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――陽動チーム@【ファイア、 ??? 、 ???】
「くそ……っ」
爆風に煽られ、ファイアはリザードンの背から落ちないよう踏ん張る手足へ力を込めた。
傍らで戦うデオキシスが、飛んできた氷の塊を触手で薙ぎ払う。リザードンの頭へ移動したシャワーズが、口に溜めたエネルギーを吐き出した。それは木の上に立ち並ぶポケモンたちの足場を壊し、岩陰に隠れていた何匹かを見つけることには成功した。
間髪入れず、リザードンの『かえんほうしゃ』が、『れいとうビーム』を避けて一息ついているポケモンたちを襲う。
「良いぞ」
労いの言葉を返しながら、ファイアはとりだしたボールを二つ、木の中間辺りへ向けて放った。
「てら、『じしん』! あられ、『うたう』!」
空中でボールから飛び出したニドクイーンは、着地のエネルギーも転換し、木を盛大に揺らす。彼の背後で優雅に着地したラプラスが、大きく息を吸ってメロディを吐き出した。『じしん』で体勢を崩していたポケモンの何匹かが、心地良い歌につられて沈んでいく。
「……何で俺たちにそこまで敵意むき出しなのかわからないけど、ハンターのポケモンじゃないなら、下手に傷つける理由もない」
それに、始まりの樹を傷つけ過ぎてもまずい気がする。このまま適度に足場を崩し、『うたう』などで戦闘不能状態にしていくのが良いか。
ファイアはチラリと空を一瞥した。準備はできているのだ、あとは一押しする『あれ』さえあれば――。
ふと、背後に二つの気配が現れた。ハッとしたファイアが振り返るより早く、二つの渦が隣を通り過ぎて行った。
「……!」
樹の方で爆発音がする。ファイアは目を見開いた。
ニヤリと笑った顔が二つ、その顔が面白いと言いたげにこちらを見ている。
相変わらず世話焼きな幼馴染だとファイアはつい、口もとを緩めた。しかし次の瞬間、幼馴染たちの顔が驚愕に塗り替わる。
「――後ろ!」
轟、と空気を抉るような音がした。
ハッとして樹の方へ振り返ったファイアレッドの瞳に、こちらへ迫る塊が映る。炎と雷と水の複合体だろうか、中々に巨大でスピードもある。
デオキシスがディフェンスフォルムでファイアを庇おうとしているが、大きさが違いすぎる。
「ファイア――!!」
二人の声をかき消すほどの爆発音が響き渡り、黒々とした煙が立つ。
空も掴めない手が、落ちていく。

頭上で連続する攻撃の音を聞きながら、ヒビキはそっと岩陰から顔を覗かせた。
ポケモンたちの視線の多くは空中のファイアへ向いている。しかし少ないとはいえ、こちらの行く手を阻むものはあった。どこか怯えたように、それでも必死で己を奮い立たせようとするポケモンたちに、小さな罪悪感の針がチクリと胸を刺した。
「……僕たちが道を拓きます。遅れないように」
ヒビキは短く言って、ボールを投げた。それに続いて、ソウルとユウキもボールを投げる。
「オオじろう、『ハイパーボイス』!」
しなやかな肢体で着地したオオタチは、すぅ、と息を吸い、大きく口を開いた。キィィィンとした音が辺りに響き、小さなポケモンたちの身体は音波に吹き飛ばされる。
開けた道を、グリーンたちは駆けだした。音に気圧されながらも、ポケモンたちはグリーンたちを阻もうと手を伸ばす。その手を鋭い一撃が弾いた。その軽い音に、ルビーとサファイアは思わず足を止めて振り返る。
「……兄ちゃん……!」
ポケモンの手を弾いたのはキノガッサ。上げていた足を下げて、拳を作ったファインティングポーズをしたキノガッサの傍らでは、上着を脱いで同じようなポーズをとったユウキの姿もある。
彼のサポーターで覆われた右腕を見て、サファイアは顔を歪めた。
「行け、サファイア、ルビー」
「……サファイア」
「……っ無理せんでね!」
ルビーに手を握られ、僅かに後ろ髪を引かれる思いで足を動かした。
小さくなっていく足音を背中で受けながら、ユウキは口元へ薄く笑みを浮かべる。
「アリアドス! 『クモのす』!」
サファイアたちが全員、穴から樹の中へ入ったことを確認すると、その穴を塞ぐようにして白い蜘蛛の巣が広がった。ソウルは続けてヨルノズクを空へと放った。
「『みやぶる』!」
ヨルノズクの目が爛々と光り、影に隠れていたポケモンたちの位置を露わにする。
ユウキはキノガッサと背中合わせになり、周囲を取り囲むポケモンを見回した。
「……久々だけど、鈍ってないよな? アルファ」
「ガッサ!」
コトコト、とユウキの腰に下げたボールの一つが揺れる。それをそっと指先で撫で、そうだな、と誰にともなく呟いた。
「お前の出番もあるだろうさ――シグマ」
頭上で鳴りやまない爆音を聴きながら、ユウキたちは地面を蹴った。
――陽動チームA地上組【ヒビキ、ソウル、ユウキ】

煙を突っ切るようにして、デオキシスとリザードンとファイアの身体が落下していく。
風圧によって上へ伸ばされた腕。
Jr.はほぼ垂直になったピジョットの背にしがみ付き、力ない手を掴もうと腕を伸ばす。
カイリューの背でリザードンとデオキシスを受け止めたリーフは、すぐにJr.たちの方を見やる。
Jr.はファイアの腕を掴んで、何とか落下を引き止めていた。リーフはホッと息を吐く。
「くっそ……っ」
「……意外と力あるんだ、Jr.」
「呑気なこと言ってないで、早く上がってきなさいよ!」
デオキシスはすぐに立ちあがり、ノーマルフォルムで空を飛んでいる。
ファイアはチラリと上を見て、グッタリするリザードンをボールへ戻した。それから軽く揺れるように反動をつけ、Jr.の腕を軸にしてピジョットへ飛び乗った。
突然の反動に揺らされ、Jr.は落下の恐怖を味わいながら尻もちをつく。一番生きた心地がしなかったのは、ピジョットだろうが。
「おま、いきなり!」
「リーフ、ちょっと頼みがあるんだけど」
「聞け!」
Jr.を無視して、ファイアはリーフの方を見やる。リーフは少々不満げに唇を尖らせ、「何を?」と訊ねた。ファイアは一つのボールをとりだし、それを握った手の人差し指を立てた。
「受け売りの作戦を、ちょっとね」
ファイアの持つボールが、バチリと静電気を発した。
――陽動チーム@空組【ファイア、Jr.、リーフ】

洞窟のような内部をひたすらに駆け抜ける。話に聞いていた白血球は姿を見せていない。
ゴールドたちの話で推測するにこの先で待ち受けるのは『虹色の翼』であるらしいから、何かしら仕掛けているのかもしれない。
「ここは……」
やがてグリーンたちは、大きく開けた吹き抜けのような場所へ出た。
大樹の中心部なのだろうか、天井は果てしなく先が見えない。壁には幾つもの穴が開いており、それぞれ足場となるようなものがついている。清らかな水が流れ、澄んだ水晶が立ち並ぶ、神秘的な場所だ。
イエローは思わず足を止め、感嘆の吐息を溢した。
「ん?」
ふと、彼女は一つの空洞へ目を止める。キュイン、とどこか機械のような音を立てながら、爛々とした目がこちらを覗いていた。
「ひっ!」
思わず、イエローは喉を引き攣らせた。
氷、岩、金属、それぞれの身体を持つ三体のポケモンが、侵入者を排除するために現れたのだ。
イエローを守ろうと前に出たチュチュより先に、しなやかな肢体が三つ躍り出る。
「こいつらが番人か」
「こいつらなら余裕だぜ! な、シンジ!」
フロンティアで何度も挑戦し、遂には勝利を収めた相手だ。緊張で固くなっていたジュンは頬を緩め、傍らのシンジの肩を叩いた。そんなジュンの襟首を、ヒロシが引っ張る。
「はいはい、君はあっち」
「はぁ?!」
放るようにジュンを背後へ押し退け、ヒロシはぐるりと肩を回した。
キィン、と音がして、レジアイスたちが薄い膜のようなもので覆われる。脱出しようとしているのか、腕を振り回しているが、固い膜を破壊するのは容易でないらしい。スイクンの『ミラーコート』は、そう簡単に破られるものではない。
スイクンが歩みでて、クリスがその背を撫でた。呆気に取られるジュンの頭を、ポコンとサマヨールが叩く。びっくりするジュンを見て、サマヨールに乗ったラルドはニシシと笑った。
「ここの足止めは、俺たちに任せとけってこと」
傍らで眼鏡をかけたルビーが、心配気なサファイアへウインク一つ、笑って見せる。それから彼女の手を握って、指を絡めた。
「大丈夫。すぐに追いつくさ――もう嘘はつかない」
――突入チームD足止め組【クリス、ラルド、ヒロシ、ルビー】
「行くぞ、ボヤボヤするな」
シルバーに襟首を引かれ、ジュンはまごつきながらも足を動かす。ルビーから離された手を見つめていたサファイアは、グリーンに呼ばれてやっと踵を返した。
それぞれ、先ほど組み分けた小グループに分かれ、別々の穴へ飛び込んで行く。一人でも、樹のどこかにいるだろう彼らの元へ辿りつくために。
「また後で、」
「必ず会おう」
グリーンの言葉を引き取ったブルーが、悪戯っぽく笑う。彼女に軽く息を吐いて、何も言わず足を進めた。
その態度に唇を尖らせながら追いかけるブルーの肝っ玉に、サファイアはこっそり感心したのだった。
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テーマ「人外ファンタジー」
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