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文字通り、世界が揺れた。
グリーンは咄嗟に脚を開き、隣でよろけたブルーを腕で支えながら踏ん張った。ブルーは帽子を両手で抑え、何事だと辺りを見回す。
他のジムリーダーやトレーナーたちも、よろけて壁に手をついたり膝を床につけていたり、状況を把握できていないようだ。
デンジは尻もちをついたオーバに目もくれず、片膝をついた状態でただ一人を見つめた。
「コウキ!」
誰しもが体勢を崩す中、唯一凛と両足ついたままの少年が一人。彼は黒い靄のようなものを背負い、それが頭へ乗せた帽子をかぶり直した。
インディゴの瞳は暗い光を湛え、妖しく細められる。
ズアと黒い靄が渦を巻き、何かのポケモンを形づくる。タケシの腕に捕まっていたヒカリは目を見開いた。
「――ダークライ……!」
靄のように漂う身体、赤い牙のような部位。白い髭のようなものから覗く瞳は、何を映しているのか。あんこくポケモン、ダークライ。悪夢を見せるポケモンが、何故ここに現れたのだろう。
コウキも、彼の足元に控えるリーフィアとグレイシアも、ダークライの技にかかっているのか虚ろな瞳をしている。
デンジは顔を歪め、レントラーをボールから出した。
どすんという大きな衝撃、そしてグラリと揺れる飛行艇。ルビーに支えられるサファイアの横を通りすぎ、ハルカはベチンと窓に頬をぶつけた。
「いたた……――ん?」
赤い頬を抑え何気なく顔を上げたハルカは、窓の外に広がっていた風景に目を丸くした。
「なんなの、これ!」
日の当たり具合で青と紫に煌めく結晶が、飛行艇の表面を這うように広がっている。ウンウン、と耳鳴りのような鼻歌のような音を立てて黒く小さなポケモンが円を描いて飛び回り、それと呼応するように結晶が大きさを増していた。
ハルカの声につられて同じように外を見やったカスミは、見覚えのあるその景色に息を飲んだ。
「アンノーン……!」
「どういうことだ! このままじゃ墜落しちまうぞ!」
マチスが叫ぶとほぼ同時に、機体が更に大きく揺れた。
すっかり尻もちをついたクリスへ、ダークライの『シャドウボール』が向かう。咄嗟にポケモンを出そうとするが間に合わない。クリスが頭を抱えて蹲ったとき、間近に迫っていた『シャドウボール』が天井へ軌道を変えた。
割って入ってきたのはデンジのレントラーで、トレーナーである彼も隣に立ってコウキを見据えた。その瞳には常の彼にしては珍しく、憤りを含んだ炎が揺らめいている。
「……『わるぎはない』で、済まされねぇぞ――ダークライ!」
いつから操られていたのかは知らないが、今のコウキはダークライの『ナイトメア』の中だ。外のアンノーンは飛行艇の中へ自分たちを閉じ込めようとしているから、彼らとグルになってジムリーダーとチャンピオンたちを一網打尽にする算段か。
まさか件のポケモンハンターたちの差し金なのだろうか。そんなことを思案するデンジの肩に重みがかかる。
「取敢えず、あの新米くんを抑えりゃいいんだろ」
行けるか、相棒――傍らに立ったオーバはニヤリと笑う。デンジは己の口元が引き攣っていたことを自覚し、指でそこを揉んだ。
「忍びねぇな」
パン、と手を叩く二人の背後で、他のシンオウメンバーもボールを持って立ちあがった。
(ダイヤ……!)
