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コクコクと、ほどよく冷めたココアを飲み干す。じんわりとした甘みに、疲れも解けていくようだ。
ほう、と息を吐いたミツルは、膝の上でポロックを齧るラルトスの頭を撫でた。ラルトスの角が嬉しそうに点滅する。ミツルと並んでソファに座っていたカクレオンも、好みの味のポロックを頬張りご満悦だ。
「ありがとう、ラルドくん」
ポケモンたちを微笑ましく見つめ、ミツルはこのポロックの提供者へ礼を言った。
ミツルの向いに座って自分用のココアとクッキーを交互に頬張っていたラルドは、気にするなと手を振った。
「作ったのは俺じゃなくて、ケンジさんだしね」
「気にいってもらえたのなら良かったよ」
二人から少し離れた場所でスケッチブックを広げていたケンジは、ミツルとラルトスたちの位置関係を確認しながら筆を走らせている。
彼のスケッチの邪魔にならないよう、ミツルは声を抑えながらラルドへ話しかけた。
「それにしても、ラルドくんはジョウトにいるって聞いていたけど」
ここは、ホウエン地方のミシロタウン。オダマキ博士の研究所である。
ラルドは胡坐を組んで頬を掻くと、ちょっとした使いで来たのだと肩を竦めた。ケンジはマサラタウンでオーキド博士の助手として働いていたが、息抜きと見聞を広めることを目的にホウエンへ行ってみてはどうかと勧められたらしい。
「ミツルはどうして?」
「ちょっと近くに寄ったので」
ルビーか誰かがいれば、顔を覗いていこうかと思ったのだ。結果ラルドに出会えたのだから、無駄足ではなかった。
ミツルが笑うと、ラルトスの角がまた強く光る。「良い笑顔だ」とケンジは呟いて、鉛筆の尻を顎へ当てた。
「フロンティアで出会ったポケモンウォッチャーはカメラを使っていたけど、ケンジさんは使わないの?」
実際は記者で、博士の勧めによって自然とウォッチャーのような仕事をしているだけだが。
口端についたカスを払いながらラルドが問うと、ケンジは少々困ったように苦笑した。
「僕としては、こうしてじっと観察する時間を大切にしたいんだよね……カメラはそのときの瞬間を撮ることに適しているけど、スケッチは被写体と向き合う時間を長くすることで細部の発見に気づく……まあ、何を大切にしたいかで手段は違っているだけかな」
「ふーん」
「……聞いてきたくせにその生返事」
ガックリと肩を落とし、ケンジは力なく笑った。ミツルはクスクスと笑って、新しいポロックをラルトスの口元へさしだす。
ぽぅ、と角を光らせてポロックに飛びつくラルトスの頭を撫で、ミツルはココアを啜った。
がちゃん、と開け放していた窓から乱暴な音が聴こえ、カーテンが暴れる。ミツルたち三人は揃って肩を飛び上がらせ、音の聴こえた窓を見やった。
窓枠に行儀悪く足をかけ、伸ばしたキューで肩を叩きながら、彼は暴れるカーテンをひとまとめに脇へ避ける。
「よぉ、探したぜ、みょうちきりんボーイ」
頭と肩に乗るのはピチューとピカチュウ。見覚えのある色に、ラルドは軽く目を見開く。
「……お前の力が借りたい。頼む、エメラルド」
ダークゴールドの瞳を細め、ゴールドは帽子のつばを持ち上げた。

マサラの空気は澄んでいる。正に『まっさら』と言って良い。
窓を開けて涼やかな風を部屋に誘いこみ、Jr.はベッドの傍へ椅子を引っ張って座り、膝へ肘をついた。
ベッドにはシロガネやまから連れ帰った姿のまま、ファイアが眠っている。
遠慮がちにノックがされ、祖父のオーキドが顔を覗かせた。Jr.はそっと立ちあがり、扉の傍へ寄る。
「ハナコさんの様子は?」
「バリヤードとシゲルがついておる」
安心しろ、とオーキドは頬を弛ませた。
