2−2
太陽の光を受けて輝く浜辺に、それより煌めきを放つ鱗粉が零れ落ちる。振り撒くのは薄緑を帯びた二対の翅で、それを背に負った少女は吐息を漏らして流木から垂らした足を組んだ。
背中の翅と掌ほどの全長から、彼女が人間ではなくデジモンであろうと隆志たちは察した。
妖精型デジモン――仁がティンカーモンであると耳打ちした――の目前には、三体二種のデジモンがいる。身体を砂まみれにして倒れ伏す獣型デジモンと、その傍らに立って鋭い爪を見せびらかす耳の長い獣型デジモン――こちらはガジモンだと晄が言った――だ。どうやら前者を後者がいたぶり、ティンカーモンがそれを監視しているらしい。
「さっさと諦めなさいよ」
ティンカーモンは少々飽きてきた、と言った風な声色だ。そんな彼女を、短い手足で少し上体を起こした獣型デジモンが睨みつける。
「誰が……!」
モフモフとした毛並は血と砂で薄汚れている。その痛ましさに、佳織は思わず息を飲んだ。酷い、と晄も小さく呟く。デジモン専門の医者である父を持つ仁は、盛大に顔を顰め、拳を強く握りしめた。
「――手前ら、何してやがる!」
その時、鋭い声が辺りに響いた。
リラと佳織は呆気にとられ、岩陰から飛び出した背を見つめる。仁はすぐに青ざめ、ミズホは「あの馬鹿……!」と悪態吐き、晄は彼らしいとこっそり笑ってしまう。
飛び出した隆志は怒りに満ちた顔で、ティンカーモンたちを睨みつけていた。
ティンカーモンは眉を顰め、隆志を訝しげに見やる。
「何よ、アンタ」
「俺は本宮隆志だ」
首を傾げたティンカーモンは、しかし隆志の足元で睨みをきかせるブイモンに気づき、顔を歪めた。
「……よく分からないけど、邪魔しないでよ」
彼女がバッと腕を広げると、それを合図にガジモンが飛び上がる。鋭い爪が隆志たちへ狙いを定めたと気づき、獣型デジモンは慌てて身体を起した。
「危ない!」
「――!」
隆志の頭上に影が差す。鋭い爪を向けたガジモンと隆志の間に、ブイモンが飛び込んだ。
「ブイモンヘッド!」
ガキン、と音を立てて爪と固い頭がぶつかる。ギャアと悲鳴を上げてのけぞったのは、ガジモンの方だった。ボチャンと波打ち際に落ちた仲間を見て、別の一体も牙を剥きだす。
「パピーハウリング!」
その時、隆志の背後から響いた高音がガジモンたちを捕らえ、その動きを止めて見せた。
ハッとして振り向けば、岩から飛び出した晄とパートナーのプロットモンがこちらへ駆け寄ってくるところであった。
「大丈夫、隆志くん!?」
「まだ仲間がいたのね」
ティンカーモンは舌打ちし、更に攻めるようガジモンたちへ声を飛ばす。それに文句も言わず身体を縛る音を振り払うと、ガジモンたちは駆けだした。
隆志は立ち上がり、晄の隣に並ぶ。
「ブイモン、もうちっとだけ頑張ってくれ!」
「プロットラン、もう一度行くよ!」
「おう!」
「任せて、アキラ」
砂浜に着地したブイモンは強く頷き、プロットモンは少し前に身体を倒した。
「ブイブイパンチ!」
「パピーハウリング!」
二体の技とそれを薙ぎ払う音を聞きながら、仁たち三人は獣型デジモンの元へと近づいた。ティンカーモンに気づかれぬよう息を潜めて、傷だらけで倒れ伏すデジモンの傍らへ膝をつく。
そっとその身体を抱き上げた仁は、予想以上に深い傷に顔を歪めた。佳織も口を手で覆い、リラはそっとティンカーモンを睨む。
「酷い……」
ぐっと唇を噛みしめる彼を見上げ、ゴマモンはそっとその名を呼んだ。仁は顔を上げ、リラと佳織を見やった。
「早く手当しないと。ここから離れるよ」
「うん」
「はい」
視界の端で仁たちが動くのを確認しながら、隆志は目の前の敵へ意識を戻した。
「な、何なのよ、アンタたち!」
ティンカーモンは怯んだように顔を歪めたが、すぐにガジモンたちへ声を飛ばした。
「さっさとアイツら、何とかしなさいよ!」
ザバ、と浅瀬と砂場に頭を埋めていたガジモンたちは立ち上がる。それぞれブイモンとプロットモンへ、鋭い爪を煌かせながら飛び掛かった。しかし再び鋭い頭突きと打撃を受けてよろめいてしまう。そんな不甲斐ない姿に、ギリギリとティンカーモンは歯を鳴らした。
「全く、使えない奴ら!」
小さな手足を震わせながら顔を真っ赤にしたティンカーモンは、取り出した何かをガジモンたちへ翳した。そこから何やら黒い光が放たれ、一匹のガジモンの身体を蝕むように包んでいく。
「『選ばれし子ども』だか何だか知らないけど、私たちの邪魔をするなら、容赦しないわよ!」
強い光のせいで、ティンカーモンが持つものの正体は掴めない。しかし『よくないもの』であることだけは隆志も晄も理解した。
黒い光を受けたガジモンの姿が見る間に変化――進化したのだ。力尽きた仲間を強制進化、それを成すものが、『よいもの』である筈がない。
バサリ、と翼を広げたのは、獣竜型デジモン――ドルガモンだ。普段は知性を持ち大人しいと聞くが、強制進化とティンカーモンの持つ『よくないもの』の影響か、目に理性を感じられない。
重低音で威嚇したドルガモンは、口を大きく開いた。そこへ集まったエネルギーが、鉄球を成形しブイモンと隆志を狙って飛び出す。逃げようとした隆志たちは、衝撃波とそれによって立ち上がった波と砂に襲われた。
「隆志くん!」
晄は顔にかかる砂を、腕で防ぐ。それから、すっかり砂煙で姿を消してしまった友人の名を呼んだ。

