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同時刻、ジョウト地方のとある海域。この海域では、ほぼ常に渦潮が生じている。それは時たま海上から立ち上り、まるでハリケーンのように空へ向かっていた。
その目前へふわりと浮かび立ち、ミュウツーは少し上部の方にある黒い影を見上げた。
『……と、いうわけだ』
返事はない。それでも気にせず、ミュウツーは言葉を続ける。
『お前はどうする。いと深き海、銀色の翼よ』
ごぉ、と渦潮の音が大きくなったようだった。

「何度、『やぶれた世界』に触れた?」
質問の意図が分からず、ダイヤは目を瞬かせた。それから思案するように目線を上へやって、うーん、とこめかみへ指を添える。
ギンガ団騒動のとき、似たような質問をされた気がした。
「三回? これで四回目かな」
「少ないシュね……そんなもんでシュかね。それとも体質でシュか?」
シェイミはギラティナと会話するように目を合わせる。置いてきぼりのダイヤはフンフンと頷き合う二匹の様子を大人しく見守っていた。やがて、シェイミは話を終えたのか、ダイヤの方へ向き直った。
「ダイヤモンド、お前の身に起きたことを説明してやるでシュ」
ほぼギラティナの通訳であることを小声で前置いて、シェイミはコホンと咳払いをした。
「お前の身体は、今、とても境界線があやふやでシュ」
元々『やぶれた世界』は、時間も空間も切り取られた独立世界。例えるなら、本から破り取られた一頁のようなもの。普段生活する世界を表とすれば、『やぶれた世界』は裏。二つは磁石のようにぴったりとくっつき合っている。それらは本来交わる筈のない二つで、構成物質や流動エネルギーは少しずつ異なっていた。
ダイヤは三回、裏世界のエネルギーへ触れていた。磁石にずっとくっついていた鉄が磁力を持つのと、似たようなものだ。ダイヤは、『やぶれた世界』を引き寄せやすくなっている。
「でもそれだったら、パカさんとウージさん……あ、あとアカギさんも、オイラより長い時間、『やぶれた世界』にいたよ」
「だから少ないって言ったシュ」
その三人、引いてはあのとき『やぶれた世界』を訪れたトレーナーたちとダイヤの違い。それは、世界主の意思だ。
ダイヤを覗きこむギラティナの顔を背負い、シェイミは唇を尖らせて、「全く、そんな人間、一人で十分だと思うでシュ」とぼやいた。
「えっと……つまり?」
「ギラティナが、ダイヤを求めたんでシュ」
する、と太い尾が、ダイヤの頬を撫でるように降りてくる。ダイヤは目を瞬かせながら、おずおずとそれに触れた。じっとその様子を見つめてくるギラティナは、感情を表すことが苦手なのか、少し怖い。
「ダイヤ」とシェイミが呼ぶ。
「ツッコミってなんでシュか?」
それはきっと、ギラティナから聞いた単語なのだろう。あのとき、ダイヤ自身がアカギへ言った言葉が思いだされる。
――『そこ、ちがうだろーが!』って言ってくれるツッコミがいれば良かった――
こんな世界にひとりでいたギラティナは、ディアルガとパルキアのように、常に競い合う相手がいなかった。もしかしたら、ギラティナはそんなディアルガとパルキアの関係性が少し羨ましくて、それで二匹の戦いに横槍を入れ、表世界の王となろうとしていたのかもしれない。
真意はギラティナのみ知るところだが、そうであったら嬉しい。
ダイヤはふっくらとした頬を緩めた。
「なにヘラヘラしてるでシュ」シェイミの軽いパンチが頬に埋まった。

