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ミュウは、マサラタウンが好きだった。心地良い風と草葉の匂い、暖かい人々の笑い声が、ミュウは好きだった。
その日も、ミュウはお気に入りの町へやってきて、姿を見られないよう隠しながら気ままに飛んでいた。
優しい歌声が聞こえてきたのは、そんなときだった。
甘い香りもする。ミュウは歌と匂いのする家の方へ向かった。
窓が一つ空いていて、レースのカーテンがダンスしている。ひょい、と中を覗くと天井でカラカラと回る玩具が眼前に迫った。慌てて身を引くと、グイと尾を掴まれる。
「あー!」
舌足らずな声がして、尾はすぐに離された。油断していたと肝を冷やしたミュウは、一度天井すれすれまで飛び上がって距離を取りながら下を見やった。
真っ赤な瞳と目が合う。ふっくらした頬をもちもち動かしながら、ミュウを目で追う赤ん坊がいた。
赤ん坊なら、他でも何人か見た。しかしミュウの尾を掴んだ赤ん坊など初めてだ。ミュウは赤ん坊の伸ばす手に触れない辺りまで近寄り、スンと鼻を鳴らした。
「あうあう」
赤ん坊は両手を動かし、ミュウへと触れようとする。遊びたいのだろうか。ふとそんなことを思った。そう思ったのは、ミュウ自身もこの赤ん坊と遊びたいと考え始めていたからだった。
「ミュウ〜!」
ミュウは一回転すると、赤ん坊の手を握った。
もう十年以上前のことである。



「……」
何だ、この光景は。絶句して立ち尽くすルビーの傍らで、サファイアは目を輝かせた。
トウカに建設されたセンリの訓練所、マサトに手を引かれるままそこを訪れてみれば、見知った顔が父と共に身体を動かしていた。事情を告げられぬまま連れてこられたミツルとラルドも、驚いて顔を見合わせた。
「兄ちゃん!」
「サファイア」
鍛錬の手を止め、ユウキは首にかけていたタオルで汗を拭う。少し休憩にするかとセンリも言って、ドリンクをとりに行った。その背中をそっと見送り、ルビーは何故ここにいるのかと訊ねた。
「今回のことで身体が鈍っていることが嫌と言うほど分かったからな」
「ガッサ」
共に汗をかいていたキノガッサも良い笑顔で頷いた。サファイアはチラリとサポーターのついた右腕を見やる。ユウキはそっと彼女の視界から腕を隠すと、ルビーへ声をかけた。
「やっていかないか?」
「僕が? すみませんが、バトル用には育てていないので」
「しなやかな筋肉は美しく魅せるために必要だろ」
なよなよとした肉体は美しくも恰好良くもない。ぐぅと口を噤むルビーの腕を、マサトとサファイアが掴んだ。
「ちょっとくらいよか!」
「気分転換にさ」
「ちょ、ちょっと、二人とも!」
ルビーの手を引き、マサトとサファイアは駆けだした。元気の良い三人の背中を見送り、ラルドは頭を掻いた。
「ミツルはどうする?」
「……僕もやってみようかな」
「え」
「旅をするためには、身体が大切!」
一緒に行こう! とミツルに手を引かれてしまい、ラルドも汗臭い部屋の中心へ飛び込むはめになったのだった。

ニコニコと笑いながら、リグレーはポロックを齧る。ポケモンコンテスト上位常連者とポケモンドクター見習い監修の、幼いポケモンの胃と口に優しいポロックだ。押し付けられたポロックの袋とリグレーの様子を見やり、シンジは小さく息を吐いた。
「さすが育て屋さんだね」
様になっているとヒロシはニコニコしながらリグレーへ手を振る。
「兄が育て屋なだけだ」
「で、そいつ連れて行くのか?」
ジュンが伸びをしながらやってくる。何故この二人はついてくるのだろう、とシンジは心の中でぼやく。
「一応、兄の育て屋で発見されたタマゴから生まれたからな」
「リグレー……イッシュの砂漠からやってきたポケモンか」
オーキドが調べたリグレーを頭の中で思い起こし、ヒロシは寄ってきたリグレーの口元についた滓を拭った。クスクス笑うリグレーを見て、ジュンは頭の後ろで腕を組んだ。
「少し興味あるな、イッシュ」
「奇遇だね、僕もだよ」
「カントーリーグ挑戦終わったら行ってみるかなぁ。なあ、シンジ」
「……何故俺に言う」
騒がしい背後にまたそっと吐息を漏らし、シンジは眩しい空に目を細めた。

「随分大所帯になりましたね……」
お屋敷に入りますでしょうか、とプラチナは頬へ指を添える。呑気だなあとパールは乾いた笑い声を溢した。
ギラティナにレジギガス、ロトムたちに囲まれるようにして、嬉しそうに菓子を頬張るダイヤモンド。
もう少し可愛らしく小さなポケモンたちだったら、おとぎ話が似合うだろうに。コウキはそんなことを考えて、思わず小さく笑った。
「コウキくん」
「ダイヤ、ごめんね、心配かけて」
コウキに気が付いたダイヤが手を大きく振る。コウキも振り返し、ゆっくりとした足取りで歩み寄る。
ダークライによるナイトメアは、デンジたちのお陰で解除された。そのとき大分手荒な方法を使われたため、ナイトメアによる精神的なダメージもあって、まだコウキの身体は本調子ではなかった。
「まだギラティナいるんだね……」
「自分の世界にもちゃんと戻っているみたいだよ」
それにしてもな寛ぎようだ。ダイヤの呑気さが映ったのか、欠伸を溢して日光の暖かさに目を細めている。
「パールとお嬢さまもおいでよー」
「はい」
バスケットを片手に早足で駆け寄ると、プラチナは膝を折って座りバスケットの蓋を開いた。中から現れた菓子に、ダイヤとコウキは顔を輝かせる。
「これ、お嬢さまが?」
「ルビー先輩にご教授いただいたのです」
一緒に食べましょう、とプラチナは手を合わせた。ダイヤは涎を拭いて頷いた。
「早くー、パールもー」
ダイヤが手を振る。パールが小さく手を振ると、コツンとベラヒコに後頭部を突かれた。突かれた場所を摩りながら、パールは幼馴染たちの元へ向けて駆けだした。
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