「ブイモン、進化!」

煙を切り裂くように、光が生まれた。
「エクスブイモン!」
砂と波を打ち払ったのは、筋骨隆々な青い腕。もう片方で自分のパートナーを庇ったデジモンは、白い翼をバサリと広げた。
隆志は光るD3を握りしめ、茫然と目の前に立つ青い背中を見上げる。エクスブイモンはチラリと頼もしい笑みを隆志へ見せると、ドルガモンに鋭い視線を向けた。
ガルルと唸ったドルガモンが突進してくる。エクスブイモンは足を広げてそれを迎え、ガシリとドルガモンの口を掴んだ。それから歯を食いしばりながら腕に力をこめ、ブン、とドルガモンを投げ飛ばした。
「え」
ティンカーモンの頬がヒクリと引きつる。その上に、黒い影が差した。ドルガモンと、プロットモンの音波攻撃で飛ばされたガジモンである。慌てて翅を羽ばたかせるが少し遅い。
グッと胸を反らしたエクスブイモンが、息を吸い込む。
「え、ちょ、嘘でしょ」
「エクスレイザー!」
胸元から放たれた光線が、ドルガモンたちとその後ろにいたティンカーモンを襲った。
「い、やああああ――!!」
あっという間に巻き込まれ、ティンカーモンたちは遥か天空へ飛んで行ってしまった。
キラリと光る真昼の星を見上げ、ほー、とリラは感心のような吐息を溢す。
「たーまーやー」
「何を呑気な……」
「たーまーやー!」
「たまやって?」
リラの呑気な感想に、佳織は呆れて溜息を吐いた。二人の足元で、タネモンはリラを真似して飛び跳ね、ウパモンは言葉の意味が分からずコテンと首を傾げる。仁はため息を吐いた。
「さっすが、エクスブイモン!」
「タカシ!」
パシリ、とエクスブイモンと隆志はハイタッチ。その様子を見て、晄はフッと口元を緩めた。

「彼らは……」
霞む視界を、それでも必死に開いて目の前で繰り広げられる光景を見つめる。
あの光とあの力。きっと彼らなら、助け出してくれる筈だ。
(『選ばれし』……『子どもたち』……)
そこで力尽き、スパーダモンと名を持つデジモンは仁の腕の中で意識を失った。
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