プロローグ〜one month ago〜
イッシュ地方、とある道路の途中。柔らかい草の上に座った少女は、膝に乗せた便箋にペンを走らせていた。傍らではタマゲタケが日向ぼっこに勤しんでいる。
「待たせたね」
「あ、いえ」
カサカサと音を立て、長身の青年が姿を現す。少女は慌てて便箋を鞄にしまい、立ち上がった。
「どうでしたか? 目的の方は?」
「いや、随分前に引っ越したみたいで、引っ越し先も知っている人はいなかったよ」
日差しで熱がこもったのか、青年は帽子を外して襟元を仰ぐ。薄緑色の髪をかき上げる仕草に思わずドキドキしながら、少女もパタパタと手で自分を仰いだ。
「もう少し探してみようか」
「と、ところで、その人に返すポケモンは何なんですか? Nさま」
青年――Nは呟いて、帽子をかぶり直す。少女――ファイツは先ほどからずっと気になっていたことを訊ねた。
Nは小さく微笑んで、手にしていたモンスターボールを彼女へ差し出す。タマゲタケと一緒にボールを覗き込んだファイツは、揃って目を丸くした。
「え?」
彼女とタマゲタケが疑問を口にするより早く、Nはボールをしまう。
「そう言えば、街で面白いものを見つけたよ」
Nはその手で別のポケットを探り、折りたたんだ一枚の紙を広げた。それを見たファイツは、先ほどよりも目を大きく見開いた。



トレーナーズスクール。教室の一番前の席に座ったブラックは、大きく欠伸を溢した。口を閉じきる前に、チェレンが生徒名簿で頭を叩く。
「僕の前で大あくびとは良い度胸ですね、ブラックくん」
「う、チェレン先生……」
まだ休み時間だと思っていたブラックは、気まずさから顔を引きつらせる。チェレンはそれ以上説教することなく、教壇に戻った。
ブラックは叩かれた頭を摩りながら教科書を引っ張り出す。すると、隣の席から小さな笑い声が聞こえてきた。ブラックはジロリと隣を見やった。
「キョウヘイ」
「わ、悪い」
小さく肩を震わせた少年は、笑い声混じりに謝罪する。
「ブラックは本当見ていて飽きないなと思って」
彼の名前はキョウヘイ。ブラックより少し遅れてトレーナーズスクールに入学した少年だ。
「言っとくけど、俺はお前より四歳も年上だからな」
「そして今は僕の生徒です」
パコン、と二度目の音。すっかり隣の席へ身体の正面を向けていたブラックは、顔を青くして硬直する。ニッコリと微笑んだチェレンは、生徒名簿を手元に引き戻した。
「廊下に立ってみる?」
「すいませんでした!」
間髪入れないブラックの謝罪に、ぶ、と噴き出す音が聴こえる。それは隣の席だけでなく、クラス全体から聞こえ、すぐに笑い声が沸き上がった。
「ごめん、ブラック」
さすがにクラス中の笑い者にしてしまうのは悪かった、とキョウヘイは申し訳なさそうな顔で囁く。諦めたブラックは「気にするな」と首を振って静かに椅子に座った。
クラス中から笑われてしまったことは勿論恥じだったが、それよりもキョウヘイの表情が豊かになったことの方が、ブラックは気になっていた。
ブラックより少し遅れて編入してきたとき、彼は目の下に隈を湛えたように暗い顔をし、ピクリとも笑わない少年だったのだ。そしてその表情筋が動かない顔は、先の騒動で出会ったとある少年に似ていた。いや、よくよく見ればその少年雰囲気も固く、声も低かった。
素直なブラックは、「似ているトレーナーを知っている」と思わずぼやいてしまった。すると鋭い目つきで睨まれたので、さすがのブラックもそのことについてそれ以上言及はしていない。
ポケモンの知識は深く、バトル実習も上位に躍り出る。熱くなりすぎて周囲への注意が散漫となり、隙を作りやすいという欠点はあるものの、キョウヘイのトレーナーとしての腕前は、新米と呼ぶには立ちすぎている。
まあ、ブラックにもスクールに通う理由は端的に説明できるものではないから、キョウヘイにも同じくらい深い理由があるのだろう。そう結論づけて、ブラックは彼の境遇を問うことなく、友として振舞っていた。
その成果と言うべきか、キョウヘイは少しずつ表情に明るさと柔らかさを見せるようになったのだ。
そんな、ある日のことだった。
いつも通り教壇に立ったチェレンの横には、ニコニコと微笑むベルの姿があった。
何が始まるのだろうかと囁き合う生徒たちへ、静かにするようチェレンが声をかける。静かになった教室を見回して、ベルはコホンと咳ばらいをした。
「みんなには、ポケモンフェスタのボランティアをしてもらいと思います!」
両腕を伸ばし、満面の笑みでベルは告げる。彼女の言葉に、ブラックとキョウヘイは顔を見合わせた。
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -