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眼前に聳える青々とした木――木々の集合体ではなく、それ一本だと俄かに信じがたい。何千と年を経ていることが伺える。しかしハルカが言うには、あれは木というよりは石に近い材質で、生命を持っているらしい。
木が一望できる崖の上に降り立った図鑑所有者たちは、その迫力に僅かに圧倒された。
「何というか……壮観ね」
ポツリと漏らしたブルーの呟きに小さく頷いて、グリーンは目を細める。
あれが、ミュウの住まう始まりの樹――マサラと同じように。そこは、ポケモンたちの楽園なのだろう。もしポケモンハンターがそんなところを根城にしているとしたら、許し得ない。
「でも……」とハルカがおずおずと声を上げた。
「始まりの樹の内部は、人間が立ち入れない――始まりの樹が、人間を異物とみなして、排除しようとするの」
それは人間でいう白血球と同じものだ。生命活動の一環であり、何らかの方法で止めてしまったとしたら、始まりの樹は枯れてしまうだろう。しかしその様子は見られない。まだ始まりの樹が生きている証拠だ。
「確かに、ポケモンハンターなんて輩が、あんなポケモンの楽園を制覇できるとは思えない」
シルバーの言葉に、ルビーも頷く。頭にクエスチョンマークを浮かべたサファイアは、ルビーの袖を引いた。
「どげんごつ?」
「つまり、今始まりの樹にいるのは――ダークライやアンノーンを使ってポケモンを集めようとしているのは、ポケモンハンターではない……どころか、人間じゃないかもね」
石に似た材質の枝葉にズラリと並んだ影――あれは、恐らくポケモンたちだ。皮膚を刺すような敵意も感じる。それは間違いなく、あのポケモンたちから発せられる感情。あんな数のポケモンを統率できる人間を、ルビーは知らない。
「……ホウオウ」
「……グリーン? 何か言った?」
ブルーに首を振り返して、グリーンは始まりの樹の頂を見やった。バサリ、と虹色の翼が、逆光を背負って広がる。
「お兄さま……」
声に振り向くと、大きな翼を動かしながらリザードンが着地をするところであった。
その背中から、白衣を脱いだ懐かしい――かつてポケモンマスターを目指していたトレーナーのときの――服装をした弟が姿を現す。腰にはモンスターボールとポシェット、肩には見慣れたピカチュウを乗せていた。
彼の頭上では、Jr.を乗せたピジョンが浮遊している。
――た、た。
「わあ、勢ぞろいだ」
「……フン」
「お姉ちゃん!」
「なんだってんだよー……」
懐かしさに口元を緩めていると、新たに足音がした。スイクン・エンテイ・ライコウに跨ったヒロシ・シンジ・マサト・ジュンだ。思いもかけず遭遇した弟に、ハルカは声を上ずらせた。
「Jr.さん!」
「みなさん……」
ヒュオ、と風を切り、ラティオス・ラティアスが頭上を滑空する。その背から飛び降りたヒビキとソウルは、傷だらけのゴールドを支えていた。
着地の衝撃が響くのか、ゴールドは僅かに顔を顰める。「もう心配かけて!」と涙目のクリスがゴールドへ駆け寄った。
傍らでは肩を寄せ合うように、ミツルとラルドがサマヨールに凭れかかっていた。
「ラルド!」
「ミツルくん!」
サファイアとルビーの声に、傷だらけの二人は小さく笑みを浮かべて手を振る。
「ブルー! みんな!」
「間にあった……」
ラティ兄妹の後を追うようにして、カイリューとメタグロスが地上へ近づいてきた。そこに乗っていたリーフとユウキは、どこかホッとした様子で一息吐く。
一人空中に残ったままのJr.は、始まりの樹の方を凝視し、眉間へ深く皺を刻んだ。黒く点々としたポケモンたちの群れ。それらに対峙するように、舞う二つの影――Jr.がそれを見間違う筈はなかった。
「……ファイア……!」
安堵と同時に、悔しさが浮かび上がる。そんな複雑な表情の彼を一瞥して、グリーンは始まりの樹へ視線を戻した。
「……待っていろ、――レッド」
宙を舞う赤と青を見つけ、Jr.は固い表情のままピジョットを掴む手に力を込めた。
「……シゲル、グリーン。外の奴らは俺が引きつける。その隙に中へ行け」
「私も手伝うわ」
「リュースケ」と自身のカイリューへ乗り込み、リーフも飛翔する。Jr.は隣に並んだリーフを一瞥して、「平気なのか」と訊ねた。リーフは真剣な眼差しを前方へ向けたまま、一つ頷く。
「私だって、二人の仲間……マサラのトレーナーだもの」
Jr.は「そうか」と頷き、それ以上何も言わなかった。
グリーンは立ち並ぶ図鑑所有者たちの方へ振り返り、彼らを見回した。
「……幾つかに分かれるぞ」
ハルカの話では、内部は複雑に入り組んでいるとのことだった。元から人間を受け付けない仕組みになっているのなら、素直に一塊でいる必要はない。
グリーンの言葉にブルーは片目を瞑って笑って見せ、これの出番だと銀色のスプーンをとりだした。傍らには間抜けな顔をしたフーディンも。
「メタちゃんの『ものまね』だけど、結構良い精度になってきたのよ」
敗けられない戦いへ赴くこんなときだからこそ、笑顔を忘れてはいけない。嘗て笑顔の下に全てを隠していたブルーだからこそ、言えるのだ。
ブルーが投げたスプーンを、状況についていけていない者もいるが、全員受けとる。すぐさま、フーディンの『ものまね』したメタモンが『ねんりき』を送りこんだ。するとグググ、とスプーンの頭が曲がっていく。
「運命の組み合せ、決定ね」
互いの顔を見合わせ、表情に浮かべる色は人様々。ブルーは気にせずニコリと笑って、グリーンの背を叩いた。
「さぁ、乗りこむわよ!」

虹色の羽根が手招くように動く。音まで色づくようなそれを目で追い、青年はスッと立ちあがった。
どうかしたのかと、少年が袖を引く。大丈夫だと手を下ろさせ、青年は虹色の方へ向かう。
虹色は羽根を伸ばし、壁の向こうを指し示す。その仕草に分かっていると頷き、腰へ二つだけつけたボールに手をやった。
「……家族のためだ」

シンオウ地方、もどりのどうくつ。
ぽっかりとした闇色の穴が開く場所。一匹のガブリアスが着地した。
「着きましたね」
「ああ。サンキュ、リュード」
パールはゴージャスボールにガブリアスをしまう。
緊張した面持ちのヒカリの肩を撫で、プラチナはパールと彼女の手を引いた。
「いざ」
やぶれた世界に繋がる洞窟へ、三人は飛び込んだ。
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