――突入チームB【ゴールド、シルバー、イエロー、ミツル、ジュン】
「『みだれひっかき』!」
「『アクアテール』!」
「『ひっさつまえば』!」
「『タネマシンガン』!」
「『メタルクロー』ぉ!」
ポケモンの技で白血球をかき消しては、ゴールドたちは道を駆け抜けていた。前方に二つ別れた道を見つけ、ジュンは少しスピードを落とす。
「イエローさん、どっちっすっか?!」
「えーっとえーっと……!」
焦りながらも、イエローは目を閉じて必死に感覚を凝らす。
純粋な悪意と言い難い強い『感情』は右の道から漂っていた。
「右です!」
「よっしゃ!」
ジュンは聞くが早いか右の道へ駆け込み、全員駆け込んだことを確認してから、『れいとうビーム』を指示した。
ぱきぱきぱき、と氷の壁が道を塞ぎ、白血球の侵入を拒む。また壁から出現してくる前にと、全速力で駆けだした。
「!」
「ここは……!」
シルバーは道の果てで思わず足を止め、彼に追いついたミツルたちも言葉を失った。冷たい風が頬を撫でる。ここより先に道はなく、絶壁から下の風景はミルク色の霧が覆って目にすることができない。
「おいおい、道間違えたか?」
ゴールドがぼやいたとき、前方の少し上辺りから光線が放たれた。
それはシルバーの足元を掠め、地面を少し削り取った。見れば、向いの崖からこちらを見下ろすレジアイスの姿がある。
足止めに残ったメンバーの安否が心配される。ミツルの顔が青くなった。引き返そうとしたジュンは振り返って、しかしそこに白血球が迫っていたので引き攣った悲鳴を上げた。
シルバーは下の方へ視線をやる。霧の向こうに、確かに足場があることを確認すると、「飛び降りるぞ」と短く言い捨てイエローの手を取った。
「え」
戸惑う彼女を腕に抱き、ミツルの首へもう片方を回し、ジュンとゴールドの襟を掴む。「わ」「ぐえ」「てめ、シル公、」反論を聞かず、そのままシルバーは宙へ飛び出した。
「ぎゃああああ!!!」
ジュンの叫びは尾を引いて、霧へと沈んでいく。赤い目でそれを見送ったレジアイスは、影が消えていった方へ向けて『はかいこうせん』を乱発した。
ガラガラと岩が崩れていく音がする。様子を伺いながら、レジアイスは崖の段差を降りていく。霧の向こうで何やら影が蠢いた――と思ったそのときだった。
「!」
ヒュ、と細い何かがレジアイスの身体に巻き付いた。力を込めても簡単に切れそうにない。
こつん、と糸の先にあった何かがレジアイスの身体に触れた。それがモンスターボールであると気づいたとき、風が吹いて霧を飛ばし、糸の反対側へついた棒を握る麦わら帽子の姿がレジアイスの目に映った。
「ごめんね、ゴロすけ――『だいばくはつ』!」
瞬間、轟音と衝撃がレジアイスを襲った。

「フーディン、『ひかりのかべ』!」
――突入チーム@【グリーン、ブルー、サファイア】
グリーンたち三人を、薄黄色の幕が包む。白血球相手にどれだけ効くかわからないが、何もないよりは良い。グリーンたちは駆け足で、上を目指して道を進んでいた。
「しかしどういうつもりなのかしらね、『虹色の翼』は」
ブルーがやれやれと言った風にぼやく。同意だとサファイアは頷いた。
「ゴールド先輩の言っていたことは、本当なんやろか?」
「……」
グリーンは少し目を伏せた。そのとき前方から眩い光が零れてきていることに気づき、彼は顔を上げる。心なしか、足が早まった。
「……それは、自分の目で確認すればいい」
たん、と足音が高く鳴る。グリーンたちは立ち止まり、そこに広がる光景に目を見開いた。
「お兄さま!」
別の道を行った弟が、左の方に空いた穴から顔を出した。彼と一緒に道を進んだメンバーも、軽傷は負っているが動けないほどではなく、全員揃っているようだ。
それにホッと安堵して、グリーンはもう一度目の前の光景へ視線を戻した。
ポケモン協会を襲った結晶よりも、鮮やかな虹色。それが、滑らかな円形の床を作っている。掘り進めただけの道を通って辿りついた先とは俄かに信じがたい、それは美しい場所だった。
鏡のように磨きあげられた床は、花のような模様が描かれている。壁には花弁のように柔らかいカーテンが並び、天井には天体の動きを模したような照明が浮かぶ。そんな部屋には大きなベッドが一つだけ。そこで、見慣れた顔が寝転がっていた。そして傍らに立つ人影も、見慣れた顔だった。
「サトシ……!」
「レッド……」
サトシを見下ろしていた顔を上げたレッドは、暗く淀んだ赤い瞳にグリーンたちを映した。
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