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――なぜ兄がアイツを襲う! 何故、アイツを泣かせるようなことをした!
キン、と響いたシンジの言葉へ、最初に言い返したのは誰でもない、ブルーだった。
「嘘」
そんなこと、ある筈がない。静かに強く言い置いて、彼女は床を滑った写真を拾い上げた。
「レッドが……あんなにも家族を望んでいたアイツが、他でもない家族を傷つけるなんて」
目撃したポケモンたちからイエローが事情を聞けば、真偽はすぐに分かる。シンジはレッドを知らないのだ、勘違いしても仕方がない。
ブルーは希望へ縋るようにイエローを見やった。
丁度ピカチュウから手を離していたイエローは、しかし彼女へ向けた青白い顔を横に振った。
ぎゅ、と思わずブルーは写真を握りしめ、皺を刻んでしまう。「そんな」と震える声で呟いて、クリスは口元を覆った。
「でも、どうして……」
「マインドコントロール」
困惑するヒビキへ答えたのは、凛とした声。グリーンだ。シルバーの指定したひみつきちから帰ってきたばかりらしい。ジャケットを着たままの彼はいつから話を聞いていたのか、しかし存外落ち着いた様子で佇んでいた。
「俺も経験がある……まだ駆けだしだった頃、ロケット団のエスパーポケモンによって操られ、奴らの寝床の門番をさせられたことがある」
「! そういえば、ゴールドたちが巻きこまれた『仮面の男事件』も、操られたロケット団残党が暴れていたって……」
思いだしたと、ヒビキは声を上ずらせる。グリーンはコクリと頷き、ポケットに手を入れたまま足を進めた。
「シンオウのギンガ団も、SITAPPAたちは洗脳により統率されていたと聞く……今回の敵も、何かしら洗脳技術を持っていても可笑しくはない」
鍛えられたエスパータイプがいれば、そう難しい技術でないのだ。
グリーンは淡々と言いながら、ベッドの傍で足を止めた。そして、見上げるダークヴァイオレットを見下ろす。シンジも緑の鋭い瞳を見つめ返した。
「……チャンピオンともあろう男が、やすやすと敵の手中に収まるか?」
「その真偽は定かではないが、俺は可能性が高いと思っている」
ある種怒りのような光を――それは卑劣な敵に対してか、不甲斐ない己に対してか、自身の再戦を受ける前に崩れてしまった好敵手に対してか――シンジは見た。
ギラギラとしたそれは執着と呼ぶが相応しいか些か迷うところであり、その他を寄せ付けまいとするさまに、シンジは大人しく目を閉じて反論を取り下げた。
「……あんたがどんな関係かは知らないが、そこまで言うならもしものときは、」
「ああ」シンジの言葉にすぐ頷いたグリーンの背を、ブルーは思わず見つめていた。今は見得ない常盤の瞳は、何を浮かべているのだろうと、頭の片隅で思いながら。
「――俺がアイツを止めるさ。何としてでも」



キノガッサと息を合わせ、襲い掛かって来るポケモンたちを丁寧にいなしていく。その軽やかな動きに、ソウルは戦いの間に感嘆の息を溢した。
ユウキがセンリの弟子として、トレーナー修行を積んでいたことは聞いている。
センリはノーマルタイプのエキスパートであるが、ヤルキモノたちの特性を生かすため、そのバトルスタイルは格闘タイプのそれと通ずるものもある。ポケモンと共にトレーナーも強く在れ――その教えを受け、ユウキは己自身も鍛えたのだ。
気が付けば、彼らの周囲に立ちはだかっていたポケモンたちの殆どは、急所への一撃を受け気絶していた。ホッと一息ついたときだった。
「――ん?」
ヒビキは違和感を覚え上空を見上げる。ピリピリと肌を刺す静電気。それを集めるかのような雨雲を捉えた瞬間、目も眩む閃光と身体の芯まで響く轟音が辺りを襲った。

