プロローグ〜feat.HOUEN&SHINO〜
「ポケモンフェスタ?」
それがどうかしたのかと、ルビーは訊ね返した。
その情報は既にサファイアから受け取っており、二人で相談してそれぞれバトル部門とコンテスト部門にエントリー、空いた時間でラルドが手伝うふれあいブースを訪れようという段取りになった筈である。
サファイアは申し訳なさそうに眉を下げて、両手を合わせた。
「父ちゃんが最後の二日間だけ参加できなくなったき、代わりに手伝ってほしいんよ」
「君のお兄さんは?」
センリの弟子――そして傍から見ればルビーの兄弟子となる――オダマキ・ユウキは、現在、父であるオダマキ博士の助手の筈だ。サファイアは分からないと首を振った。
「兄ちゃん、少し前から修行するって出ていってしまったと。連絡もとれんくて、困っとるけん」
そういえば、先の騒動の後、身体が鈍っているとセンリのジムへトレーニングに来ていた。右腕の怪我が原因でトレーナーを引退し、学者の道へ進んだと思っていたが、根っからの戦闘心に火が灯ってしまったのだろう。どこかの先輩に似てストイックな兄弟子の姿を思い出し、ルビーは苦く笑った。
「OK、理解した。つまり、最終日の手伝いをすれば良いんだね」
フェスタはバトルとコンテストの大会を目玉としているが、何も双方を五日間ぶっ通しで行うわけではない。初日を覗いた奇数日にバトル、偶数日にコンテストといった具合に交互に行うのだ。これはステージにかかる費用削減、場所の節約もそうだが、両方を多くの観客やトレーナーに楽しんでもらうためである。コンテストとバトル、両方にエントリーしたい者もいるからだ。
ルビーはコンテスト部門だけにエントリー予定で、サファイアもまたバトル部門だけのエントリー。勝ち進んだことを考えて、最終日の手伝いを依頼してきたのだろう。
ルビーの言葉に、サファイアは破顔した。
「恩に着るったい、ルビー!」
彼女の笑顔に気恥ずかしさを覚えつつ、ルビーは笑顔を浮かべる。
彼はまだ、自身に降りかかる想定外の出来事をまだ知らない。

「おや」
珍しいものを見た、とヒロシは第一印象で浮かんだ感想をすぐに訂正した。彼のその姿は先の騒動の終結後にちらりと垣間見ており、言葉にするほど意外性のある物ではないと思い直したのだ。そんな相手はヒロシの姿を認めると、あからさまに顔を歪めた。いつも眉間へ刻む皺をさらに深くして、シンジはサッとヒロシから距離を取る。
「久しぶり」
「……ああ」
声をかければ、無視することなく一応返答がある。昔の彼を知る者が聞けば、目を丸くしそうであるが、ヒロシは気にすることなく笑顔を向けた。
「シンジもフェスタの関係者?」
「……お前、分かっていて聞いているだろ」
「ごめん、揶揄いすぎた」
素直に謝って、ヒロシはシンジの服装を見やった。
紫のジャケットは脱ぎ、代わりに同色のエプロンをつけた姿は中々様になっており、育て屋の兄の指導が見受けられる。奥のテントで作業をしている男が彼の兄だろう。こちらに気づいていない様子の男を一瞥して、ヒロシはシンジに視線を戻した。
「ホウエンブースに君がいるとは思わなくて」
「……兄の手伝いだ」
その返答はヒロシの予想通りで、「だろうね」と思わず呟きがこぼれる。餌箱を運ぶシンジの後をついて行き、ヒロシは積まれていた未開封の箱へ手を伸ばした。シンジの手作業を盗み見ながら、ヒロシは準備に手を貸す。シンジも文句は言わず、素直に手を借りていた。
「でも参加するんでしょ、バトル部門?」
「まあ、そのつもりだ」
元々、シンジの目的はそれだった。それを聞いた兄が、どうせなら少し手伝ってくれと言い寄ったので、こうしてエプロンをつけているだけ。クスクス笑うヒロシを、シンジは少し睨んだ。
「……お前こそ、その恰好はなんだ」
「これ?」
見て分からないか、とヒロシは腕章を摘まんで見せる。腕章の文字は読めたし、それによってヒロシが与えられている役割は理解したが、与えられた理由がシンジは検討つかない。
「僕、ポケモンレンジャー見習いだからね」
前にも言ったと思うけど、と呟いてヒロシはしゃがむと箱の中を覗き込んだ。
「会場の警備は、ポケモンレンジャーにも任されているんだ。その手伝い」
まだ見習いということで捕縛権や報奨は与えられていないから、迷子の捜索や困っている人に手を貸す程度の仕事だが――因みに、ポケモンレンジャー側から謝礼として食事は振るまわれることになっている――。それを聞いて、今度はシンジがフッと口元を緩めた。
「そう言えば、ジュンも来るんだってね」
