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カタカタ、とキーボードを叩く音だけが、その部屋に響いていた。
パソコンに向かっていたリーフは少し手を止めると立ちあがり、窓を勢いよく開く。それから大きく息を吸い、
「このやろー!!」
庭の木々が震えるほどの大声で叫んだ。同じ部屋でパソコンに向かっていたユウキも手を止め、固まった肩を回した。
「意外と入念ですね。色んなサーバーを経由していて、大元の発信先が中々掴めない……アクセス履歴残す程度の腕だと、正直侮っていた」
「ほんと、腹が立つ……」
リーフはサッシの上で拳を作り、グッと唇を噛みしめた。彼女の声色に反応し、ユウキは風に揺れる亜麻色の髪を一瞥する。
「もっと、私に力があれば……!」
絞り出すような呟きに目を細め、ユウキは青い光を放つパソコンへ視線を戻した。
ユウキとリーフは他の図鑑所有者たちとは違い、トレーナーを引退している。元々積極的にバトルをしようと思わなかったリーフと、怪我によりバトルを続けることが難しくなったユウキは、トレーナーをサポートする仕事にやりがいを見出したのだ。
全く戦えないわけではない。しかし他のメンバーより劣る腕前は、彼らの足手纏いなる。少なくともリーフ自身はそう感じており、幼馴染家族が巻きこまれた事件解決に協力できない自身が情けないと感じているのだ。
ユウキからすれば、彼女のバトルの腕は高く見得る。曲がりなりにもあのファイアとJr.と幼少期を共にし、ポケモンたちの育成をしてきたのだ。それを劣って見せてしまうのは、自信の無さと、少しのトラウマからか。
ふと、ユウキの耳にピコンという軽い音と、目端に青以外の色の光が止まった。ユウキは僅かに目を見開き、「リーフさん」と上擦った声で彼女を呼ぶ。慌ててユウキの傍に駆け寄ったリーフは、共に画面を覗きこんで目を丸くする。
「これは……!」
ポリゴンの形をした追跡マークが、ある一点で止まっていた。
ウル、とリーフの瞳が微かに潤む。ユウキは小さく呟いた。
「……力になれないなんてこと、ないですよ」
メカニックと開発者。トレーナーと違う立場であっても、仲間であることには変わりない。


