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デジタルワールドの存在が広く認知され、人類の誰もがパートナーデジモンを持つようになった時代。ここに今、新たなる冒険が幕開けんとしていた。


【1#オープニング・バタフライ】


コンコンと二回ノックの後、少年は扉を開いた。書斎では父が、ホログラムウインドウに向かって原稿の見直しをしている。少年に、仕事の邪魔をするつもりはなかった。しかし約束の時間も迫っていたので、少年――高石ノゾムは父へ声をかけた。
「父さん、もう時間だよ」
一声かけると、父はすぐこちらに気が付いた。ホログラムウインドウを閉じて、「今行くよ」と腰を上げる。ノゾムは父が歩き出すのを見て、扉から離れた。
玄関では既にパートナーが、楽しみで待ちきれないと身体を揺らしている。ノゾムがその隣で靴を履いていると、父が姿の見当たらない他の家族を探した。ノゾムは、もう先に行ってしまったと教えた。
父は「しまった」と言う風に顔を顰める。ノゾムが急かすと慌てて靴を履いた。
「さあ、行こうか」
「うん!」
漸く準備の整った父に扉を開かれ、ノゾムは外へ飛び出した。
父を待っていたために出遅れたが、ノゾムも駆け出したいほど、この日を待ち望んでいたのだ。



デジ文字が筒のように浮かぶゲートを通ると、そこへはすぐに辿り着いた。
既に集まっていたメンバーの中で、最初にノゾムたちに気が付いたのは、青いバンダナを首から下げた少年だった。
「あ、タケルさんたち来たよ!」
小さい身体で大きく手を振るのは、八神太陽。足元のコロモンはパートナーで、他のコロモンに比べると少々大きめの個体だ。そのため、最近はダイエットをしていると聞いた。
「遅くなってごめんね」
「ううん、大丈夫だよ」
「まだ一人来てないから」
駆け寄ったノゾムにそう言葉を返したのは、石田陸。母から貰ったという青い帽子は、彼の足元に落ちている。恥ずかしがりやのツノモンが、中に隠れているのだ。帽子の隙間からチラリとノゾムのトコモンを見上げて、ツノモンはすぐに身体を引っ込めた。
「全く、あれだけえばってた本人が遅れるなんてね」
口を挟んだのは姉の石田ミズホだ。彼女は頬を膨らめて、胸にすり寄るピョコモンを優しく撫でている。
「確かに、あまり集合時間に遅れると、団体行動が乱れるなぁ」
腕時計をチラチラと確認しながら、城戸仁も同意する。彼の肩に乗っていたプカモンは、気にしすぎだとカラカラ笑った。
「いつものことじゃん?」
太刀川リラは、首にかかったトレッキング帽子の紐を弄る。足元のタネモンは、楽しそうに飛び跳ねていた。
「まあ、彼らしいですけど」
「あはは、そうだね」
タブレットを背負った泉ほたるの言葉に、高石晄は苦笑しつつ同意する。モチモンとプロットモンはやれやれと言った風に吐息を溢した。
「ちょっと姉さん」
「ほらほら、こっち」
少し離れたところにいた一乗寺悟。彼の腕を引いて、一乗寺園は集まる子どもたちの輪に加わる。ぴょこぴょこその後をついていくミノモンとポロモン。それを見て、ウパモンがそちらへ行こうと飛び上がった。
「分かりましたから」
腕から飛び出したウパモンを追って、火田佳織は駆け出す。
十一人の子どもたちが集まった。しかし、これで全員ではない。最後の一人は、その少し後に現れた。
「わりいわりい、遅くなった」
カラカラと笑う父に腕を回されているのは、本宮隆志。彼の姿を見て、子どもたちはホッとしたような表情だ。
「悪い、父ちゃんの支度に時間がかかって」
「たかしもちょっとねぼうしただろ」
余計なことを言うな、と隆志は頭に乗るチビモンの口を抑える。そんなことだろうと思った、とミズホは吐息を、晄や悟は苦笑を溢した。
「おーい、そろそろ時間だぞ」
ざわざわと騒いでいた子どもたちは、その声に促されそれぞれの親の元へ駆け寄った。
「楽しそうだね」
「うん」
八神太陽、お台場小学校二年生。緊張しているのか、少し固い笑顔で頷く。
「泣くんじゃないぞ」
「がんばる」
石田陸、お台場小学校二年生。涙脆さをからかうように父へ指摘され、つい唇が尖った。
「任せてよ!」
「すっかりお姉さんね」
石田ミズホ、お台場小学校五年生。ふふん、と胸を張った様子を、ピヨモンは微笑ましく見守る。
「気を付けろよ」
「大丈夫だよな」
城戸仁、お台場小学校六年生。力が入って固くなった肩を、ゴマモンが鰭で叩いた。
「とにかく楽しんでらっしゃい」
「うん!」
太刀川リラ、お台場小学校三年生。まるで鼻歌でも口ずさむように、楽しそうな様子だ。
「教本を忘れずにね」
「分かってますって」
泉ほたる、お台場小学校五年生。冷静に言葉を返しているが、少し浮足立った様子。
「頑張ってね」
「うん」
高石晄、お台場小学校五年生。お気に入りのホイッスルを握り、力強く頷いた。
「何があっても落ち着いて、パニくらないのよ」
「いつもパニックになってるのは、ママでしょ?」
「あはは」
一乗寺園、お台場小学校六年生。一乗寺悟、お台場小学校四年生。思わず口を滑らせた悟は、母に額を小突かれる。園と父がクスクス笑うと、末子の真もつられて微笑んだ。
「お父さん、気を付けて行ってきます」
火田佳織、お台場小学校三年生。そう言って、ペコリと父へ頭を下げる。
「何があっても頑張るんだ、男なんだから」
「そうだ、とにかく勢いだぞ」
「うん、分かった!」
本宮隆志、お台場小学校五年生。父とそのパートナーの言葉に強く頷いた。
それから振り返って仲間たちの顔を見回す。
「行くぞ、みんな!」
子どもたちは口々に「ああ」や「うん」と言葉を返した。一番に駆け出したのは隆志だ。その後を追って、晄やミズホ、太陽たちも走り出す。
未来の可能性に満ちた子どもたちの背を見送り、大人たちはその眩しさに目を細めた。
二〇二七年八月一日。この日、新たな冒険の幕が上がったのだ。

