4−1
ティンカーモンたちを退けた後、木陰を見つけた隆志たちはそこで休息をとることにした。
「どうですか?」
佳織が訊ねると、仁は渋い顔をして首を振った。彼の膝の上には、先ほどガジモンたちに襲われていたデジモンが、目を閉じて横たわっている。
仁の持っていた応急手当セットで擦り傷等は消毒したが、打撲による腫れが酷い。手持ちだけでは、十分な治療はできない。
「熱も出てきたみたいだし、どこかで休ませたいな……」
「って言っても、この辺りにそんなところあんのか?」
隆志が訊ねると、何かを考え込むように仁は顎へ手をやった。それから晄へ声をかける。
「僕らの現在地、大体の予測はできるかい?」
「え、えーっと」
戸惑いながらも、晄は左の耳元へ手をやった。そこへ装着したSD2の地図データを照射し、初めにポイントを打った場所を探す。
「初めに話し合ったところがここだから……川に落ちて海沿いに歩いて……この辺り、ですかね」
晄の指示した位置を確認し、仁は自分の左腕にはめたSD2から地図データを開いた。衛星時計の機能がメインとなったそのSD2は、小学生には重みがあるからと父は購入を渋っていたものらしい、とは仁から以前聞いた話だ。余談。
「……うん。可能性はあるかな」
「どうしたの?」
地図を見つめていた仁は一つ頷いた。リラが訊ねると、彼は一つの場所を指でさした。
「ここへ行ってみないか」
「そこに何があるの?」
浜から離れ、少し森の中へ入る道だ。ミズホが眉を顰める。
「ここが僕らの知るデジタルワールドと同じ地理なら、賭けてみることはできると思う。そこにある筈なんだ」


【4#ゴマモン診療所】


傷だらけのデジモンを抱えた仁を先頭に隆志たちが辿り着いたのは、小さな建物だった。
「ここは……」
「ゴマモン診療所。父さんの診療所だよ」
仁の父・城戸丈はデジモンをメインに治療する医師として、デジタルワールドに診療所を構えている。隆志たちの目の前にある建物がそれだった。
「でも……可笑しいね」
「え?」
診療所に駆け寄ろうとした隆志たちは、神妙な顔をする晄に気づいて足を止めた。ミズホも、ここに案内した筈の仁も微妙な顔で診療所を見つめている。
「幾ら地理が同じだからって、始まりの町みたいに元々デジタルワールドにあったものじゃない、仁先輩のお父さんが用意した建物が、なんでここにあるのよ」
「あ」
隆志とブイモンが口を丸く開けると、ミズホとプロットモンが呆れたように吐息を漏らした。なんでパートナーじゃないのに息が合っているのだと、思わず文句を言いたくなった隆志だが、グッと堪える。
「僕も、この辺りは薬草が生えているからと思ってたんだけど……ここまでとは予想外だ」
「でもとりあえず入ってみよーよ」
グダグダと立ち止まる仁の足元から、ピンと白いヒレが飛び出した。子どもたちはゴマモンを見やり、顔を見合わせる。
「……行くか」
診療所の扉は、しっかりと閉ざされている。隆志を先頭にその前に立って子どもたちは、ゴクリと唾を飲みこんだ。隆志が代表して手を伸ばし、扉を開けようと――
「モガ!」
「ん?」
して、向こう側から開いた扉の縁に、鼻を強かにぶつけた。
しゃがみこむ隆志の背中越しに室内を見やった仁は、目を丸くする。それは、彼のパートナーであるゴマモンも同じだった。
「あれ、ジンじゃん」
「ゴ、ゴマモン!」
そこから姿を現したのは、ナース帽を頭にチョコンと乗せたゴマモン――仁の父・丈のパートナーだった。



「成程なぁ」
丈のゴマモンは隆志たちの話に頷きながら、乗った丸椅子をキィと揺らした。普段は丈が休憩室として使用している小さな部屋に隆志たちは腰を下ろしていた。
好奇心が隠しきれていない様子のフローラモンが持ってきたお茶を啜り、ミズホはチラリと開け放たれたままの扉を見やる。ミズホの視線を受け、部屋の中を覗き込んでいたデジモンたちはピャッと蜘蛛の子を散らすように引っ込んだ。
「ずいぶん、デジモンがいるのね」
「オイラたちも似たようなもんさ。突然揺れたと思ったら、いつの間にかこの世界にいた」
ゴマモンの他にも傍には、幼年期を始めとしたデジモンたちがいた。どうしたものかと頭をひねっていたところ、この診療所を見つけたのだという。迷子状態になった幼年期たちをそのままにしておくことはできず、ゴマモンはひとまずフローラモンの手も借りて、近くにいたデジモンたちを診療所へ招き入れたのだ。
「父さんは?」
「あの後、オイラだけ先に診療所へ戻ったんだ。ジョーは現実世界の方で往診の予定があったから」
地震が収まった後、慌ててパートナーと連絡を取ろうとしたが、デジタルワールド研究所との直通連絡すら反応なし。打つ手がないと、ゴマモンも頭を抱えていたらしい。
「じゃあゴマモンも、この診療所については分からないんだな」
部屋の中を注意深く観察していたプロットモンが言った。ゴマモンはコクリと頷く。
「内装もある程度の器具も、そっくりそのまま、ジョーが用意した診療所だ。そりゃびっくりしたけど、使わない手はないだろ」
「そうだね。おかげで、あの子を休ませてあげられた」
仁はゴマモンの言葉に同意して、チラリと仮眠用のベッドへ視線を向けた。そこには大きな怪我の手当を終えたデジモンが安らかな寝顔を見せている。その横顔を見て、ゴマモンは小さく笑みをこぼす。
「かすり傷と切り傷、それに火傷と打撲……外傷のオンパレードだけど、ジンの応急処置のお陰でそう酷くはないぜ」
ゴマモンがペチリと仁の肩へヒレを乗せる。強張っていた肩から力を抜き、仁はようやく頬を緩めた。
「……ありがとう、ゴマモン」
小さく呟く仁の膝の上で、彼のパートナーは微かに口端を下げた。



名も知らぬデジモンの手当は勿論、ここまで歩き詰めだった隆志たちは休息もかねて診療所に一日留まることとなった。
眠るデジモンの側で看病を続ける仁を眺めているだけにはいかない、とミズホとピヨモンは幼年期デジモンたちの面倒を買ってでて、隆志と晄はお互いのパートナーを連れて診療所の周囲を食糧調達がてら散策しに出かけた。
佳織とウパモン、リラとタネモンはフローラモンの指示を受けながら診療所の掃除を行っている。
「不思議だね。本当に、ここは僕らの知るデジタルワールドじゃないの?」
窓の外に広がる風景を見やり、リラは吐息交じりに呟く。机上を雑巾で拭く手を止め、佳織も同意した。
「疑ってしまいますね……まるで、デジタルワールドをコピーしたみたいです」
キィ、と佳織の呟きと重なるようにして奥の部屋の扉が開いた。リラたちがそちらへ視線をやると、少し困ったような顔をした仁が、キョロキョロと何かを探すように辺りへ視線を向けている。
「どうかしたんですか?」
「あ、その」
仁は決まり悪そうに頬を掻いた。
「僕のゴマモン知らない? 姿が見えないんだ」
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