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ふわふわとした感覚は、いつかホテルの柔らかい布団へ飛び込んだときと似ていた。しかし、それよりも頼りなく、寄る辺ない。まるで宙に浮いているようだった感覚は、やがて青く甘い匂いのする芝生へと変化した。
「……ん〜」
「あ、起きたでシュ」
ぷに、と冷たい鼻先が頬へ当たる。ダイヤは目を擦りながら身体を起した。すると頭に乗っていた何かが、手元へ転がり落ちてくる。
「ちょっと! レディの扱いがなってないでシュ!」
「え〜、ごめんね〜」
慌てて両手の平へ乗せると、芝生を切り取ったような背を持つポケモン――シェイミは、プンプンと鼻を鳴らした。
「全く、こんなところで呑気に寝こけるなんて、お気楽な人間シュ!」
「こんなところ?」
ダイヤは首を傾げ、辺りを見回す。自分は確か、救護室で寝ていた筈だ。しかしここはどうだ。
あちこちに散らばる都市の瓦礫、上下左右方向も定まらぬ暗い空間。ダイヤはこの場所を知っていた。いつかも来たことがある、『やぶれた世界』だ。
「オイラ、どうしてここに……」
「文句があるなら、アイツに言うシュ」
「あいつ?」
更に首を傾げるダイヤの眼前に、ニュウ、といかつい顔が近づいた。思わずダイヤは両手を頭上へ掲げてしまい、シェイミを放り投げてしまった。鼻先から着地してしまったシェイミがキーキー文句を言っているが、驚きで高鳴った鼓動が五月蠅くて構っていられなかった。
「ぎ、ギラティナ……?」
ギラティナはスッと身を引き、ダイヤの座りこむ瓦礫を取り囲むようにグルリと長い身体を動かす。
「オイラをここに連れてきたのは、君……?」
「全く、ミーまで呼び出して、ホント強引な奴でシュ!」
ふわりと香った甘い匂いは、シェイミの『アロマセラピー』だったのか。ダイヤはシェイミの方へ向き直り、ヘラッと笑った。
「全然、怠くないし眠くもない……シェイミのお陰なのか、ありがとう〜」
「別に、ミーが癒したのは、ここへ着地したときにできた傷だけでシュ。眠気と怠さは別の理由でシュ」
「どういうこと?」
シェイミはやれやれと言いたげに首を振り、ダイヤの頬をブニと突いた。
「ダイヤ、『やぶれた世界』に触れたのは何回目でシュ?」

「もう、マサトまで来るなんて……」
駆け足で道を進みながら、ハルカはじとりとした視線を、エンテイの背に乗る弟へ向ける。マサトは片手でタマゴを抱え、アハハと小さく笑った。
――突入チームC【シンジ、マサト、シゲル、ハルカ】
「で、一度来たことあるアンタは、道は分からないのか」
「アンタじゃなくてハルカ!」
ヒカリに聞いていた通り、性格に難ありの男のようだ。ハルカはこっそり溜息を吐いた。
「あのときは殆ど逃げ回っていたし、心臓部には行ってないの」
「チッ……」
シンジは小さく舌打ちをこぼす。それにイラッしたハルカだが、怒鳴るのは抑えた。
すると、エンテイが軽やかに前へ出た。少し足を止め、着いて来いと言うように視線を向ける。
「主の場所が分かるのか……」
「丁度いい、無駄に走り回る手間が省ける」
感心するシゲルの肩を叩き、シンジは先へ進む。暫く研究所詰めだったためか、彼らより息が上がりやすくなっている己の身体を叱咤しながら、シゲルはグッと腕を振った。
この先にいるだろう、幼馴染の顔を思い浮かべて。

リュックから取り出した短い棒を、宙へ放る。それは宙で回転するうちに長くなり、ヒロシの手元へ戻る頃には彼の身長ほどまで伸びていた。ぴ、と先端についていた糸を伸ばし、ヒロシは糸の端へボールを取りつける。
「イエローさんほど上手じゃないけど……と!」
ヒロシはヒュンと腕を振り、釣り竿を撓らせた。
先端の糸が舞い、レジスチルの身体へ巻き付いた。ポン、とレジスチルの足にボールが当たり、何かが飛び出す。その一閃はレジスチルの目元あたりに傷をつけ、身体をよろめかせた。
バサ、と翼をはためかせて鋭い嘴を持ったオオスバメが旋回する。
