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「これ、持って行って」
飛行艇へ向かう前、そう言ってコウキが差し出したのは、彼の主力の一つであるポケモンが入ったボールだった。パールはいいのかと訊ね返した。
「だって君たち、飛行タイプ持ってないでしょ?」
ベラヒコがいるが、身体が小さいため三人も運ぶことはできない。ウッと言葉を詰まらせ、パールは頬を掻いた。
「けどなんでまた今……」
「こんなときだからこそだよ」
パールの手をとり、その平へ無理矢理ボールを握らせて、コウキは小さく微笑んだ。
「絶対に、逃がしちゃ駄目だ」
パールは一つ頷いた。逃がしてはいけない相手――あのときそれは、ポケモンハンターたちのことだと、そう思っていた。



「ダイヤモンド!」
プラチナの引き攣った声が響く。パールは歯を食いしばり、ダイヤの手を握った腕を引いた。
ズブリズブリと、沼のような黒い穴がダイヤの眠るベッドへ広がり、彼を引きずりこんでいるのだ。手を放してしまえば、ダイヤは飲みこまれてしまうだろう。
「くそ……っ、起きろよ、ダイヤモンド!」
しかしダイヤの目は閉ざされたまま反応はない。
プラチナのエンペルトが沼を斬り裂こうとするが、実体のないそれの核を捕えるのは容易でない。
サルヒコやトラヒコの力も借り、パールはグッと踏ん張っていたが、先ほどから飛行艇が揺れ、それも難しくなっていた。プラチナもパールの腕を掴み、歯を食いしばって引いている。
「ぐ……! うわ!」
「きゃあ!」
そのとき、大きく空間が揺らぎ、パールとプラチナは揃って部屋の壁まで転がった。慌ててパールが身体を起すと、手放してしまったダイヤの身体が沼へ沈みこむところだった。
「ダイヤモンドぉ!!」
どぷん――ダイヤの指先の隣で鋭い尾のようなものが僅かに顔を出し、共に消えていく。パールが喉を引き絞るような声で叫んで、握った拳を床へ叩きつけた。
「っパール!」
ぐい、とパールは襟首を引かれ、顔をあげさせられた。襟首を掴んでいたのはプラチナのエンペルトで、パールは彼女の前へ顔を差し出す形になる。え、と思う間もなく、プラチナの意外と強い平手がパールの頬を襲った。
「しっかりしてください! まだダイヤモンドを救う方法はある筈です!」
嘆き落ち込んでいるままではいられない。嘗ての旅で真っ先にそれを示して見せたのは、パール自身だ。
「お嬢さん……」
パールはぼんやりとしていた瞳に光を取り戻し、ハッとした表情で頷いた。プラチナは僅かに笑みを湛え、エンペルトにパールを離すよう指示する。
「最後に見得た尾……見覚えがあるでしょう?」
「ああ……俺も思ったよ」
あれは嘗ての冒険の果てに出会ったポケモン――破れた世界の王のものだ。
「ダイヤが連れて行かれたのは、破れた世界か」
「恐らく」
プラチナは頷き、顎へ手をやった。行く先は分かった。しかしどうやって追いかけたら良いのか。破れた世界の入口は、常設する類のものではない。追跡は容易でない。
「この揺れも、まさかギラティナの干渉が原因か?」
「可能性はあります」
なんにするにせよ、一度会議室へ集まる彼らと合流した方が良いかもしれない。二人は頷き合って立ちあがった。
「ダイヤ!」
と、そのとき救護室の扉が乱暴に開かれる。飛び込んできたのは、ヒカリだ。
ヒカリは救護室の中を見回して、捜していた兄の姿がないことを悟るとサッと顔を青くした。
「ダイヤは?」
「……ごめん」
「恐らく、破れた世界です」
俯いて呟くパールより前に出て、凛としたプラチナが説明した。
「破れた世界……? なんでそんなとこにダイヤが?」
「理由はまだ分かりません。しかし、私たちはそこへ向かいます」
「……私も着いて行く」
ヒカリは強い瞳でプラチナたちを見上げる。
「私も一緒に行かせてください、パールさん、プラチナさん! ダイヤは、兄だけどサトシと同じくらい放っておけないんです!」
ヒカリは一歩も譲らないと言うように強い感情を見せる。ビリビリと、パールの肌が泡立った。
そうだ、ここで立ち止まっている暇はない。
パールはグッと拳を握り、プラチナと顔を見合わせた。プラチナも、コクリと頷く。
パールはバッグから、他とは違う黒いモンスターボールを取り出した。
「行くぞ! ――戻りの洞窟へ!」
雄々しく広がる藍色の翼――ガブリアスの背に飛び乗り、三人は空へ舞い上がった。

そこは、洞窟を掘り進めて作られた空間だ。金属で壁面を覆い、様々な機械を設置したそこは、さながら研究所のよう。幾つか新しい足跡と家具が見受けられるが、放置されて久しい様子も見せる。
風が、それらすべてを混ぜ合わせるように吹き抜けていったのだろうか、今その空間は酷い有様だった。機械や家具や書籍が乱雑に散らばる中、倒れる人影が数個。うち、三つは少年たちだった。
その空間で立ち、今なお動く影は一つだけ。ミュウツーと名を持つポケモンは、曲線を持つ足で音を立てないよう進み、立ち止まった。
足元にいるのは、腕を投げだす少年。付近には彼の頭から零れ落ちたと思われる帽子があり、ミュウツーはそれを、器用に持ち上げた。
カラリ――音がする。
ミュウツーがゆっくり首を回すと、倒れる少年のうち一人の傍らで動く影がある。
ミュウツーの視線に気づいた幼いラルトスは、一瞬ビクリと肩を揺らしたが、気丈に睨みをきかせて、目を閉ざす薄緑の髪の少年を庇うように前へ出た。
ミュウツーは目を細め、フイとラルトスから視線を外す。それから足元で横たわる少年へ、帽子を差し出そうとした。
ざり――また、音がした。
「――はい、分かりました。では、グリーンさんたちと連絡がとれたらまた教えてください。――はい。大丈夫ですよ、リーフさん」
ポケギアで会話しながら、薄明りの漏れる入口に現れる影が二つ。
「見つけましたから」
明るい金の瞳を爛と輝かせた少年は、赤髪の少年を連れ、その空間へ足を踏み入れてきた。
ミュウツーの足元にいる少年と、よく似ている。明るい金瞳の少年はポケギアを切ると、それをしまい、代わりに一つのボールをとりだした。
「何しているんだ、ミュウツー――」
固い声だ。声変わりをしても高めのそれは、しかし裏に威圧感を顰めている。それを真っ直ぐ向けられるミュウツーよりも、背後に立つ赤髪の少年の方が、顔色を失っているようだった。
明るい金瞳の少年は、惨状を見回してからミュウツーを見据える。
「ゴールドたちに、何かしたのは君か」
ミュウツーはすぐには答えない。様子を伺っているようだ。
少年は特別苛立った様子を見せず、しかし嵐の前の静けさを思わせる雰囲気で一歩詰め寄る。
「――返答次第では、僕は君と戦う」
ミュウツーはゆったりと腕を伸ばし、指を弾いた。一瞬のうちに現れた大きなスプーンを手に取り、ミュウツーはそれをクルリと回して見せる。
少年は口を閉じ、無言のままボールを投げ上げた。
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