シンジの笑みに気づいているのかいないのか、ヒロシは思い出したように言った。聞けば、彼のポケギアに連絡が入ったらしい。
「ジュンが、シンジから返事がないって嘆いていたよ」
「……うるさいから通知を切っていた」
「返事してあげなよ……」
数十は届いているであろうメールを想像すると、受信画面を開くことすら億劫だ。シンジに同意を示しつつ、ジュンから嘆きのメールを受け取っているヒロシは苦笑しながら返信を出すよう促す。シンジは小さく息を吐いて、気が向いたら、と答えた。
「アイツは……」
「アイツ?」
「……」
自分から聞いたくせに口を閉ざしてしまうシンジの後頭部を見つめ、ヒロシは首を傾げた。しかしすぐに誰のことか察し、手を打つ。
「来るみたいだよ。というか、来ない方がおかしいよ」
「……だろうな」
ヒロシには背中しか見せないが、声が幾分柔らかい。先ほどとは違い、穏やかな笑みを浮かべているであろうシンジを想像して、ヒロシはクスリと笑った。



「ポケモンフェスタかぁ」
プラチナから渡されたパンフレットをダイヤと共に覗き込み、パールは呟いた。
隔日で行われるバトル大会とコンテストに加え、六地方の特色を取りそろえたふれあいブース――まさに一大イベントというものだ。
「ベルリッツ家も出資していまして、当日も招待されているのです」
「それに、オイラたちもついて行っていいの?」
「勿論!」
プラチナは大きく頷いて手を合わせた。それからパンフレットを捲り、ダイヤの好きそうな食べ物ブースの紹介ページを見せる。
「このように二人も楽しめると思いますし」
「お嬢さんの目的は?」
「勿論、目指すはコンテストとバトル、優勝です」
グッと意気込んで拳を握り、プラチナは天を仰ぐ。大きく出た目標に、パールはヒクリと口元を引きつらせた。確かに、スケジュール的に両方にエントリーすることは可能だ。些か目標が高すぎるきらいはあるが、揺るがぬ固い意志はパールの好むところだ。
「よし、俺たちがバッチリサポートするぜ、なダイヤ」
「うん!」
ダイヤも頷き、パールに賛同する。
和気藹々とする三人を眺めていたジュンは、一つ吐息を溢して向いに座るコウキを見やった。
欠伸を溢すリーフィアを膝に乗せ、足元に寄り添うグレイシアを好きにさせながら、コウキは真剣な眼差しで目の前に並んだ二つのボールを見つめている。
「……よし」
決めた、と呟き、コウキは左に置かれていたハイパーボールを手に取った。思わず、ジュンは目を丸くする。
「そっちかよ?!」
「え、うん」
ハイパーボールを慈しむように撫で、コウキはそれをホルスターに並べた。残ったもう一つを手元へ引き寄せながら、ジュンは口元を引きつらせる。
「俺はてっきり、こっちを選ぶかと……」
「まあ、迷ったけどね。けど、『リベンジ』するならこっちかなって」
いたずらっぽく笑うコウキに、さらに頬を引きつらせながらジュンは「それは俺の知っているのと違う気がする……」と小さくぼやいた。
「コウキくんたちはどうするの〜?」
彼らの会話を聞いていなかったダイヤが、のんびりと声をかける。背中から腕を回して寄り掛かって来たダイヤの頬を撫でて、コウキはクスリと微笑んだ。
「僕はシンオウチャンピオンとして招待されているんだ」
「俺はバトル部門に参加するつもりだぜ」
シンジやヒロシにも声をかけたのだが、いまだ返事はない。遠い目をして笑うジュンを見てさすがに気の毒になったパールは、ポンポンと彼の肩を叩く。
「みなさん、それぞれご予定があるのですね」
少し残念そうなプラチナに苦笑し、コウキはそれよりも、と肩にかかるダイヤの腕をほどいた。
「ああいう人とポケモンが集まる場所には、不届きな輩も集まりやすい。警察とポケモンレンジャーが当日警備をするようだけど、十分気を付けてね」
コウキの言葉に勿論と力強く頷いて、ダイヤはパールとプラチナの腕を引いた。
「オイラとパールがお嬢さまをしっかり守るよ〜」
ダイヤの両脇にくっつくように引き寄せられたパールとプラチナは目を丸くして、思わず顔を見合わせる。距離が近くなったせいかパールの頬は紅潮しており、プラチナはクスリと微笑んだ。
「信じています、私の二人の騎士」
ダイヤと頬をくっつけるように抱き着き、プラチナは伸ばした腕でパールの肩を引き寄せる。バランスを崩した三人が座り込む様子を眺めながら、平和な光景にコウキは頬を綻ばせたのだった。
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