プロローグ〜first day〜
ポケモンフェスタ初日。数隻の客船が港に並び、そこから何百人もの人々が降りて来る。その波に揉まれながら、ホワイトは同行者と離れないよう注意深く進んでいた。しかし足並の違う人の中、足をとられた彼女はバランスを崩して転倒しそうになる。
がし、と倒れそうになるホワイトの腕を誰かが掴んで抱き留めた。
ホワイトはそのまま腕を引かれて、人の波から外れた道端に避難した。
「あ、ありがとう――トウヤくん」
人の波が緩くなった中継所で、ホワイトは安堵の息を吐いて礼を言う。ホワイトの細腕からパッと手を離した少年は、少し照れたように頬を掻いた。
「大勢人がいると、危ないね。少し波が引いてから進もうか」
「そうねぇ」
トウヤと並んで立ち止まった少女が、パタパタと胸元を手で扇ぐ。彼女の名前はトウコ。トウヤの双子の姉であり、ホワイトとはポケウッドで知り合った女優仲間だ。
「ブラックくんは、ボランティア活動でもう来ている筈だね」
「何年ぶりかしらね、会うの」
「二人は、ブラックくんの親戚なんだっけ」
そうそう、とトウコはホワイトの言葉に頷く。カノコタウンにブラックが引っ越す前は、隣人関係でもあったらしい。双子がイッシュを訪れたのはブラックがライトストーンに取り込まれた後で、特にトウヤはブラックの行方を追ってがむしゃらに修行と冒険を続けていたと聞いた。それが、今日の結果に繋がった、とも。
「まだブラックくんに言ってないの?」
「言い辛くて……」
か細い声を漏らすブラック。それはまぁそうだろうなぁとホワイトも納得した。
「でも、嫌でもバレると思うわよ?」
ズバッと切り込むようなトウコの言葉に、トウヤはウッと言葉を詰まらせる。
「ま、私はポケウッドの上演に来ただけだから」
自分のことは自分で解決してくれ、とトウコは手を振った。
見た目は似ている二人だが、性格は真逆と言える。ホワイトが二人と出会ったのはブラックを待つ二年間のうちだ。親しくして暫く経つが、ホワイトはたまに二人のやり取りに圧倒されてしまう。
「と、取敢えず行こう。トウヤくんも、時間があるんでしょ?」
何とか言葉を捻り出し、ホワイトは二人の肩を叩くと少し引いた人波を指さした。

プラターヌ博士から依頼され、カロス地方のふれあいブースのスタッフとして働いていたアランは、ふと背後から視線を受けた気がして振り返った。するとニッコリとした柔らかい笑顔に視線がぶつかる。アランは思わず首を回して、視界からそれを追いやった。足早に立ち去ろうとするがそれを相手が許す筈もなく、アランの肩に優しく――しかし逃げられない圧をかけながら――手が置かれる。
「やあ、アランくん」
「……」
観念してアランは振り返った。
「……ホウエンチャンピオン、ダイゴ」
以前会ったときとは別の――しかし同じくらい上等な――スーツに身を包んだダイゴは、左胸元のメガストーンをイベント用にか小さなコサージュで飾っていた。
今回のイベントは、各地方のチャンピオンが招待されていると聞いた。ホウエン地方チャンピオンのこの男が、会場にいない筈がない。正直ここで出会いたくなかったアランが引きつった笑みを向けるも、ダイゴは少しも気にした様子を見せずニコニコと笑っている。
「ふれあいブースのスタッフかい。プラターヌ博士は?」
「……以前から予定を組んでいたプロジェクトの現地調査とかぶったんだ。三日目からは、博士もこちらに来る予定だ」
「成程」
ダイゴは頷きながら、チラリとブースの奥へ視線をやった。そちらには笑顔で来場者を案内するマノンの姿があることを、アランは知っていた。
「時にアランくん」
何やら含みを持たせた笑みで、ダイゴはアランの肩を掴む。
「君、バトルに興味はないかい?」
悪い人ではないとアランはしっかり理解しているのだが、その笑みがどうも苦手だった。

「来、来てしまった……」
緊張しながら、ファイツは島に降りた。
どこを見ても人、人、人……。小型のポケモンを抱きかかえている人もいる。肩に乗ったタマゲタケが、彼女の緊張に呆れるように吐息を漏らした。
「Nさま……何故、別行動なのですか……」
胸の前で指を絡め、ここにはいない青年へ祈る少女。足元のポカブも、どこか呆れ顔。不思議な組み合わせだなぁ、と道行く人々は彼女たちを横目に見やる。
小さく、ポカブが鳴いた。その声にハッとし、ファイツはしまっていたモンスターボールを取り出した。
島へ来る前、Nから預かったものだ。
「Nさま、不肖ファイツ。ぶぶちゃんさまたちと、必ずや目的の人物を見つけてみせます!」
ファイツの目的は、このモンスターボールの持ち主を、たくさんのトレーナーが集まるフェスタで見つけ出すこと。
不安と気合で滲む汗を手の平に握りこみ、ファイツはキッと前を見据えた。

パンパン、と頭上高くで空砲が鳴っている。それを見上げながら、サトシは興奮したまま島へ降り立った。
「ここが、ポケモンフェスタの会場か……!」
肩に乗った黄色い相棒も、「チャー」と楽しそうに自分の頬を撫でる。キラキラとした瞳で会場を見回すサトシたちの少し後ろを歩いていたシゲルは、相変わらずな幼馴染の様子に吐息を漏らした。
「はしゃぎすぎて、羽目を外さないでよ、サートシくん」
「わ、分かっているよ!」
サトシは少し悔しそうに唇を尖らせ、しかし素直に忠告を聞いてか持ち上げていた腕を下ろす。シゲルは思わず苦笑した。
「じゃあ、まずどこから行こうか」
「俺はバトルのエントリーしに行こうかな。シゲルは、仕事なんだろ?」
今回のイベントの目玉であるバトル部門の解説役は、元々オーキド博士にオファーが来ていた。しかし南の島国へ長期のフィールドワークへ出てしまっていたため、同じ学者で孫のシゲルにお鉢が回ってきたのだ。
「おじいさまの孫じゃなければ、声はかからなかったかな」
「そんなことないだろ。元トレーナーでリーグでも好成績を残したから、結果として適任だったって、兄ちゃんたちも言ってたぜ」
自嘲気に呟くシゲルの袖を引っ張り、サトシは小さく頬を膨らめる。幼馴染の気遣いが妙にくすぐったくて、シゲルは口元を歪めて彼の手を握った。
「ありがと、サトシ」
「……別に」
ぷい、と顔を逸らし、サトシは帽子のつばを引き下げる。彼の顔をバッチリのぞき込んでいたピカチュウは、微妙な顔をしてシゲルを見やった。ピカチュウの顔を見れば隠された表情も推し量れるというもの。シゲルはさらに崩れる顔を悟られないよう、空いている手でそっと隠す。
遠くで、フェスタの開始を告げるアナウンスが、高らかに空を突き上げていた。
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