一日目〜opening1〜
人が多い。イッシュの都会でも、これほど人が集まることは珍しいだろう。
シューティーは熱気で浮かぶ汗を拭う。各地方のポケモンと触れ合えるブースやバトル、コンテストの開催。中々豪華なイベントだ。シューティーの最大の目的はバトル部門への参加だが、合間に観光するもの良さそうだ。
さて、その前にシューティーは必ず見ておきたいものがあった。フェスタの開会式である。
開幕式では、来賓として招待された各地方の有力トレーナーがステージに立つと聞く。強いポケモントレーナーを目指す者として、彼らの顔をしっかり見ておきたかったのだ。
人波に揉まれながらも、何とかステージが見える場所に辿り着く。様々な場所に取り付けられた映像画面から、開会式やバトルトーナメント、コンテストの様子は生中継されるようだが、生に勝る迫力はない。
それは大勢のトレーナーが考えることらしく、席は人であふれかえっていた。シューティーは通路で立ち見をすることにした。
「人が多いなぁ……・っわ!」
「!」
と、横から人に押し出されたらしい少年がぶつかってきた。これだけ人がいるのだから、お互い気を付けるべきだと思いながら、シューティーは思わず眉を寄せる。
「ご、ごめんなさい!」
「いえ……ですが、この人ごみ、あまり大きく動くと危な、」
「あれ、シューティー?」
シューティーは言葉を止める。そっぽを向いたまま喋っていた彼は、サッとそちらへ首を回した。
そこにいたのは、嘗て旅で出会い、競い合ったトレーナー・サトシだったのだ。
サトシは顔を輝かせ、久方ぶりの再会を嬉しそうにシューティーの肩を叩く。
「何だ、お前も来てたのか!」
「ええまぁ……」
「バトルトーナメントに参加するのか? 俺も参加するから、当たるといいな」
「フン。リベンジマッチか。望むところだ」
皮肉気味に言ってやるが、サトシは楽しそうな笑みを崩さない。
「実は今日、幼馴染と一緒に来ててさ、家族もステージに――」
サトシの声は、周りの歓声にかき消された。開幕式が始まったのだ。

「お、間に合った」
「ブ、ブラック早い……」
キョウヘイは息を切らし、膝に手を当てる。ブラックはピンと伸ばした背筋で、ステージ前に集まる群衆を見回している。
「幾らメイさんたちに、開幕式は見ても良いって言われたからって、わざわざここに来なくても……」
ボランティアを行うイッシュブース近くにも生中継用の映像機器は置いてあったから、それで十分ではないか、とキョウヘイは言う。
「強いトレーナーたちの顔は、実際見た方が良いだろ!」
「はは……ブラックらしいな」
キョウヘイはクスリと笑う。チェレンからバトルトーナメントの話を持ち掛けられてから少し暗い表情だったから、ブラックも気にしていた。
彼のバトルに対する感情はブラックには分からないが、少しでも彼の気分が紛れることがあれば良い。
わ、と前方から歓声が聞こえた。どうやら、開幕式が始まったらしい。
ステージへ目をやったブラックは、思わずその目を丸くした。見知った顔の少女が、ステージに現れたからだ。
「あれは……」
「あれ、ブラックくん?」
驚きも束の間、声を掛けられた方へ振り返ると、そこにいたのはホワイト。
「社長、どうしてここに?」
「勿論フェスタに参加するためだけど……ブラックくんはボランティア活動中なんじゃないの?」
「今は休憩時間だよ」
何故ボランティア活動のことを知っているのかと訊ねると、ホワイトはベルから聞いたのだと答えた。
「あ、こちらは……」
「あ、キョウヘイです。ブラックのクラスメイトで」
緊張したように、キョウヘイは頭を下げる。ホワイトはキョトンとした後、ブラックの耳に囁いた。
「『彼』じゃないの?」
「みたいだ。関係性があるのかは、俺も知らない」
ふーんと頷いて、ホワイトはキョウヘイに笑顔を向けた。
「よろしく。ホワイトです」
キョウヘイと握手を交わしたホワイトは、「そう言えば」とブラックへ向き直った。
「トウヤくんとトウコちゃんに会った?」
「え、社長知り合い?」
「ポケウッドでちょっとね」
誰の事だとキョウヘイが訊ねるので、親戚だとブラックは返した。それから頬を掻いて、ステージを指さす。
「会ったもなにも……」
キョウヘイとホワイトは彼の指さすステージを見やった。ホワイトは「ああ」と得心したように呟く。
「何か、予定していた司会者さんが来られなくなったって言ってかな」
そんなことを聞くほど親しい仲だったのか――親戚と知人が知らぬうちに深い繋がりを得ていたことに、ブラックは一抹の寂しさを感じたのだった。

