2−1
「うわああああああ!!」
浮遊し、落下する身体。迫る水面。
これから起こるだろう衝撃を想像して、太陽はコロモンを抱きしめると強く目を閉じた。
「トコモン進化――パタモン!」
「ポロモン進化――ホークモン!」
力強い声と、ポンと弾けるような音が二つ続く。
それから、ガシッと足首を掴まれた。すると落下は止まり、太陽の身体は空中で左右に揺れる。
「間に合った……」
ふぅ、と息を吐いたのは、テントモンに抱えられながら太陽の足首を掴んだほたるだ。
太陽が恐る恐る開いた視線を左右に走らせると、ホークモンに捕まった園とパタモンに捕まったノゾムが、ツノモンとミノモンを抱えた陸と悟の手を引いて、同じように宙に浮いているのが見えた。
他は間に合わなかったらしく、姿は見当たらない。轟々と流れる川に視線をやってしまい、太陽はコクリと唾を飲みこんだ。
「の、ノジョム……」
「そ、園さんそろそろ……」
「限界です、ほたるはん……」
情けない声に準じて、少しずつ高度が落ちていく。
ノゾムたちは慌てて手足をばたつかせるが、それが効くわけもなく、六人と六匹はあっさり川へと落下した。岸に近い場所であったのが、不幸中の幸いであるか。濁流音だけが聴こえる中、岸辺の土を掴む手が五つ、川から伸び出た。
「ぷは!」
「し、死ぬかと、思った」
よじ登るように這い上がり、太陽は四つん這いになって飲みこんだ水を吐き出した。そんな彼の横で、ヘタリと座り込んだ陸は、力なく呟く。自分よりもパソコンを入れた鞄を庇ったらしいほたるは、水が中まで染み込んでいないか丹念に調べている。カナヅチな悟は気絶し、そんな彼を引っ張り上げるために体力を更に消費したノゾムは地面に手をついて大きく息を吐く。
そんな彼らの様子を眺めながら肌に張りつく髪をかき上げた園は、小さく吐息を溢した。
「さて、どうしようかな」


【2#渚にて、騎士との遭遇】


パチリと目を開くと、視界一杯に広がる薄雲のかかる空。そして、鼻につく潮の匂い。
「ここ、は……」
「気が付いたかい?」
手に触れるサラサラとした感覚の砂を呆然と眺めていると、仁とゴマモンが顔を覗きこんできた。安堵したように吐息を溢す彼の顔を見つめていると、唐突に記憶が呼び起されてくる。隆志は慌てて身体を起した。突然の行動に驚き、仁は大きく身を引いた。
当たりを見回すと、そこはどこかの浜辺のようで、仁と隆志の他に、晄、ミズホ、佳織、リラの四人が確認できた。ここにいない太陽たち六人の姿が見当たらず、そんな隆志に晄が、彼らとは逸れてしまったらしいと告げた。
「流されて河口にまで出ちゃったみたいなんだ」
「オレっちのマーチングフィッシィーズで、何とか近くにいた奴は集めたんだけど」
残りは無理だったと、ゴマモンは申し訳なさそうに項垂れた。その頭を撫で、仁は座り込む晄たちを見回した。
「全員――と言っても六人だけど――無事かい? 怪我は?」
「……大丈夫、みたいですよ」
そう答えたのは晄だ。彼は気遣うように擦り寄ってくるプロットモンに笑いかけて、よいしょ、と立ち上がった。それから辺りを見回して、肩を落とすように息を吐く。
「結構、流されちゃったね」
「ごめんなさい、アキラ。私が、翼を持つ姿に進化できていれば」
自分も、晄の母のパートナーデジモンのような完全体に進化できれば、彼を川で泳がせることもなかったのに。プロットモンは口惜しさに歯噛みした。そんなパートナーの心情を察しない晄ではない。彼は生真面目なプロットモンに内心苦笑しながら、その頭をそっと撫でた。
途方にくれたりパートナーデジモンと一緒に砂を弄ったりする子どもたちを見回し、仁はふむと顎に手をやった。
現在ここにいるのは本宮隆志、高石晄、石田ミズホ、火田佳織、太刀川リラの四人。彼らの持物は昨晩調べたとき確か、板チョコ――チビモンのおやつ用で、残っているのは半分ほどだ――、ホイッスルと年代物のブルースハープ――双方、それぞれの親からプレゼントとして譲り受けた物らしい――、医療セット――これは仁の物で肩から下げた大きなバッグに詰め込まれている――、裁縫道具とサバイバルナイフであったか。
このメンバーにはサバイバル知識が豊富な人間はいない。これは中々、昨日以上に厳しい状況に陥りそうである。
「たかしー?」
ふとチビモンの間延びした声が聴こえた。仁がそちらへ視線をやると、ムッとしたように唇を引き結んだ隆志が立ち上がったまま睨むように空を見つめていた。
「どったのー?」
ぴょこぴょこと足元を飛び跳ねるチビモンを無視し、隆志はキッと緑の大地を見上げた。
「――捜そう」
「え?」
隆志の言葉に、佳織は思わず声を漏らす。隆志は彼女たちの方を振り向き、大きく腕を広げた。
「捜すんだよ、アイツラを」
唐突な、しかしどこかで予想していた言葉に、仁は目を瞬かせた後、肩を揺らして息を吐いた。
「どこにいるかも解らないのに? 危険だ。余計迷ったらどうする」
「そ、そうですよね……」
「私は賛成よ」
仁の言葉におずおずと頷いた佳織を遮りつつ、ミズホは立ちあがった。
「こんなところでウダウダしてる暇があったら、早く陸を捜さないと」
「でもどうやって?」
タネモンの額を指で弾きながら、リラは呟くように言った。しかし鋭くミズホに睨まれ、肩を竦めて砂浜に顔を突っ込んだタネモンを持ち上げる。そうだな、と呟いたのは晄だった。
「はじまりの街に行こう」
「はじまりのまち?」
「ほたるちゃんの話だと、SD2の地図データとそう地形は変わらないらしいんだ。だから、この地図がはじまりの街を示す地点へ、取敢えず行こうって高学年で話してたんだけど」
チラリと晄はミズホと隆志を見やる。二人はそう言えばそうだったといった顔で頷いている。佳織とリラは少し顔を見合わせ、仁たちの決定に従うと答えた。
「じゃあ、早速、」
――ぐぐうぅぅ〜。
と、空気の詰まった袋を押し潰したような重い音が響いた。
ふと、その場にいた全員の視線が、佳織の膝に乗るウパモンへ集まる。
「……おなか、すいた」
先ほどの音が空腹を報せるもので、それが紛れもなく己のパートナーデジモンから発せられたのだと察した佳織は、見る間に顔を赤くした。
身体に入った力が抜けるのを感じ、仁は吐息を溢すと苦笑した。
「まずは、軽く腹ごしらえしようか」



