があった。彼は知らない、ロンシャンの美的センスが、一般と百八十度ほどズレていることを。
「こちらが俺の新しい彼女!」
「バケモンかよ!」
「にゅー!!」
特殊メイクもかくやと言わんばかりの大きな頭と、それに見合った顔のパーツ。ちょこんとついている身体は少女と思われるようなものだったが、バランスが悪すぎる。
思わずブルーベルはザクロの首に腕を回したし、彼もしっかりと彼女の身体を抱えてしまったほどだ。
「でしょでしょ、バケモン級の美しさだよね」
「そしてお前はバケモン級のポジティブだな!」
こんなことだろうと思った、とビアンキは一人吐息を漏らして、視線を彼らから外した。ピクリ、とビアンキの肌が何かを捉える。ヒットマンとして培った経験と勘が、周囲を取り囲む殺気を感じ取ったのだ。
「そこ!」
ビアンキは殺気の輪の一角へ、ポイズンクッキング化した食物を投げつけた。ぐあ、と声が上がって、バタリと倒れる音がする。固く結ばれていた殺気の輪が、少し綻ぶ。
その隙を逃さず、修羅開匣したブルーベルは空中に水の塊を幾つか放った。十年後よりも炎の純度や大きさが劣る、クラゲ・バリア。分子の運動まではいかないものの、動きはかなり抑制される。同じく修羅開匣したザクロが、思うように動かない身体に混乱する敵を、鋭い爪で薙ぎ倒した。
「え、ちょ、なに、なにごと?」
事情が分からず、ロンシャンは目を白黒させる。そんな彼の背後で、ギラリと銀が煌めいた。
「! ロンシャン!」
「うぇ?」
ロンシャンが半身で振り返る。その頭上へ短刀が振り下ろされる。
カッ。――細く鋭いものが突き刺さる音。向いの電柱に、短刀と風車が突き刺さる。
ダラダラと血の流れる手の甲を庇いながら、少女は風車の飛んできた方向を睨む。門の前に立っていたロリータ服の少女は伸ばしていた手を下ろし、更に数本の風車を指の間に並べて見せた。
ザクロはその隙をついてロンシャンへ短刀を向けた少女――ロンシャンの恋人を地面へ組み伏せる。
「マイスイート!?」
「ちょっと黙ってろ、こいつは手前の命とろうとした刺客だ」
カクン、とロンシャンは口を開いた。
ビアンキはホッと息を漏らしつつ、風車を構えたままのロリータ少女を見やった。綱吉からロンシャンと確執があるらしいとだけ聞いていた。しかし腐ってもファミリーのボスとその部下、ピンチのときは相応しい立ち回りをするようだ。
(普段の態度も、また愛情――)
カッカッカッ。連続で飛んだ風車は、ヒョイと首を傾けたロンシャンの頬を掠めることなく壁に刺さる。
「あっはっは! やっぱノーコン!」
単に他人へ獲物をとられることが嫌だっただけかもしれない。
「……」
「ったく、これで全部か?」
気絶させた敵集団を拘束し、ザクロは額に浮かんだ汗を拭った。ザクロが最後に転がした少女を見つけ、ロンシャンはそちらへ向かってピョンと飛んだ。
「あーあ、これからデートだったのに、残念!」
あっけらかんとしたロンシャンの様子に、ブルーベルは気味が悪そうに顔を顰めてザクロの影へ隠れた。
「今回はとっておきのデートだったから大丈夫だと思ったんだけど」
目的地の問題ではない、とはザクロも言わない。
「沢田ちゃんから教えてもらったホテルに行こうって約束してたのにー」
何となく、そう何となくビアンキの勘が、その言葉で揺れた。
「……ツナから?」
「そ。イタリアのお友だちが来たとき、沢田ちゃんも行ったことがあるって」
ここだとロンシャンは携帯端末に地図を写してビアンキたちに見せる。「あ」と声を漏らしたのはブルーベルだ。ザクロは眉を顰め、どうするのだとビアンキを見やる。ビアンキは深く息を吐き、額へ手を添えた。
「……隼人に連絡するわ」
全く、本当にこの男は女運がない。
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