「さて、じゃあ、俺はこれで」
「あれ、太一さん、仕事っすか?」
子どもたちの背中が見えなくなってから、太一はクルリと踵を返した。驚いた大輔が呼び止めると、太一は足を止めた。
「ちょっとな。最近、気になることがあってさ」
「忙しいらしいな。調査員みたいじゃないか」
本業は外交官のくせに、とヤマトはからかう。太一は口元を引きつらせ、光子郎の首へ腕を回した。部外者の顔をしていた彼は、ぐえ、と喉を引きつらせる。
「コイツが俺を指名してくるから、俺はあちこち歩き回るはめになってんの」
「た、太一さんに依頼した方が確実じゃないですか!」
太一の腕をふりほどき、光子郎は言い訳を並べた。
「でも、お兄ちゃんも光子郎さんも、もう少し家に帰った方が良いわよ」
子どもたちが寂しそうにしていた、と証言したのはヒカリだ。それには二人だけでなく、丈まで「う」と言葉を詰まらせる。
「よく言うてくれました。ここんとこ、ワテがゲートを通じて帰宅して、家のことやっとりますねん」
「あれ、ボクもいるよ?」
「家事やってるのはワテだけでっせ。アグモンは二人をお風呂に入れて寝かしつけてるだけ」
ネクタイを弄りながら口を挟んだアグモンは、テントモンに素気無く切り捨てられた。まるでテントモンが母でアグモンが父のようだ、とタケルは零れそうになる笑みを飲み込む。
「ジョーも似た感じだね。だから奥さんにどやされるんだよ」
「言わないでくれよ、ゴマモン……」
ケラケラと笑うゴマモン。家庭の様子を思い出したのか、丈はゲンナリと肩を落とす。
「伊織も予備軍だぎゃ」
「賢ちゃんもね」
「そーそー、もう家のことはワームモンとホークモンの手を借りなきゃいっぱいいっぱいよ」
「すみません……」
末子を抱きながら唇を尖らせる京に、賢はそう返すしかない。伊織は少しムッと眉間に皺を寄せ、「僕はできるだけ定時退社しています」と反論した。
「私は仕事の方が都合つけてくれるから、まだ良いかな。空さんのところは?」
「うちは……」
ミミに話を振られた空は、少し言葉を濁して視線を動かす。
「……ヤマトくんは、毎日電話くれるし……」
「さっすが愛妻家!」
ミミと京は黄色い声を上げて囃し立てた。ヒカリも微笑みながら、「そう言えば」と口を挟む。
「保護者の方も話してましたよ。今をときめくファッションデザイナーとイケメン宇宙飛行士のおしどり夫婦って」
「もう、恥ずかしいわね」
話に花を咲かせる女性陣に、男性陣は苦笑を溢した。彼女たちをそのままにして、そろそろとゲートへ向かう。
「相変わらずだなー」
「ですね」
先輩たちの後に続いた大輔は、少し足を止めて女性陣を一瞥する。いつの間にか、話題はまた伴侶への愚痴に変わっていた。
ポケットに手を突っ込み、大輔は大きく息を吐く。
「……俺も嫁さんほしいなー」
微風に吹き飛ばされるほど小さな呟きは、隣を歩くブイモンにしか聞こえなかった。
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