「おい、何をする気だ、ファイア!」
Jr.の声を無視し、ファイアはリザードンの背に戻ると、何事かをリーフへ耳打ちした。リーフは少々怪訝そうな顔をしたものの、「分かったわ」と頷く。リーフはタネネと名付けたフシギバナを近くの岩場に出した。
「何を……!」
Jr.はそこで頭上に気づき、言葉を止める。まさか、と言うようにファイアを見やると、ファイアはいたずらっ子のようにニヤリと笑った。
ドロドロと太鼓を叩くような音がする。一匹のポケモンが、その音に気づいて頭上を見上げた。
いつの間にか、泥のような雲が頭上に渦巻いていた。なんだあれ、と呟く間もなく、雲へ何かが突き刺さる。それは近くの岩場から伸びており、近くを飛んでいたリザードンの背からスと腕が伸びた。
「――落雷」
あれは電気を含んだ雨雲だ――そう気づいたポケモンが数匹いたが逃げるほどの時間はない。
沈黙は一瞬。大気を裂かんばかりの音が響き、並んだポケモンたちを十万ボルト並の電撃が襲った。
立っているのはいわやじめんタイプくらいか。それでもほぼ一掃された様子に、Jr.はヒクリと頬を引き攣らせた。
あの電撃が内部に伝わっていないことを祈るばかりだが、あのような物体は表面に電気を逃がすものだから、まぁ心配ないだろう。
「しかしなんて威力……」
あれは彼の兄がカントーリーグで見せた大技だ。しかもファイアのピカチュウはあのパーティーメンバーで揉まれてきたタフネスで、貯める電気の量もそれなりにある。そもそもファイアの戦闘スタイルが、テクニックより力技で押すものであるので、丁度良いとも言える。
呆れるJr.を余所に、ファイアはプスプスと煙の立つ眼下の風景を眺め、満足げに鼻を鳴らした。

――俺がアイツを止めるさ。何としてでも。
ガツン、と重い音が響いて、リザードンの拳はニョロボンの手に収まる。そのまま至近距離での『みずでっぽう』を放とうとするニョロボンを振り払い、リザードンは数歩下がると、ググと首を逸らし『かえんほうしゃ』を放った。しかしそれはニョロボンの『れいとうビーム』で凍らされ、鈍い音を立てて床を滑っていく。
追撃しようとするニョロボンの前にハッサムが立ちはだかり、伸びるフシギバナの鶴を尾で叩き落としてリザードンはそちらを睨んだ。
リザードンとフシギバナ、ハッサムとニョロボンの構図から少し視線を外し、シゲルは自分たちが通ってきた道を見やった。
先ほどまで勢いよくシゲルたちを追いかけてきた白血球が、ぴたりと入口で動きを止めている。暫くはホールと道の境をウロウロとしていたが、やがて諦めたように引き返していった。成程、仕組みは分からないが、この中へ白血球たちは立ち入れないようになっているようだ。サトシたちのためなのだろう。
そう結論づけて、シゲルはもう一度部屋の中央へ目をやった。レッドの背後から眩しいほど輝いた虹色の翼が広がる。ブルーとサファイアは身構え、グリーンは睨むように目を細めた。
「――ホウオウ……!」
ハルカはマサトをエンテイから下ろし、そっと後ろへやった。シゲルとシンジは二人より前に進み、そっとボールへ手を添えた。
『何をしに来た、人の子よ』
ミュウツーと同じような、頭へ直接響く声。知能の高いエスパータイプがよく用いるテレパシーだ。
「……サトシたちを、返してもらいにきた」
威圧感を肌で受けながら、シゲルはゆっくりと言葉を紡ぐ。ホウオウはパチリ、と片方の目蓋を動かした。
『可笑しなことを言う。私は迎えに行っただけだ。それを奪ったように』
「サトシがお前のパートナーだと?」
『否』――バサリ、と大きく翼が動き、ホウオウはベッドヘッドの方へ降り立った。それから慈しむように目を細め、翼の先でそっとサトシの頬を撫でる。その全てに、シゲルは例えようのない違和感を覚えた。
『サトシは――家族だ』
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