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いつから好きだったか、なんて質問は野暮だ。期間を比べたって、それが愛の重さとイコールにはならない。自分は今このとき、彼が好きだ――それだけで、十分だろう。
しかしまぁ、付き合いの期間の長さは深さと比例してしまうことは間々ある。だから彼らの関係性は、傍から見ている分には至極自然なのだ。納得するか否かは、個人問題である。
「俺、先輩のこと好きっすよ」
自分は理解できても納得できない派なので、諦め悪く足掻いてしまう。
レッドはキョトンと目を瞬かせて、「俺もだよ」とニッコリ笑った。彼の好意が自分のそれと同種でないことは一目瞭然で、ゴールドは小さく溜息を吐いた。
何かを耐えるように眉を顰め、赤い目を潤ませる。レッドが弱い姿を後輩のゴールドに見せる筈がないので、それを彼が見てしまったのは全くの偶然だった。
ゴールドが彼から聞きたかった――一方で聞きたくもなかった言葉を聞いたのは、告白してから時間も経たない頃だった。



「パール」
パールにだけ聞こえる声でプラチナが呼んだ。パールは暗い洞窟で先頭を進みながら、「どうした、お嬢さん」と言葉だけで訊ね返す。
二人の後方ではヒカリが背後を警戒しながら歩いている。プラチナは少し声を潜めた。
「パール、ハクタイでのことは、聞いています」
唐突とも言えるプラチナの言葉に、パールは気の抜けた声を上げた。
「例え敗けるかもしれない状況でも、仲間を想い逃げずに立ち向かうのは、パールの長所だと思います」
「えっと、お嬢さん……?」
思わずパールは足を止め、プラチナを振り返る。彼女も同じように足を止めており、最後尾のヒカリはどうかしたのかと小首を傾げている。
「それはあの旅でパールが学んだこと……私が守るための強さに気づいたように」
「……」
「だからこそ、『敗けたとしても』なんて思わないでください」
もう二度と、己の力不足に絶望し、仲間の死に怒る状況は御免だ。例え相討ちになっても、敗けたとしても、戦い貫く。意志を貫くということは、感情を譲らないことと表裏一体だ。ハクタイでダイヤが倒れたあの瞬間、確かにパールは感情の示すまま戦おうとしていた。
しかも今。
パチン、とパールは自分の頭を叩いた。ヒカリはぎょっと目を丸くし、プラチナはニコリと微笑む。
「……俺、頭に血が昇っていた……?」
プラチナは答えず、柔らかく微笑んだまま。パールは「ごめん」と呟いて頭を掻いた。
「あ」
ヒカリが声を漏らす。
彼女の声につられて振り返ったパールは、暗闇に射した光明に目を見開いた。
居場所が近い。そう思うと、パールの足は自然と駆け出していた。プラチナとヒカリも後を追う。
「――ダイヤ!」

泥に包まれるような感覚がして、次の瞬間グリーンの身体は空へ放りだされた。
思わず目は閉じてしまう。息はできる。指先まで感覚があり、動かすことができる。
指を動かして感触を確かめたとき、泥へ飛び込む直前まで握っていた腕がまだ手中にあることも確認できた。逃げようとする腕を強く握りこんで、グリーンはそっと瞼を持ち上げた。
暗い空間だ。樹の内部なのだろうか。もう樹の不要物として分解され、意識だけの存在となっているのか。だとしたらここは精神だけの世界だろうか。そんな考えが一瞬のうちにグリーンの頭を巡った。
それからグリーンは困ったような顔をする青年へ視線を止めた。そっと頬へ手を添えると、ピクリと身体が強張った。
「……やっと捕まえたぞ、レッド」
グリーンの肩に置いた手をグッと握り、レッドは虚ろだった瞳を歪めた。
「馬鹿グリーン」
レッドはトンとグリーンの肩へ額をぶつけ、もう一度同じ言葉を繰り返した。
「何で、俺なんかと一緒に落ちたんだよ」
「……」
グリーンは暗く果ての見えない空を見上げ、レッドの肩へ手を回した。あのとき、押し出される瞬間、レッドはグルリと回転して自分の身体だけ外へ投げ出そうとしていた。そこを引き止め、共に飛び込んだのはグリーン自身だ。
「……俺なんて、どうしようもない人間なのに」
「戦う者の台詞とは思えないな」
「ポケモンバトルに関してだけだよ……いや、それすらもう、烏滸がましい」
掠れる声で呟き、レッドは身体を少し離す。大きく距離をとれなかったのは、グリーンが腕を回したままだったからだ。レッドが離すよう言ってもグリーンは答えず、腕を離そうともしない。レッドは焦れたように声を荒げ、グリーンの肩を叩いた。
「グリーン!」
「お前がどこにも行かないと言うのなら」
「……どうして俺なんかを」
「お前だからだ」
レッドは肩を叩く手を止め、顔を上げた。赤く滲んだ目尻を細め、レッドはグリーンを見つめる。
「何でお前が、そんなこと言うんだよ」
ともすれば暗闇に溶けてしまいそうなほど小さく、掠れた声だった。

『だいばくはつ』の振動が収まりきらぬうちに、離れたところで雷が落ちる音がした。イエローの肩を抱きながら辺りを見回したシルバーは、何だったのだろうと眉を顰めた。
「ファイアさんたちでしょうか……」
頭にかかった埃をロゼリアに落としてもらいながら、ミツルはなんとか身体を起す。目を回しかけていたジュンは、エンペルトの『みずでっぽう』を受けてハッと我に返った。
「レジアイスは?!」
「……反撃はしてこねぇな」
後頭部をぶつけたのか、手で摩りながらゴールドも顔を起こす。
どの道、上へ戻らなければならなかった。シルバーを先頭に、彼らはロズレイドとロゼリアの伸ばした蔦を登っていく。相変わらず辺りは霧が立ち込めていたが、何かが動く気配はない。全員上の枝に乗り、ロゼリアたちを回収すると、イエローがピクリと肩を揺らした。
「! 今度は何だ!」
ゾワリと何かが迫る気配に、鳥肌が立つ。ジュンは身構えた。イエローは耳を澄まし、目を開いた。
「――この声、」
そのとき彼らの背後で空間に穴が開き、ズアリと巨体が姿を現した。
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