3−2
最後尾から尾を引くような悲鳴が聞こえた。太陽はコロモンと一緒に足を止め、クルリと背後を振り返る。
バタバタと忙しなく翼を動かすホークモンと、その隣を走る園。彼女らの背後には砂煙が立ち、多くのジュレイモンが迫る光景があった。
「に、逃げて!」
「ね、姉さん、何したんだよ!」
「何もしてないわよ〜!」
園は涙目で叫ぶ。彼女の言葉の是非は置いておき、子どもたちは駆け出した。追いかけてくるジュレイモンたちは十数体といったところか。何れも目に理性を感じられず、暴走状態にあると思われる。追いつかれるのも時間の問題だ。
「コロモン」
太陽の言葉で察したらしいコロモンは、彼の腕から飛び出した。太陽がD3を取り出すと、そこへ淡い光が宿った。
「コロモン進化――アグモン!」
ズシンと音を立てて、黒い身体が地面を揺らす。大人の背丈ほどの大きさに進化したアグモンは子どもたちを背に庇い、ジュレイモンたちと対峙した。
「太陽、何を!」
「樹なら、火だ!」
「ベビーフレイム!」
大きな口を開き、アグモンは炎を吐き出した。通常個体より大きな体から吐き出された炎は、『ベビー』とついているが小さなものではない。触れればジュレイモンでさえ丸焦げになりそうな勢いだ。アグモンは脅しのつもりでジュレイモンたちの足元へ火を放った。
それは功を奏したようで、ジュレイモンたちは火に怯えて足を止める。それを確認し、太陽は走るよう声をかけた。
「でも、」
躊躇うほたるの腕を掴み、陸は駆け出す。
「――へぇ、そうなんだ」
そのとき、暗い木々の間から誰かの声が聞こえた気がした。赤い頭巾をかぶった子ども姿が、目の端に映り込んだような――。
「止まって!」
そちらへ意識を引っ張られていた陸は、ノゾムのそんな声でハッと我に返った。陸の目の前にはノゾムの背中。その向こう側には、ジュレイモンたちの姿が見える。どうやらグルリと円を囲むように回り込まれていたらしい。
「うおおお!」
そのとき、ほたるたちの背後から黒い巨体が飛び出して、前方を阻むジュレイモンを一体薙ぎ倒した。
「走って!」
後方のジュレイモンたちを投石で牽制していた太陽が叫ぶ。ノゾムと陸はほたるや悟たちの手を引き、アグモンの作った隙間を駆け抜けた。
「っ太陽!」
ジュレイモンの輪を抜けたところでほたるは足を止め、振り返る。テントモンやパタモンたちが技を放つが、成長期の威力ではあまりダメージを与えられないようで、ジュレイモンたちはびくともしない。輪の中に残った太陽とアグモンへ向けて、ジリジリと迫って行った。
「太陽!」
「アグモン!」
陸とツノモンが、思わず声を上げる。親友の意図を組んで駆け出したものの、心配なことには変わりない。
――そんな彼らの横顔を、森の中から見つめる一対の瞳があったが、誰も気づかなかった。
ジュレイモンたちが、圧し潰すように輪を小さくして集まる。
カッとその隙間から淡いオレンジ色の光が溢れた。
「アグモン進化――グレイモン!」
一際大きな炎が柱のように天へ上り、それに驚いたジュレイモンたちが陣形を崩す。
黒い兜に青い身体――ウイルス種のグレイモンは閉じた口の端から炎を吐き、ブンと顔を振った。その手に庇われるように立っていた太陽は、崩れたジュレイモンを見逃さない。
「そこだ、グレイモン!」
「メガフレイム!」
放たれた超高熱火炎は、アグモンのときの比ではない。ジュレイモンたちは慌てふためき、枝の端に火の粉を伴ったまま、森の奥へ逃げていった。
「今のうちに逃げよう!」
グレイモンの肩に乗った太陽が叫ぶ。ノゾムがコクコク頷くと、彼らを腕に抱え、グレイモンは大股で森の道を駆け出した。



焦げた跡が、静かな森の中で唯一の戦闘の名残となっている。草を踏みながらそれを見下ろした小さな影は、強く踏み込んだ足跡の続く道の方へ視線を動かした。
「選ばれし子どもたち、か……」
ポツリと呟く影の頭上。これまた小さな影が、空を滑るように飛んで行った。



真黒い羽根が、パタリと動く。
「お初にお目にかかります、『選ばれし子ども』の皆さま」
つんと吊り上がった目、淡々とした口調、そして黒い体躯――一見、パタモンと瓜二つのそのデジモンを、太陽たちはマジマジと見入った。
ジュレイモンたちの追手がないことを確認して、休憩していたときである。
「……パタモン?」
「いえ、私はツカイモンと申します」
パタモンと顔を見合わせるノゾムにそう言って、その黒いデジモンは小さく頭を下げた。
ツカイモンと名乗るデジモンは、太陽たちが休息をとっているとき、突然空から舞い降りてきた。太陽たちはツカイモンを中心に半円をかくようにして座り、彼らのパートナーは見知らぬ成長期の登場に目を輝かせて詰め寄っている。
「それでツカイモンさん、どうしてここに?」
「ホメオスタシスの使いとして、みなさんを探していました」
ツカイモンが続けた言葉に、園は間抜けな声を上げた。
「ホメオスタシス?!」
太陽と陸が、揃えて声を上げる。デジモンたちは益々目を輝かせてツカイモンを見つめた。
「はい。ゲンナイさまもホメオスタシスも、現在は自由に行動できる状態ではありません。ですから私めが、みなさまを先導する役目を仰せつかったのです」
ほたるは顎に手をやって、眉間に皺を刻んだ。
「ゲンナイさんや、ホメオスタシスまで行動を制限されているだなんて……事態は予想以上に深刻みたいですね」
「それに、今私たちも困ってるのよ」
「と、言うと?」
「ちょっとトラブルがあって、はぐれちゃった仲間がいるんだ」
ノゾムの言葉に、ツカイモンはそっと辺りに視線をやった。ここにいる子どもとデジモンの数を目算し、僅かに眉を顰める。
「……まだいるのか」
「え?」
「いえ。しかし、困りましたね」
頼まれたのは、子どもたち全員を連れてくること。何処にいるか分からない残りを捜すのは、少し難しい。
黙り込んでしまうツカイモンに、ノゾムは、はじまりの街へ向かっていたのだと伝えた。ツカイモンは成程と頷く。
「私がみなさまをお連れするよう言われたのも、はじまりの街です」
「あら、何てラッキー」
「だったら、まず俺たちだけでそこに行って、ゲンナイさんに事情を話してから、隆志さんたちを捜したら?」
陸の案に、園たちは賛同して頷いた。
その様子を見つめながら、ツカイモンはそっと目を細めた。
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