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ばさり、と羽ばたく音。
レッドたちは言葉を止め、空を仰いだ。
虹色とも形容される黄金の翼が滑空して、少し離れた岩場に降り立った。
「ホウオウ……」
サトシは立ちあがり、引かれるようにそちらへ歩み寄った。ヒカリが思わず引き止めようとして、シンジに制止される。シゲルとピカチュウが、サトシの後を追った。
サトシは、切り立った崖の縁で立ち止まった。
ホウオウの降りた岩場とは距離があり、飛行タイプのポケモンや四肢で駆けるポケモンでなければ辿り着けない崖だ。
ホウオウは翼を折り畳み、じっとサトシを――彼と共に同じ岩場にいるトレーナーたちを見つめた。
『……分からない。私には。家族とは何か、絆とは……』
「……俺が、お前といつ家族になったのか、本当に家族になったのかは分からないよ。俺は覚えていない……お前をパパとは呼べないよ。ごめん」
そのきっかけとなるできごとは、きっとシゲルだけが覚えている幼い頃のあの日にあったのだろう。サトシはそのときのことを覚えていないし、シゲルも実際何があったのかは知らない。
ホウオウは少し――寂しそうに――目を細めた。「でも!」とサトシは胸元を握りしめ、ホウオウを見つめた。
「これから、また仲良くなれないかな?」
『……仲良く?』
「ああ。俺とだけじゃなく、ピカチュウやリザードンや、シゲルや兄ちゃんたち。俺の好きな人たちとも」
シゲルは思わずサトシを見つめた。
「俺はお前と仲良くなりたいし、お前が俺の好きな人たちと仲良くなったり好きになったりしてくれたら、嬉しいと思う」
ホウオウは何も答えなかった。
――♪〜
風の音とも、波の音とも違う、胡桃石を叩いたような音が聴こえてきた。
サトシは聞き覚えがある。プラチナは髪を手で抑え、後ろを振り返った。
始まりの樹の前で滞空するリザードンと他数匹のポケモンたち。その辺りから、その音は流れてきていた。
「あれは……ルギア?」

――♪〜
ファイアはそこで笛から口を離し、また息を吸うと笛を加えて息を吹き込んだ。
細く小さなそれは、オレンジ諸島の島に伝わる本物よりも音階が少ない。そのため曲を全て吹くことはできず、同じフレーズを繰り返すだけだ。
「この曲……なんでファイアさんが?」
メタグロスの背に乗ったユウキが、痺れる身体を横たえたまま訊ねる。ピジョットに乗ったJr.が、「あー」と頭を掻いた。
「昔、親にもらったんだと。ポケモンたちを幾らか鎮めることができるらしい」
「へー……」
音が聴こえなければ意味がないので、一度ポケモンたちを行動不能にさせる必要があったのだ。
「ていうか、大丈夫なの? ソウルとヒビキ……」
カイリューに乗ったリーフが、心配そうにボーマンダの背で横たわる二人を見やる。二人ともユウキより酷い痺れで動けないのだ。
「誰かさんの『かみなり』が強力すぎたんですよ……」
ユウキの溜息は笛の音と溶けて消えた。

ホウオウは目を細め、音色を聴き入る。やがて目を開いて、天上へ向けていた嘴を下ろした。
『懐かしいうただ』
「ホウオウ……」
『サトシ。私は今でも、お前のことを家族だと思っている。愛しい子だと』
「……うん、それは嬉しい」
『お前の好きな者たちを私が好きになれるかは分からない……が努力はしよう』
「! ホウオウ!」
バサリと大きく翼を動かし、ホウオウは岩場から足を離した。飛び上がったホウオウを目で追い、サトシは二三歩下がった。
ホウオウはサトシたちの頭上を旋回し、やがて始まりの樹の根元の方へ降りていった。
「……終わった、のか?」
「まあ、一先ずそういうことで良いんじゃない?」
ジュンは張りつめていた身体から強張りをとき、大きく息を吐きながら座りこんだ。
ヒロシは小さく笑って、礼を言いながらスイクンの背を撫でる。スイクンはそっと鼻先をヒロシの手に擦りつけると、エンテイたちと並んで少し頭を下げた。
それから三頭はホウオウのあとを追うように下へ駆け下りていく。
「あ、ポケモンたちはどうしよう。ホウオウが、人間に虐げられたポケモンたちだって言っていたかも」
「任せて良いんじゃないか、アイツラに」
シンジは首元を緩めながら、吐息を漏らした。ハルカの言葉に顔を強張らせていたヒカリは、その言葉に少し頬を緩めた。
『何だ、必要なかったか』
「! ミュウツー」
念動力で宙に浮いたミュウツーは、腕を組んで辺りを眺めている。レッドの頭上より少し高い位置に浮かんだミュウツーは、レッドとイエローを見て『無事で何よりだ』と呟いた。
『ホウオウに対抗してルギアを連れてきたんだが……まあ、後始末を任せるか』
「はは……久しぶりだな、ミュウツー」
『……すっきりした顔をしているな、レッド』
「え、そう?」
「レッド、ミュウツーと話しているの?」
ブルーが眉間に皺をよせ、レッドの裾を引く。
以前、ミュウツーがレッドとカツラ、イエローにしか言葉を伝えないようにしていると言っていたことを思いだし、レッドは頷いた。
「え! あのとき俺らにも話かけてくれていたじゃねぇか!」
今は全く聴こえない! とゴールドは声を荒げる。ミュウツーはそちらへ視線もくれぬまま、目を閉じた。
『あのときは仕方なくだ。声を聴きたいのならば、認めさせてみせろ』
レッドは苦く笑いながらその言葉を――少々丸くして――伝えると、ゴールドの闘争心に火が付いたらしく「上等だ!」と立ちあがった。傷がもとでふらつき、シルバーとクリスに支えられるはめになったが。

始まりの樹を望遠鏡のレンズで覗いていた男は、一通り視線を動かして事態が収束したことを悟った。一つ溜息を吐いて、望遠鏡を下ろす。
「ダメでしたか。あれも一つの王――我らの真実と理想の実現に、一役買っていただけると思ったのですが……」
男が求めている力ととても良く似ていたが、やはり違うものだ。己の目的は、黒白の王にしか叶えられない。背後に控えていた部下たちが、どうするのかと問うた。
「故郷へ戻りましょう。計画を続行します」
「仰せのままに」
一人が望遠鏡を受け取り、他の者と一緒に頭を下げる。部下たちが作る道をゆっくりと進みながら、男は暗がりの中へと消えていった。

別の場所から始まりの樹、引いてはトレーナーたちの様子を単眼鏡で覗く少年が一人。
彼は単眼鏡をしまい、フムと腕を組んだ。
「……何とか収束したようだ。僕らの出番はなかったな」
最近仲間に加わり、訓練を積み重ねていた相棒のボールをとりだす。
もしかしたら初陣になったかもしれないのだ。張り切っていた相棒は不完全燃焼の闘志を持て余している様子で、フンフンと鼻を鳴らした。
「まあ、それが良いことだ」
今日の訓練を少し多めにして発散させよう。そう算段をつけ、少年はボールを袖口にしまうと、素早い動きでその場を離脱した。
足跡一つも残らぬそこ地面に、風に吹かれて葉が一枚、落ちた。
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