プロローグ〜feat.KANTO&JOTO〜
ポケモンフェスタ――それは、とあるバトル施設のオーナーが、その施設を造ったときと同じノリと瞬発力で企画発案し、各地方の有力者の働きかけと企業スポンサーの出資を得た上で実現した一大イベントである。
舞台はイッシュのとある島――噂によれば、ショッピングモールを経営するスポンサーの持ち物であるらしい――で、五日間に渡って開催される。一番の目玉は、島の中央ステージで隔日行われるバトルトーナメントとコンテストだ。各地方のチャンピオンや実力者も来賓として招待されているらしい。また、トレーナー以外の参加者用に島を五つのエリアに分け、各地方のポケモンと触れ合えるブースやポケウッド、屋台も設置されるという話だ。

「おお〜」
フェスタ開催三日前。カントー地方リーグ優勝者としてフェスタに招待されたレッドは、既に島に上陸していた。下見として案内されたのは、完成していた中央ステージ。レッドの目も輝く。
「あまりはしゃぐなよ」
「結構立派ねぇ」
同じくカントーチャンピオンとして招待されていたグリーンと、彼らに便乗して会場入りしたブルーも、立派な会場を見回して感嘆の吐息を漏らした。
フェスタ用に設置されたバトルステージと観客席は、イッシュ本土から運び込んで並べただけと聞いたが、そうと思えないほどしっかりとした造りとなっている。青空の下、チャンピオンリーグのようなステージで行われるバトル大会は、さぞ見応えがあるだろう。
「当日、レッドさんとグリーンさんには、あちらの来賓席でご観覧いただきます」
開催中、護衛も兼ねるというイッシュの付き人は、そう言ってステージの横にある席を指さした。
パラソルをクルクルと回しながら、ブルーは自分の分も増やしてくれないかと言ってみるが、そこはきっぱりと断られた。
「あら、先輩の頼みを断るのかしら?」
「無茶言って困らせるなよ、ブルー」
ニヤリと笑って詰め寄るブルーに呆れたレッドは、はてと彼女の言葉に首を傾げた。
「後輩?」
「そうよ、あんた、知らなかったの?」
レッドの背後で、グリーンが呆れたように吐息を溢した。ブルーの笑みを受け、護衛を務める少年は渋々と言った風に内ポケットへ手を差し入れる。彼が取り出した物を見て、レッドは目を丸くし、声を上げて驚いたのだった。

「リーフ、調子はどうだ」
「Jr.」
座り込んでいたリーフは、頬についた油汚れを手で拭きながら顔を上げた。Jr.は差し入れだと、おいしい水を差し出す。足元で丸くなっていたブースターの頭を撫で、リーフは立ち上がった。礼を言いながら、リーフはJr.からペットボトルを受け取る。
「最終調整は終わったわ。各会場の液晶も、動作テストを残すだけね」
「どんどんメカニックに特化していくな、お前……」
ノースリーブのアンダーシャツに、ジーンズのオーバーオール。鼻頭に油汚れまでつける幼馴染に、Jr.は苦笑を溢す。
彼の肩に乗っていたイーブイはピョンと飛び降りて、久方ぶりに会うおやのブースターへ鼻を摺り寄せる。いっちゃんという名前のブースターは、イーブイの毛づくろいをしてやった。
「トレーナー業より、こっちの方が楽しいの」
リーグ後、トレーナーを引退したリーフは、マサキと共に通信システム開発に携わるようになった。彼女はそこに、自身の道を見つけたのだ。今では時折、こうしたイベントで放映機器の設置も行っている。
「今回は通信システムの範囲テストも兼ねているから、気合が入るし」
ウキウキした様子で、リーフはペットボトルを握りしめた。
「そう言えば、ファイアには連絡したの?」
「一応な。 ……出なかったけど」
苦い顔で呟いて、Jr.は自分のペットボトルに口をつける。
相変わらずシロガネやまにこもっている残りの幼馴染は、ポケギアにも応答しなかった。先の騒動で真二つになったそれは、Jr.が新しく買い替えた最新式。録音機能がついているから、Jr.の伝言も録音されている筈だ。あとは持ち主が再生さえすればよいのだが。
「ブルーたちも来ているみたいだから、フェスタ中に会えるといいわね」
大きく溜息を吐いたJr.の背中を叩いて、リーフが笑う。
「ま、俺はじいさんの代わりにふれあいブースの監督をしているから、必ずしもってわけにはいかないけどな」
「あ、私も遊びに行っていい?」
「ついでに手伝ってくれ」
クスクス笑うリーフの髪をぐしゃぐしゃとかき回しながら、Jr.は大きく息を吐いた。彼らの足元で、ブースターとイーブイが揃って鳴き声を上げた。