糸で動きを制限され、不意打ちで『つつく』を食らったレジスチルは、ドシンと尻もちをついた。
「よし!」
「ZUZU、『マッドショット』!」
畳みかけるようにZUZUの投げつけた泥が、レジスチルの動きを封じる。
ルビーたちへ狙いを定めたレジロックの身体が、ピシリと固まった。薄い光を纏ったサマヨールの手が、翳されている。その背にしがみついていたラルドは、ニヤリと笑った。
「『かなしばり』!」
動けないレジロックの背後からクリスが飛び出す。彼女はレジロックの目元へ向けて、何かを蹴り上げた。バサ、と音がして、ぶつかったそれ――布袋の口が開き、中へ入っていた粉を振り撒いた。
「『えんとつやまのかざんばい』よ。少しは目くらましになるかしら」
彼らはこの樹の番人、役目を果たそうとしているだけだ。さすがにこのポケモンたちを捕獲するわけにはいかないから、ボールを投げることはできない。
いつもより柔らかい感触に少々目標が定まらないのが心もとないが、うまい具合に補正できた。
火山灰を目にくらい、レジロックはやみくもに腕を振り回している。レジスチルも泥で身動きができなくなっており、これで足止めになるだろう。
ホッと安堵の息を溢したラルドの耳に、砂を踏むザリという音が届いた。「え」と彼が振り向いた途端、その両脇を長い蔓と水流が通り過ぎていく。
「『つるのムチ』、『みずでっぽう』」
蔓が鋭い一撃で固まった泥を砕き、水が火山灰を洗い流した。突然のことに驚き、ルビーたちは絶句して攻撃が飛んできた方向を見やる。
誰よりも早くそちらを見やっていたラルドはゴクリと唾を飲み、乾いた口を動かす。
「――、さん……」
ニョロボンとフシギバナを従えた、赤いジャケットの青年――見間違えようもない、レッドがそこに立っていた。その赤い瞳はどこか虚ろで、暗い光を湛えている。その様子に、ルビーはゴールドの話が本当だったことを知る。
――アジトで俺たちが戦ったのは、三人のポケモンハンターと、
「……昔憧れたことではあるけど、あのときでさえ、こんな形は望まなかったなぁ」
小さく呟いて、眼鏡のつるに触れる。それから少し段差になった高所で佇んだ先輩――レッドを見上げた。
――……レッド先輩だ。
「……」
帽子のない頭を気だるげに揺らし、レッドはルビーたちの方を見やった。
ポケモンハンター曰く、『あくむ』と『ねんりき』の合わせ技で、マインドコントロールを行ったらしい。
挑発する様に語られたそれを皮切りに始まった戦闘中、突如現れた虹色の翼に場を荒らされ、気が付いたらレッドの姿は消えていた、というのがゴールドたちの話だ――因みに一緒に伸されたハンターたちはソウルによって縛り上げられ、タイミングよく現れた国際警察と名乗る少年に引き渡したらしい――。ここにいて、レジロックたちの手助けをしたということは、そのまま連れ去られたのだろう。そしてマインドコントロールは今もまだ解かれぬまま、そのコントロール主を変えてしまったらしい。
「くそ……!」
ラルドは、悔し気に顔を歪ませる。あのときも現場にいた彼の気持ちからすれば、自然なことだろう。彼の肩を労わるように撫で、ルビーは少し前へ出た。
「無理しないでよ」
「!」
「クリスさんたちも気づいているかもしれないけど」
ずっとサマヨールに凭れかかっているのだ、何かあると考えるのは容易い。ラルドはこっそり顔を顰め、痛む足を擦り合わせた。
柔らかく微笑んで、ルビーはレッドとの距離を詰めた。
「望んだ形でないとはいえ、あなたとの手合わせできるなんて……」
フシギバナを撫でていたレッドは、ルビーへ瞳の焦点を合わせるように首を動かした。ルビーはニコリと笑い、ボールを二つとりだした。
「今でこそ別の方を師匠と呼んでいますが、僕の始まりは……バトルに関する憧れは、あなたが始まりだったんですから!」
ボールから飛び出したNANAとCOCOが飛び出し、フシギバナたちへ向かって行った。
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