3−1
タタタタ――軽い足音が連続して反響していく。その足音の主は急く心に追いつかない足のせいで幾度か転びかけながら、長く続く螺旋階段を駆け下りていった。
「あ、っと! おわわわ、」
間の抜けた声に、既に螺旋階段の梺で集まって顔を見合わせていた面々は交わす言葉を止めて顔を上げた。
「大輔くん」
「それで、状況は?」
ようやっと姿を見せた大輔が近くにいたタケルに問うと、彼は眉根を下げて首を横に振った。大輔は舌を打ち、ガシガシと頭を掻き毟る。
「隆志……」
息子の名を呟き苦く顔を顰める大輔から目を逸らし、タケルはそれで、と光子郎へ話を促した。光子郎は頷き、揃った嘗ての『選ばれし子どもたち』を見回した。
「既にお話した通り……ゲートが、閉じました」
グ、と光子郎は脇に垂らした手を握りしめた。
同時に、デジタルワールドにいた筈の太一とアグモンが弾き出され、現実世界へ強制送還。その際に頭部を強打したため、現在は検査入院中。子どもたちとは、連絡がとれていない。
顰められた眉と、悔しげに歪んだ口元。彼のそんな表情に堪らず目を伏せ、京は胸元で指を絡めた。そんな彼女の肩を、傍らに立っていた賢はそっと引き寄せる。
「……解決策は、あるんですか?」
賢の言葉に、光子郎は目を閉じてゆっくりと首を横に振った。
「原因すら、掴めない状況です」
「そんな……」
ヒカリは小さく呟いて口を手で覆う。伴侶の肩を支え、タケルも顔を伏せた。
「デジタルワールドの異変……選ばれし子どもたちが現れた、ということなのかな」
「もしそうだとしたら」
タケルの言葉に、伊織はグッと拳を握りしめる。デジタルワールドへ行けない自分たちは、可能性のある彼らを信じて託すことしかできない。
「……分かっていても、不安なものですね……」
きっと、あのときの父や母もこんな気持ちだったのだろう。締め付けられる感覚に思わず胸を掴み、伊織はクッと顔を顰めた。


【3#森にて、使者との邂逅】


「さて、と。これからどうしようかしら」
焚火で乾かした上着に袖を通し、園は吐息交じりにそう呟いた。まだしっとりとする髪を指で梳いて、ほたるもそれに相槌を打つ。
「晄さんたちと話していた通り、はじまりの街へ向かうのはどうでしょうか」
「はじまりの街?」
近くで着替えをしていた悟が首を傾げた。ほたるはタブレットを開いて、デジタルワールドの地図を開いた。
「位置情報は掴めませんが、現在の大まかな場所は分かります」
座るほたるの肩越しに、太陽たちは画面を覗き込む。
「現在はここ……この世界が地図と同じ地形であると仮定して計算すると……私たち子どもの足でも、二三日あれば着けそうです」
「それは良かった」
心からそう呟き、園はホッと息を吐く。
こちらには姉兄とはぐれた陸とノゾムがいる。それだけでなく、他の子どもたちのためにも、早く合流したいものだ。園は苦く笑って、帽子に手をやった。
「……これから、どうなるんだろう」
「太陽?」
ふと悟の耳に、陸の声が届いた。何とはなしに視線をそちらへやると、少し俯いた太陽と彼を気遣うようなコロモン、そして二人を見つめる陸とツノモンの姿が目に入る。太陽の横顔は心なしか沈んだ色を見せていた。
「……父ちゃん、大丈夫かな」
自分たちを送り出した後、光子郎からの依頼でデジタルワールドの散策をすると言っていた父。同じように落下へ巻き込まれているのなら、太陽たちを捜しているかもしれない。『勇気』の紋章保持者で、究極体まで進化できるパートナーデジモンを連れた父だ。そう易々と危険な目に合うとは思えないが。
耳の奥で雨音が響いた気がして、太陽は思わず耳の裏を擦った。
「大丈夫だ」
太陽の頭を、陸の拳が小突く。思わずと言った風に目を瞬かせ、太陽は陸を見やった。太陽と目を合わせた陸は、拳を掲げた状態のままじっと彼を見つめる。
「大丈夫だ、俺たちも太一さんも。絶対現実世界へ帰るぞ」
「……うん、そうだな」
ふ、と口元を綻ばせ、太陽は作った拳を陸のそれとぶつけた。
スゴイな、と。悟は素直にそう思った。落ち込みかける太陽に、自分は何と声をかけられただろう。
このままではダメだとは、分かっている。幾ら年上と言っても、園とほたるは少女だ。そして、まだ二年生の太陽と陸。彼らを守るとしたら、それは悟とノゾムだろう。
悟は、そっと横目でノゾムを見やった。パタモンを膝に乗せたままぼんやりと空を見つめる彼の兄も、流されてしまったのだ。まさか生死に関わるような状況であるとは思えないが――思いたくもないが――、心中不安で堪らない筈だ。
(だから、僕がしっかりしないと……)
「サトル?」
悟はそこでハッと我に返り、膝の上で自分を不思議そうに見上げるミノモンの視線に気が付いた。
「……何でもないよ」
ミノモンの頭をそっと撫で、悟は誤魔化すように言う。彼の手が心地良いのか、ミノモンは少し目を細めた。
「何を考えているのかわからないけど、サトルはやさしすぎるよ」
「え……?」
「すこしは、ボクのこともたよってねってこと」
困惑する悟を見て、ミノモンはニッコリと笑った。まるで、別に意味を全て理解しなくとも良いと言いたげに。追求しようとした悟は、しかし園がもう出発すると声をかけてきたので、渋々その口を閉じた。



その音に気が付いたのは、森の中を歩く道中だ。先頭は本人の希望により悟、次にノゾム、ほたる、太陽、陸と続き、園は最後尾を歩いていた。
肩に力を入れ過ぎて少々不格好な歩き方になっている弟のことが気にはかかるが、まあいざとなればパートナーであるミノモンが何とかしてくれるだろう。そんな呑気なことを考えながら、ふと見上げた樹。
目が、合った。
「え」
樹の幹の、模様かと思った。しかしニタリと笑う口のように動いてしまえば、それは模様ではなく顔と分かる。
「ジュレイモン、ですね」
隣を歩いていたホークモンも足を止め、園と一緒にそれを見上げる。ニッコリとジュレイモンの笑顔に応えるように、園とホークモンは笑顔を作った。
ニタァと洞のような口が動く。その背後で、まるでコピーペーストしたように同じ顔の樹がズラリと並んだ。
ヒクリ、と園とホークモンの口元が引きつる。
ケタケタと笑い声を立てながら、樹々はその根を足のように持ち上げ、彼女たちへ向かって動き出した。
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