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ひとと けっこんした ポケモンがいた
ポケモンと けっこんした ひとがいた
むかしは ひとも ポケモンも
おなじだったから ふつうのことだった
――「シンオウ昔話」より抜粋(ミオシティ図書館蔵)

オーキドとバリヤードに支えられるようにして室内へ戻ったハナコは、口元を手で覆ったまま肩を小さく震わせた。
「バリ……」
ソファへ座るハナコの傍らへ膝をつき、バリヤードは心配そうにその手を握る。ハナコは震える指先でそっとポケットを探り、大切にしまっていたペンダントをとりだした。蓋を開いた内側には、写真が入っている。
「……サトシ……ファイア……レッド」
三人が並ぶ写真をそっと指で撫で、ハナコはそれを両手で握りこんだ。

【第四話】

「家族……?」
シゲルは思わず、ホウオウの言葉をなぞるように呟いた。
グリーンは眉を顰め、「どういうことだ」と問う。
ホウオウはそれ以上何も語る気はないと言うように、翼を畳んだ。
激しく競り合いを続ける四匹のポケモンたちの間で、レッドはじっと佇んでグリーンを見つめ返していた。
「! あれは」
別の通路からレジスチルとレジロックが姿を現す。ハルカとサファイアは顔を青くし、シンジは小さく舌を打った。あの二体がここにいるということは、足止め組はどうしたというのだ。
「――っルビーぃぃぃ!」
言葉にならない叫び声をあげ、サファイアは駆けだした。どららとふぁどどを出し、『とっしん』のように突っ込むよう指示を出す。ブルーとハルカも援護するため、カメちゃんとバシャーモを出した。
「僕らも、」
「お前は行くな」
飛び出しかけたシゲルの肩を引き、シンジが前へ出た。エンテイの背を撫で、シンジはエレキブルのボールを投げる。それから肩越しに視線だけをシゲルへ向けた。
「お前は、アイツのところへ真っ直ぐ迎え……道は作る」
び、と立てた指を前へ伸ばし、シンジは短く言った。
「行け」
ど、と床を蹴り、エンテイとエレキブルは飛び出していく。
シゲルはゴクリと唾を飲み、肩に乗せていたピカチュウの頭へ触れた。ずれ落ちかけるサトシの帽子の位置を戻し、同意するようにピカチュウは小さく鳴く。

部屋のあちらこちらでポケモンバトルが始まる。騒がしさにホウオウが眉を顰めていると、案の定、眠っていたサトシが身じろいで目を開いた。
『起きたか』
「ん……何の音?」
身体を起し、目を擦りながらサトシは辺りを見回す。兄の背中を見つけ顔を綻ばせたサトシの瞳に、こちらへ真っ直ぐ駆け寄ろうとする少年の姿が映りこんだ。
「……え」
「――サトシ!」
「ピッカ!」
少年の肩に乗っていたピカチュウが真っ先に飛び上がって、サトシの腕の中に飛び込む。少し遅れて少年もベッドへ辿りつき、呆気に取られるサトシの手を握りしめた。
「サトシ」
良かった、と吐息と共に零れ落ちた声が、サトシの胸へストンと落ちる。何だかとても懐かしくて、暖かくなる声。
「……誰だ、お前」
ポロリとサトシの口から零れ落ちた言葉に、少年は目を大きく開き、哀しそうに顔を歪めた。
ズキン、と暖かくなった場所が硝子で刺されたように痛んだ。膝に乗ったピカチュウも驚いてサトシを見上げる。
「こいつ……ピカチュウ?」
「サトシ……」
不釣り合いな帽子の下の頬を撫でてやると、「チャー」と小さく鳴く。それが可愛らしくて、サトシの口元が綻んだ。
寂しそうに眉を下げていた少年は、小さく微笑んでサトシの頬へ手を添える。
「サトシ、僕は、君の」
「…・…え」
少年の声が途切れる。床に触れていた少年の足元が水面のように歪み、彼の身体を飲みこんだのだ。
ずぶずぶと沈んでいく少年の手が、サトシから離れていく。ピカチュウが小さな腕を伸ばして、少年の指を掴んだ。浮き上がる小さな黄色い身体を、サトシは慌てて支える。
「シゲル!」
少女の、そんな声が聴こえた。聞き覚えのある声と、馴染みある言葉だった。とうとうピカチュウの手からも離れた少年の指先も床へと飲みこまれ、彼の影すらこの部屋から消してしまった。
「ピカ!」
ピカチュウはサトシの腕から飛び出し、床を叩く。ころり、と何もない床を帽子が転がった。先ほどは粘土のようにうねっていた床は、貝殻のように固く尾へ痛みを伝えるだけだ。
ズキズキと、ガラスの破片で胸を刺されるような痛みが増す。
混乱するサトシの目に、名も知らない青年と対峙する兄の姿が映った。
縋るように身を乗り出し、サトシは「兄ちゃん!」と声を上げる。しかし兄はこちらを一瞥もせず、相対する青年の肩を掴み、グイグイと押し始めた。よろけた青年が、兄の腕を掴む。青年は顔を顰めていた。
「おい、レッ――」
ぐら、と青年の身体が揺れ、部屋から廊下へと倒れこむ。お互いに掴みあったままだったので、兄も共に倒れていく。廊下で待ち構えていた橙色の粘液が、二人の身体を包みこんだ。
「え……」
もぐもぐと咀嚼するような動きをしながら、粘液の塊は床へと伸びていく。やがて二人の青年の体積をすっかり失くし、床へ溶けて消えた。
「そんな……兄ちゃん!!」
叫んだ途端、ズキン、と一際強い痛みがサトシの頭を襲う。思わず頭を抱え、サトシはベッドに蹲った。

トレーナーが消えてしまったことに絶句し、リザードンたちは立ち尽くす。
それはフッシーやニョロも同じで、彼らはどういうことだと言いたげにホウオウを睨んだ。ブルーはキッと涙の浮かぶ眦を吊り上げた。
「なんてことを! シゲルやレッドに何をしたの!」
『喚くな、人間』
瞠目するサトシの目をそっと虹色の翼で覆い、ホウオウはブルーを静かに見据えた。
『お前たちも家族を守るために害する存在を追い払うだろう。同じことをしているだけだ』
「レッドもシゲルも、サトシの家族よ!」
『私の家族ではない』
ばちり、と鋭い電撃が空を走った。
そちらへ視線を思わずやったホウオウの目に、帽子の中へ隠されていたボールが入った。ピカチュウは少々乱暴に尾でボールを叩く。咆哮と炎を撒き散らし、リザードンが姿を現した。
シンジは舌を打ち、ポケットへ入れていたボールをとりだす。
「そういう意味か」
投げたボールの向かう先は、リザードンの隣。リザードンの炎にひけをとらない炎の渦がホウオウへ向かった。それを翼の一払いで消し、ホウオウは目を細めた。ゴウカザルとリザードン、そしてピカチュウはグルグルと唸ってホウオウを睨んだ。
『サトシのポケモンたちか……こちらへ来るのならば、家族として迎え入れるぞ』
同じポケモンという種族は無下にするつもりはないらしい。外に並んでいたポケモンたちを見れば、それは予想ついたことだ。ピカチュウは尾で持ち上げた帽子を頭へ乗せ、つばを後ろに回した。
「ピッカァ!」
願い下げだと、そう叫んでいるように聞こえた。
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