「レディースアンドジェントルメーン!」
舞台上で小型拡声機器(インカム)をつけ、筋骨隆々なナゲキの腕に腰を下ろすのは、イッシュでも著名な女優トウコだ。
(全く、なんでこんなことに……)
司会を担当する筈だったイッシュのアナウンサーが、体調不良で出演できなくなった。代わりに白羽の矢が立ったのが、トウコだったのだ。報酬は弾むと言われたので、悪い話ではなかったのだが。
トウコはにこやかな笑みを浮かべ、大きく腕を広げる。
「いよいよ始まります、ポケモンフェスタ! 総合司会は私、トウコが代理で務めます。五日間、よろしくお願いします」
トウコが礼をすると、歓声と拍手が沸いた。
「ポケモンフェスタは全五日間。ここ中央ステージでは、隔日でバトルトーナメントとコンテストが行われます」
島には各地方特有のポケモンと触れ合えたり名産品を食べられる屋台があったり、トレーナー以外も楽しめるコーナーが設置されている。一通りフェスタのルールを説明したところで、トウコは息を整えた。
「それではここで、来賓の方々を紹介しましょう」
トウコの声を合図に、選手入場口に数人の人影が現れる。彼らは一斉にボールを投げた。
軽やかな音を立てて、ポケモンとトレーナーがステージに登場する。

「あ、エックス、カルムさんが出てきたよ」
ホテルの一室でテレビにり付いていたワイは、慌ててベッドの上の山を叩く。もそりもそりと動いて、布団からエックスが顔を出す。
「わー、他の地方のチャンピオンのポケモンたちも強そう」
「……」
色めき立つワイの隣で、エックスはじっと兄の写るテレビ画面を見つめていた。

バンギラスを連れたジョウトチャンピオン・コトネ。メタグロスの上に乗って中央までやってきたホウエンチャンピオン・ダイゴ。アクセサリーで着飾ったグレイシアとリーフィアに先導されるシンオウチャンピオン・コウキ。エスコートよろしくマフォクシーの手を引くカロスチャンピオン・カルム。そして――
「んん??」
ブラックは目を丸くし、身を乗り出した。カルムの後から登場した、ダゲキを連れている少年。彼はブラックも良く知る顔をしていた。
「トウヤ?」
わ――と歓声が上がる。ダゲキはトウコを下ろしたナゲキと、拳を突き合わせた。さらにトウコが「私の双子の弟です」と紹介したことで確定した。
「へー、すごい双子だな。……ブラック?」
コテンと首を傾げるキョウヘイの隣で、事前に聞いてはいたが予想以上の反応だとホワイトは苦く笑うしかない。
ブラックの衝撃は凄まじいものだった。幼い頃、それこそ姉トウコや親戚のブラックに振り回されるような、泣き虫少年だったトウヤ。親から不審者対策にと渡されたダゲキの影に隠れてばかりいた、怖がりトウヤ。その彼が、イッシュチャンピオンとしてステージに立っている。
最後に会ってから何年も経っているので、成長したのだと言えばそれまで。それでも、こんな姿を見ることになるとは、ブラックも想像していなかった。
「トウヤ……」
グッとブラックは拳を握る。超えるべきライバルがまた一人増えた。その事実はブラックの頭を強く叩いたが、それ以上に彼の胸を熱く滾らせたのだった。
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