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マサトはご立腹であった。
兄姉に、マサラへ置いて行かれたからである。ぷっくりと膨らめた頬に手をついて、肘を机に置く。彼へココアを差し出し、シゲルは苦笑しながら向い側へ腰を下ろした。
「しょうがないでしょ、君はまだ、モンスターボールも持っていないんだから」
「分かっているけど〜……」
カップを両手で包んで、マサトはちびちびとココアを舐める。
理解と納得は別物、それはシゲルも経験あることだから、気持ちは分かる。
シゲルが自分用のティーカップを傾けたとき、ドタドタと騒がしい足音が聞こえてきた。
「おい、シンジ!」
足音と同じくらい騒がしい声がして、シンジと彼を追うジュンがリビングへ現れる。シンジはジュンの大声に顔を顰め、鞄を床へ置いた。それから持っていたジャケットへ腕を通し、チャックを上げる。
「どうしたんだい?」
物音に気づいたヒロシも、台所から部屋へ顔を覗かせた。
「シゲルとヒロシも言ってやってくれ! こいつ、この怪我で」
「五月蠅い、これくらい平気だ」
それに、大人しく寝ていられない――シンジは低く呟いて、鞄を肩にかけた。
シゲルは立ちあがり、シンジの背を見据えた。
「……どこへ行く気だい?」
「……始まりの樹へ」
「始まりの樹?」
ホウエン地方にある、ミュウが住まうと噂される伝説の樹か。しかしこんなときにどうして。
シゲルたちの疑問に答えることなく、シンジは部屋を出て行く。シゲルたちは慌てて彼の後を追い、オーキド邸の庭先へと出た。
花壇へ水やりをしていたハナコが、慌ただしい様子のシゲルたちを見て小首を傾げる。シンジはそちらを一瞥もすることなく、右手で三つのボールをとりだすと、それらを同時に宙へ放った。
「! それは!」
ボールから躍り出た三体のポケモンに、シゲルたちは目を丸くする。スイクン、ライコウ、エンテイ――古の都で目覚めたホウオウの忠臣たちだ。
「エンジュの外れで見つけた」
傷だらけで蹲っていたのだと言いながら、シンジはライコウの背に手を置いた。
彼が三体の明確な目的を聞いたのは、毒で意識が混濁していた最中だ。あれは、エスパータイプのポケモンによるテレパス。恐らく、スイクンらの意思をバリヤードがシンジへ転送したというところか。
チラリとハナコへ日傘をさすバリヤードを一瞥すると、少々気まずそうに顔を背けられる。
そのとき、ザァ、と不穏な風が彼らの横を通り過ぎて行った。
「……!」
「大変じゃ!」
オーキドとJr.が血相を変えて外へ飛び出してくる。Jr.は、どこか悔しそうに顔を歪めていた。
シゲルがどうかしたのかと問うと、オーキドはびっしょりかいた汗を手で拭って、大きく息を吐いた。
「ファイアが消えた」
「!!」
ハナコは口を手で覆い、膝から崩れ落ちる。咄嗟に日傘を手放したバリヤードが、彼女を支えた。
あの馬鹿野郎、とJr.は吐き捨てて舌を打つ。それにもう一つ気になることがある、とオーキドは付け加えた。
「今、知り合いから連絡があったんじゃ。とある地方のポケモンたちが、一斉に姿を消したらしい」
「ポケモンたちが……?」
「目撃者によると、虹色の光に包まれて消えたらしい」
「!」
ポケモン協会へ行ったグリーンたちとも連絡が取れないのだと、オーキドは顔を歪めた。
「! おい、シンジ!」
ジュンの声にシゲルが振り返ると、シンジはエンテイの背に跨り、駆けだそうとするところだった。
「ま、」
「待って!」
マサトが飛び出し、エンテイの尾にしがみついた。シンジも驚き、エンテイは足を止める。
「僕も連れて行って!」
「おい、離せ。お前はトレーナーじゃない、連れて行けるか」
「僕だってサトシと一緒に旅をしてきたんだ! 少しくらい平気だよ!」
シンジの言葉に首を振り、マサトは頑として尾を離そうとしない。カゲボウズはオロオロとした様子で彼の周りを飛んだ。年下の相手に慣れていないシンジは、どうしたものかと眉を顰める。
「そう一人で気張らなくてもさあ、良いんじゃない?」
「は、」
のんびりとした調子で言い、ヒロシはライコウとスイクンを交互に見比べると、ひょいとスイクンに飛び乗った。
「足もまだあるんだしね」
「そ、そうだ!」
ハッとしたようにジュンも声をあげ、ライコウへよじ登る。ヒロシへ文句を言おうと開いた口を開閉し、シンジは眉間を揉んだ。それからマサトへ視線を向け、吐息を一つ。
「!」
これを、とマサトの腕へシンジが放りこんだのは、ポケモンのタマゴだ。目の端に涙を浮かべていたマサトは、ぱちくりと目を瞬かせる。
「育て屋の兄から預かったものだ。本当はその才能があるトレーナーへ渡すよう進言されたが……お前が持っていろ」
「どうして……え!」
混乱するマサトの襟首を掴んでヒョイと持ち上げ、シンジは自分の前へ座らせた。
「今から行く場所は危険だ。万が一にでもタマゴが割れてもらっちゃあ困るからな」
「……連れて行ってくれるの?」
「タマゴから目を離すわけにもいかない」
「君って結構素直じゃないんだね」
大体性格が分かってきた、と嬉しそうに言うヒロシに腹底がざわついたが、シンジは無視することにした。
「……っ」
三人の背を見ていたシゲルは、足を踏みだしかけて立ち止まる。その肩を掴んだのは、Jr.だった。彼の傍らで、ピジョットが雄々しく翼を広げた。
「俺たちも行くぞ」
真っ直ぐ前を見つめるJr.の横顔を見つめ、シゲルはコクンと頷いた。
「シゲルくん」――少々か細い声がした。
シゲルはそちらを見やる。バリヤードとオーキドに支えられたハナコが、ぎゅっと胸元を握りしめていた。
「ハナコさん……」
「あの子たちを……お願いね」
「……――はい」
一つ強く頷き、シゲルはJr.と共にピジョットの背へ乗った。
ばさり、と羽ばたき、柔らかい羽根が辺りに舞う。
飛びたつ彼らの背を見つめ、ハナコは指を絡めた手を額へ当てる。
「どうか、どうか……あの子たちを……――お願い、あなた……!」
絞り出すように呟き、ハナコはペタリと膝を折って座りこむ。オロオロとするバリヤードを宥めつつ、オーキドはそっと彼女の肩を撫でた。

そして彼らは、ひとつの場所を目指す。
始まりの名を冠した、樹の元へ。
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