腹ごしらえ、と言っても、特に大したものは持ち合わせていなかったので腹はあまり膨れなかった。パサパサとした栄養食の食感が抜けきらなくて、隆志はモゴモゴと舌で口内を何度も摩った。
あれから仁の持つ医療セットの中にあった栄養食を腹に収めた彼らは、取敢えず、と浜から森へ上る道を捜すため、海岸沿いに歩いていた。
浜辺の砂は、きめ細かい。そのため、普通の道より歩くのにより体力を要する。常日頃から遊び回るタイプではない佳織の息は既に乱れ、少しずつ仲間たちとの距離が開き始めていた。抱きかかえられているウパモンはそんなパートナーの様子に気づき、心配そうな視線をやった。佳織は足を止め、フウと息を吐いた。手の甲で口元に浮かぶ汗を拭うと、前を行く四つの背中を見つめた。
(随分、間が開いてしまった……)
「…かおり、つかれただか?」
「大丈夫、です」
「無理しないでね」
予想外な方向から予想していなかった声が聞こえ、佳織は慌てて顔を上げた。心配するような顔で目線を合わせるように腰を屈めてくるのは、先だって歩く隆志を諌めんとその隣を歩いていた筈の仁だ。いつもより近い異性の顔に、カッと顔に朱を注して佳織はウパモンを取り落した。
「じ、仁さん……!」
「顔赤いよ、熱中症になったら大変だ」
仁は慌ててバッグを漁り、ハイ、と佳織へ目当ての物を差し出した。グレーのペットボトルカバーに入ったそれは、よく冷えた飲料入りのペットボトルだ。伸長調節可能なベルトを動かして、仁はそれを佳織の首に下げてやった。
「経口飲料水。水分補給用の水だよ。細目に飲んでね」
「え、でも、私なんかが持っていて良いんですか?」
「うん。元々、みんなの熱中症対策に持ってきた物だしね」
気にしないよう言って、仁はニッコリと微笑む。それに思わず紅潮した頬を悟られないよう慌てて顔を伏せ、佳織は強くペットボトルを握りしめた。
「……ありがとうございます」
そんなやりとりの傍ら、肝心なところで鈍いパートナーに呆れてゴマモンは肩を竦め、構ってもらえないウパモンは不服そうに顔を顰めるのだった。
「あれ、何だろう」
誰もがいつまでも続く浜辺に飽き飽きし始めた頃、足を止めたリラがそう言ってある方向を指さした。隆志たちも足を止め、彼の指の示す先へ視線を向ける。
「あれは……」
前方で弾けるあれは、火花のように見えた。
隆志たちは顔を見合わせ、一斉に駆けだした。
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