「私たちは、ジョウトのふれあいブース担当ね」
エプロンをつけたクリスにコクリと頷き、ラルドは用意されたブースを見回した。
育て屋でも見るような柵で囲っただけの広場と、スタッフが常駐する簡易テントが並んでいる。サファリパークとまではいかないが、水場や岩場もあり、ある程度ポケモンたちの棲息地を再現できていた。
「結構お金かかってますね」
スタッフ用のテントへポケモンのエサやポロックを運び込みながら、ラルドはぽつりと呟く。クリスも箱を机へ置きながら同意した。
「各地方の企業がスポンサーになっているみたい。イッシュのショッピングモールのオーナーとか、シンオウのベルリッツとか」
「ウチもな」
クリスの開いた箱を覗き込み、そこから林檎を手に取ったゴールドが会話に割って入る。彼が口へ運ぼうとしたそれを取り返して、クリスは箱に戻す。
「ゴールドさん、来てたのか……って『ウチも』?」
ラルドが首を捻ると、箱に蓋をしながらクリスが答えた。
「ワカバタウンのポケモン屋敷ってね、何匹ものポケモンを放し飼いにできるほど大きなお屋敷なのよ」
「え、ゴールドさん家……?」
「じーさんの代からちょっとした商売やっているってだけだ」
おかげでたくさんのポケモンを養えるだけの蓄えがあるのだと、ゴールドはこともなげに言った。
「スポンサーってお金出すだけなの?」
顔を顰めながらラルドが訊ねると、ゴールドはパイプ椅子に座って机に肘をついた。
「ま、一般客より一足早く会場を見て回れて、若干の優待券があるくらいだな」
「……つまり開催前に会場に来ても暇なわけだ」
だからこうして、クリスたちの様子を冷やかしに来たのだろう。ラルドが小さく息を吐くと、ドサリと音を立ててゴールドのすぐ横に大きな段ボールが置かれた。何事だとゴールドが顔を上げると、ニッコリと微笑んだクリスが箱を叩いた。
「手が空いているなら、手伝えるわね」
ポケモンは会場に慣らすことも考えて開催日の二日前――つまり明日やってくることになっている。それまでにブースを整えておかなければならないのだ。トレーナーズスクールからボランティアもやってくるという話だが、それでも手は足りない。
クリスに押し付けられた荷物を見て、ゴールドは顔を歪めた。
「こんなことならシル公も連れてくれば良かったぜ……」
ブツブツと文句を呟きながらも、ゴールドは箱の中へ手を突っ込む。ポケモンフーズの量を確認していたラルドは、そういえばと少し手を止めた。
「シルバーさんは来ないの?」
「観光するって言ってたから、フェスタが開催してから来るんじゃね?」
最近、レッドが実家に戻ったことで空き家となったマサラの家に住み始めた先輩についてラルドが訊ねると、ゴールドは興味なさそうに手の中でポケモン用の玩具を弄りながら答えてくれた。
「オシャンティーボーイと野生ガールは?」
「あの二人はバトル部門とコンテスト部門にエントリーする予定だって」
「ほーん」
ゴールドは棒読みで相槌を打ちながらも、玩具を選別して並べていく。ラルドはもう一つ気になったことを思い出して、ゴールドに声をかけた。
「あと、ヒビキさんは?」

「う……」
「おい、大丈夫か?」
青い顔でぐったりとベンチに座るヒビキの背中をさすりながら、ソウルはおいしい水を差し出す。何とかそれを受け取って蓋を開けながら、ヒビキは空を仰いだ。
イッシュの空は、ジョウトのそれと少し色が違うように見える。青々とした空とそこに浮かんでヒビキたちを照らす太陽は、今の彼には少し刺激が強い。
「もう、まさかヒビキくんがこんなに船に弱いなんて」
ヒビキを挟むようにソウルの反対側へ座っていたコトネが、呆れたように吐息を漏らす。水を一口飲んで少し胸のモヤモヤがとれたヒビキは、力なく口端を持ち上げた。
「ポケモンのなみのりは平気なんだけどね……船になると急に」
朝食を召喚しなかっただけ成長したと褒めてほしい。まだ心配そうにハンカチを差し出すソウルへ笑みを返し、ヒビキはコトネを見やった。
「大分落ち着いたから、そろそろ行こうか。コトネちゃんの用事で来ているのに、ごめんね」
「本当に大丈夫? どうせ今日は顔合わせだけだろうし、先にホテルで休んでいても良いよ?」
いつもは『傍若無人を絵にかいたよう』と形容される少女だが、体調不良の人間に鞭打つほど冷血ではない。コトネの提案に首を振って、ヒビキは立ち上がった。
「僕も一応、スポンサーだからね。エニシダさんたちに挨拶くらいしないと」
ソウルもコトネもまだ納得しきっていない様子だったが、ヒビキがそう言うならとベンチを立った。
「おーい、コトネくーん」
遠くから大きく手を振ってエニシダが呼ぶ。ヒビキがチラリとそちらを指し示すと、コトネはため息を吐いて立ち上がった。
「しっかり働いてよね、ジョウト四天王」
腰へ手を当てて、コトネはヒビキの額を指で突く。ヒビキは苦笑して、額を手で撫でた。
「仰せのままに、チャンピオン」
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