レッドから立て続けに、サトシ、ファイアと息子たちが襲撃されてしまったのだ。初めは「あの子たちの無茶には慣れっこです」と気丈に振る舞っていたが、彼女はトレーナーではない一般人。そろそろ限界なのだろう。
オーキドがそちらはどうだと訊ねると、リーフは首を横に振った。
ファイアのポケモンたちはオーキド邸の回復装置で回復しているが、当の本人は目覚める気配がない。大きな外傷もないだけに、心配がつのった。
「お前も根を詰め過ぎんようにな」
「分かっているよ」
じゃあ、と言ってJr.は扉を閉めた。キュゥと小さく鳴いて、イーブイが足元に擦り寄る。イーブイを抱き上げ、Jr.は椅子へ戻った。
呼吸に異常はない。汗もそれほどかいていない。額に散らばる柔らかい茶髪を指で掬い、手の甲を乗せる。
「……早く起きろよ、ファイア」
自分がいて、彼がいる。それなのに片方が意識不明だなんて。何のために自分は、あの従弟からトキワジムリーダーの座を譲り受けたというのだ。
「お前のため……いや違うか、俺の自己満足だけどさ」
色の抜けた髪を一房摘まんで、指で擦り合せる。少々痛んだそれは、何かの反抗意志を示してファイア自らが染めたものだったと、リーフから聞いた。誕生日が近いこともあって、あの二人は双子のように仲が良い。それが少し、妬けてしまうのだ。
手を持ち上げると、短い髪はするりと指の間をすり抜けていく。感触の残る指を唇へ押し当て、Jr.は目を伏せた。
「……お前の帰る場所に、なりたかったんだ」
――なれていたのかは分からないが。
キュー、とまたイーブイが鳴く。その頭を撫で、Jr.はイーブイを抱き上げたまま席を立つと、音を立てないように部屋を出て行った。
パタン、と静かに扉が閉められて、Jr.が階下へ降りていく音がする。
「……」
そっと、ファイアは目蓋を持ち上げた。
スッと上半身を起し、僅かな温もりの残る額へ手をやる。髪をかき上げるように梳いて、ファイアは窓の外へ視線をやった。
ピコピコと、枕元に置いた図鑑が点滅している。その原因は、窓の外でじっとファイアを見つめていた。
「……デオキシス」
デオキシスの目がチカチカと点滅する。それに呼応するように、図鑑の画面に文字が浮かんだ。
『チカラ ヲ カス』
「……兄さんの血を取りこんだやつか」
ベッドから降りて窓へ近づき、隙間を大きく開く。デオキシスはコクリと頷いた。
ファイアはどくどくと脈打つ胸を掴んだ。バトルを始めるときとはまた違う高鳴り、これが共鳴か。
シロガネやまで感じたものと、全く同じだ。レッドたちからは、彼のポケモンは戦闘でしか己を表現できないと聞いた。あの襲撃は多少――と言えるのはファイアたちだけかもしれない――荒い手法だが、デオキシスなりのコミュニケーションだったのだろう。
ファイアが選ばれた理由はデオキシスと並びたつほどの戦闘欲と、恐らく。
「……兄さんと同じ血は、俺にも流れているからか」
ファイアは目を閉じ、口元へ優しい笑みを浮かべる。それから目を開き、ファイアは胸を掴んでいた手を握って、デオキシスへさしだした。
「こちらこそ力を貸そう。血を分けた、もう一人の兄弟よ」
デオキシスはシュルリと触手のような腕を動かし、ファイアの拳に触れた。

「ファイア?」
微かな音が聞こえた気がして、Jr.は部屋の扉をノックした。静かに扉を開き、中を覗く。
「!?」
Jr.は目を見開き、慌てて中へ駆け込んだ。
ベッドはもぬけの殻。彼の帽子もリュックもモンスターボールも、当人の姿さえどこにもなかった。
「ファイア……! あの馬鹿……!」
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