立ち向かう背中を見上げ、ヒカリが真っ先に思い出したのは別室で眠る兄のことだ。
幼馴染たちと一緒の筈だが、この揺れの中、この目で無事を確認しなければ安心できない。
揺れと不安で微かに震える脚を叱咤しながら、ヒカリは立ち上がる。
混乱するこの場を勝手に抜け出すのは、と少しの躊躇いが浮かんだとき、一際大きな揺れが起こって身体が倒れる。それを引き留めてくれたのは、タケシだった。
「大丈夫か、ヒカリ」
「タケシ……」
「……お兄さんのことか」
表情にありありと浮かんでいたのか、タケシは彼女の心情の理由を察したようだ。
「こっちは任せて、行って来い」
ヒカリをしっかり立たせて、タケシは彼女の頭を撫でる。久方ぶりに感じた彼の頼もしい温もりに、ヒカリはホッと安堵した。
「ありがとう」
短く言い、ヒカリは会議室を飛び出した。

「グリーン……!」
「……!」
ブルーの引き攣った声に、グリーンは顔を歪めた。
シンオウメンバーはデンジを筆頭にコウキを抑えようとしているが、派手な攻撃をして機体を破壊するわけにもいかず、苦戦している。
他のジムリーダーたちは内部にまで侵食してきた結晶を砕いたり、エスパータイプを使って下降する機体を支えようとしたりしているが、状況は芳しくない。
「はじまりの……き……?」
「イエロー先輩?」とシルバーが呼ぶ。彼の腕を支えにして膝をついていたイエローは、どこからか囁くように聴こえてくる声へ耳を欹てた。
「はじまりのきへ……」
「始まりの樹?」
シルバーの疑問に答えたのは、ハルカだった。
「オルドランにある樹のことかも! 野生ポケモンの楽園で、ミュウが住んでいるの!」
「それがどうしたって」
「……ダークライが、」
大きな咆哮が、その会話を遮った。一同の注目が集まるのは、ダークライと正面から対峙するレントラーだ。
レントラーは身を低くして唸り、ギラリとダークライを睨んでいる。どうやら何かを言い合っているようだが、内容が分からずデンジたちは眉を顰める。他のポケモンたちも怒りの表情露わにダークライを睨んでいた。
グリーンがイエローを見やると、彼女は顔を青くしてチュチュを抱きしめた。そのチュチュもダークライを忌々し気に睨んでいる。
「……始まりの樹へ、行けと……トレーナーを捨てて、ボールを壊して……」
「!」
グリーンたちは息を飲んだ。
「……やりすぎよ」
ボン、と爆発する音がして、突風がグリーンたちの背後へ吹きつけた。
コトネは、バクフーンとバンギラスの技によってあけた穴を背負っていた。彼女の据わったピンククリスタルはゾッとするほどの威圧感を孕んでおり、チャンピオンの風格を伺わせた。
「トレーナーとポケモンの絆を弄びすぎたわね、ポケモンハンター」
従姉妹の迫力に、クリスは思わず身体を震わせた。
パキ、と音がして、穴を塞ぐように結晶が顔を出す。コトネは舌打ちしてバンギラスに『はかいこうせん』を命じた。目を焼くような光線は、結晶を弾き飛ばす。しかしアンノーンがクルクルと浮遊すると、結晶はまた生え始める。
「キリがない!」
「くそ!」
加勢しようとハッサムのボールをとりだしたグリーンは、横から伸びる腕にそれを押し留められた。
「タケシ……?」
「カスミ……」
グリーンたちの前に並んだ二人はニコリと笑い、ボールを投げた。
「コダック!」
「ヌマクロー!」
「『サイコキネシス』!」
「『マッドショット』!」
ピタリとアンノーンの動きが止まり、ヌマクローの放つ泥によって吹き飛ばされる。
「……」
「何しているの! 早くその穴から外へ!」
「でも……」
言い淀むクリスの肩を叩き、コトネは先ほどの威圧感はどこへやら少女らしい明るい笑顔を見せた。
「私たちは大丈夫。腐ってもジムリーダーとチャンピオンなんだから」
「ね?」と片目を瞑る彼女の後ろの方には、呆れたように吐息を溢して微笑むマチスや肩を竦めるエリカたちの姿がある。
父から拳を背中へ当てられ、ルビーは言葉が見つからず顔を歪めた。そんな兄の様子を見てハルカが笑っていたのは秘密だ。
「サトシたちのこと、頼んだぞ」
タケシの視線を受け、グリーンも小さく頷く。それから座りこんでいた図鑑所有者たちを見やった。
「行くぞ――」
ダークライがそこへポケモンたちを誘導しているのなら、敵の本拠地かそれでなくても何か重要な場所であることは間違いない。もしかしたら、そこにレッドたちはいるのかもしれない。
「ええ、勿論よ!」
「レッドさんが、そこにいるかもしれません!」
「そうですね」
「サトシもね」
「僕らは彼らに借りもあるし」
「そうったい!」
「場所は私が案内するわ」
立ちあがる後輩たちを見回し、グリーンは口元を緩めた。
「――行こう」
彼らはその言葉に続いて穴から外へ飛び出す。
ポポポン、と連続した音を立ててボールが開かれた。リザードン、バタフリー、ドンカラス、トロピウス、アゲハント――個性あふれる翼が広がり、図鑑所有者たちは空へ躍り出た。
「始まりの樹へ」
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