「すまねぇな、ミツル。いきなり巻きこんで」
「いえ」
口を開くと僅かに身体のバランスが崩れたので、ミツルは慌てて足と腕に力を込めた。
「まずは俺に礼を言うべきだろ」
ミツルの前で跨るラルドが、小さく唇を尖らせる。ミツルは苦笑した。
彼らは今、ラティオス、ラティアスの背に乗り、ジョウト地方上空を飛行していた。それというのも、ゴールドの頼みが理由である。
「もちろん感謝しているぜ、ラルド……っと、そこだ」
地図と地形を交互に見やっていたゴールドが、とある地点を指で指し示す。ラティオスとラティアスはそれに頷き、同時に降下した。
現在、カントー・ジョウト・ホウエン・シンオウの四地方を股にかけた違法ポケモンハンターが問題となってきているらしい。ポケモン協会が警察と協力して取り締まりにあたっているが、先日とうとうゴールドやラルドたちの先輩もポケモンハンターが主犯の事件に巻きこまれてしまった。そこで、ゴールド自らも事件解決に乗り出したと、ミツルとラルドが本人から聞いたのはそんな事情だった。
知り合いの伝手で手に入れた、違法ポケモンハンターの目撃情報地点は、各地方に点在している。何か手がかりを探すにもそれを普通の飛行タイプで周るには時間がかかりすぎる。そこで、ジェット機よりも速く空を飛べると言われるラティオスとラティアスの力を借りるため、知り合いであるラルドを訪ねたのだった。
ゴールドたちが降り立ったのは、森の中にある小道だ。所謂獣道と呼ばれるもので、石や木の根が土を押し上げ、少々歩き辛い場所となっている。
ラティアスの背から滑り下り、ミツルは辺りをキョロキョロと見回した。
一足先に地面へ足をつけていたゴールドは、膝を折ってしゃがみこむと、雨風に晒された土を指で摘まんだ。
「……やっぱ、時間が経ってからじゃあ、現場の痕跡で追えそうにはねぇな」
ふっと指についた土を吹き払い、ゴールドは立ち上がると伸ばしたキューで肩を叩いた。それから肩越しに振り返り「ミツル」と後輩の名前を呼ぶ。呼ばれた方は慌てて頷き、抱いていたラルトスを下ろすと、バッグに入れていたボールをとりだした。
「出てきて、カイ」
ポン、とボールから飛び出したのは、キリリとした目つきが鋭いリオルである。
カイとニックネームがつけられたこのリオルは、ミツルのポケモンではない。サファイアの兄で現在は父オダマキ博士の助手として働く、ユウキのポケモンだ。交換したのではなく、一時的に借りている状況にある。というのも、ミツルが最近新しくゲットしたラルトスのためだった。
このラルトス、感受性が豊かと言えば良いのか、頻繁にミツルや自身の心の機微を受信しては角を光らせてばかりなのだ。幼いラルトスはその受信を自分で制御できないようで、一度あまりの情報量に知恵熱を出してしまった。そこで、波動――波動も精神力の一名であり、ラルトスの受信する心も同種である――を操ることができるリオルを借り、ラルトスの受信量を緩和させているのだ。
しかし今からリオルに頼むのは、それとは違う波動の使い方である。
リオルはミツルに頷くと、手を胸に当てて目を閉じた。波動遣いでないミツルたちにも視認できる青の光が、薄くリオルの身体を包みこむ。フォン、とリオルの両耳が浮き上がった。
リオルとその近似種が感知、操作する波動は、オーラとも呼ばれる。それは生命力であり、精神力であり、息遣いである。あらゆる生物は大なり小なり波動を持ち、足跡として知らぬうちに残して生活している。それを辿ることができるのは、同じ波動遣いだけだ。
「どう? カイ」
光も浮かんでいた耳も収まったリオルに声をかけると、リオルは力強く頷いた。波動にはしばしばその生物の感情も宿し、その足跡を残す。今回リオルに辿ってもらったのは、悪意の痕跡だ。そのまん丸い瞳には、悪意を持った人間の行く先が形となって映っているのだろう。
リオルの指し示した方向を確認し、ラルドは地図を広げるとペンの蓋を口で引いてとる。それから×印と矢印が並ぶそれを指でなぞり、とある×印から矢印を伸ばした。
リオルの示す道を線として違法ポケモンハンターの目撃地点を結び、終着地点――アジトを探すのだ。
「大分、絞れてきたんじゃない?」
ラルドの広げた地図を覗きこみ、そうだなとゴールドは呟く。ミツルも同じように覗きこみ、伸びる矢印を目でなぞった。
「……ホウエン地方」

別々の場所でそれぞれの方法で捜索を続けていた図鑑所有者たちは、同じ場所に辿り着く。
『りくちのさいはて、うみのはじまり』
「……――ミナモシティ」

会議はもう始まっている時間か。救護室の時計を一瞥し、パールはそっと吐息を吐いた。
横から「どうぞ」とプラチナが紙コップをさしだしてくる。中身は湯気たつ茶色の液体で、匂いからすると紅茶らしい。パールは思わず目を瞬かせた。
「お嬢さまが淹れたのか?」
「ティーパックは初めてでしたが」
丸椅子を引っ張ってきた彼女は、自分の紅茶を片手にパールの隣へ腰を下ろした。パールは苦笑しながら、二人の前にあるベッドとそこで横になるダイヤへ視線を戻した。
あれから会議室へ向かう一行と別れ、パールとプラチナはダイヤを救護室へ運んだ。ダイヤは上等とは言い難い仮眠用のベッドに横たわると、ものの数秒で眠りについた。元来寝つきが良すぎるくらいで、さらに先ほどから船を漕いでいたためであろうが、違和感と不安感は拭えない。
――歌が……。
ダイヤのあの呟きが、気になってしょうがない。何か嫌なことが起こるのではないか――これ以上、何が起こるというのだろうか。
「……何か起きてたまるかよ……っ」
毛布の上に乗せられたダイヤの手をとり、パールは両手でそれを握りしめた。
しかしその願いも虚しく、世界が揺れた。
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