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グリーンにその相談がやってきたのは、従兄であるJr.へトキワジムリーダーを譲って暫く経った頃のことだった。
カントー最強と呼ばれるべきは、レッドである。グリーンはセキエイで彼に敗北して以来再戦しておらず、その後の諸々の活躍で二人の実力が拮抗していると言われても、明確な決着はいまだつけられていない。しかしグリーンはある意味で妥当な打診であると思っていた。
幾ら最強の人物がチャンピオンだと言っても、昨今はジムリーダーと同じような事務仕事を始めとした職務が課せられつつある。レッドにそのようなデスクワークが務まるとは思えず、更に彼は自己の修行のため各地を放浪する傾向にある。
ジムリーダーにもそのような者はいるが、それも決して好ましいとは思われていない。できることならチャンピオンもジムリーダーもポケモン教会が居場所を把握し、一般トレーナーたちが実力試しに訪れることのできる定位置に留まっていてほしいところ。
そこで、ほぼ同等の実力を持つと思われているグリーンへ、カントーチャンピオンのお鉢が回ってきたのである。
「いいんじゃないか?」
レッド本人に相談すると、彼は膝に乗せたブイを撫でながら呑気にそう言った。思わずグリーンはレッドの額を指で弾いた。
「いで!」
「お前はチャンピオンの職務の重要性を分かっているのか?」
ベッドの上で胡坐をかく彼から離れ、グリーンはパソコン机の前に置かれた椅子へ腰を下ろした。
「チャンピオンはその地方の顔といっても過言ではない。他地方へ親善訪問することもある」
「昔はリーグで優勝すれば、それで終りだったのになー。その後に挑戦者が来るとしても、それを受けるかどうかは本人の自由だったし。博士なんて、優勝したあと、さっさとトレーナーやめて学者になっているし」
額を摩るレッドの発言に頷き、グリーンは頬杖をついた。
「排他的な地方があったからな。前シンオウチャンピオンがその地方と交流を深めようと個人的な活動を続けていくうち、他のポケモン協会が真似し始めたというところか」
徐々に四天王、チャンピオン制度が確立し、各地方リーグ優勝者はその五戦を勝ち抜いて初めてチャンピオンと呼ばれるようになった。レッドやヒビキたちの頃より難易度は上がっているが、それでも未だ新しいチャンピオンは現れていないので、彼らの実力はハッキリしているだろう。
ブイを抱きしめ、レッドはゆらゆらと前後に揺れた。
「俺としてはいろんな地方へ行けるのは楽しいけど……書類仕事かぁ」
「お前には向かないだろうな」
「グリーンが代わりにやってくれたらなぁ」
「いいぞ」
軽く返ってきた肯定に、レッドは目を瞬かせた。グリーンは口角を持ち上げ、片目を瞑ってみせる。
「本当?」
「あくまで代行だ。名実ともにチャンピオンは、いつか勝ち取ってやるさ」
「あはは。楽しみにしているよ、グリーンとのバトル」
くしゃくしゃとブイの頭を撫で、レッドはクスクスと笑った。そういった経緯のもと、グリーンは書類上カントーチャンピオン代行の名を請け負うことになったのだ。



コウキは、「成程……」と呟いて口元へ手をやった。
「状況が一刻を争うことはよく分かりました。……ファイアさんのことも心配だ」
グッと眉間に皺を寄せ、コウキは一度自分の従弟を見やる。それからグリーンを見上げ、会議で他のジムリーダーたちの協力を仰ごうと言った。グリーンは固い表情のまま頷く。
「ダイヤ?」
部屋の隅で椅子に座っていたパールは、隣に座るダイヤの顔を覗きこんだ。
それまでパールの肩へ寄りかかるように頭を乗せていたダイヤは、少し首を動かして部屋の中央に立つ従兄を見つめている。あれ以来、身体が回復しようとしているからか眠気が絶えないらしく、垂れた目はいつも以上にぼんやりとしていた。
「コウキ……?」
「ダイヤ?」
「歌が……」
ダイヤの耳に、微かに届く鼻歌のような音。それは確かに、コウキの方から聴こえてきていた。
しかしその音が分からないパールは、眉間に皺を寄せて首を傾げた。やはり無理をさせず、休養させておくべきだった。
「ダイヤ、お前」
「大丈夫なのですか? ダイヤモンド」
傍にいたプラチナも心配そうな顔で膝を折り、救護室で休んでいるよう言った。
ダイヤはゆっくり微笑むと、大丈夫だと首を振る。ぺちん、と彼の額を指で弾いたのは、妹のヒカリだ。彼女は若干赤い目を吊り上げて、腰に手を当て、ダイヤを見下ろした。
「もう、仲間に心配かけないでよ、ダイヤ。怪我人は言われた通り休んでいて」
無茶をしすぎる人間をよく知っているから、とヒカリは小さく付け足した。ほんのり赤くなった額を撫ぜ、少々呆然としていたダイヤはヘラリと顔を崩す。
「……うん、そうするよ。心配かけてごめんね、ヒカリ。パールとお嬢さまも、ありがとう」
「いいえ」
胸元に手を重ね、プラチナは優しい笑顔で首を振る。パールは頬を掻いて、照れ臭そうに笑った。
コンコン、と部屋の扉がノックされる。コウキが返事をすると、扉を開けて金髪の男が顔を覗かせた。コウキはパッと顔を輝かせ、彼の男の元へ駆け寄った。
「デンジさん」
「久しぶりだな、コウキ。チャンピオン業務には慣れたか?」
「俺が四天王としてサポートしてんだ、平気だよな!」
ひょい、とデンジの後ろから真っ赤な頭の男も顔を出す。どこか眠たげな様子のデンジと、笑い声の大きなオーバは、普段の様子だけ見れば正に静と動。少々従弟たちを彷彿とさせる漫才具合にコウキは、あはは……と渇いた笑みを漏らした。
「そろそろ時間だぜ、今日の主催者さん」
「あ、はい」
くい、と親指を動かすデンジに頷き、コウキは背後に並ぶグリーンたちを見やった。
「会議が、始まります」

元々、最大20名ほどが集まることを想定した会議室。それが四倍となり、更に図鑑所有者たちが数名参加するとなれば、狭く感じるのは当然のことだった。
会議室の最上座、大きなプロジェクターが広がる前に、コウキが立つ。常の服装の上からチャンピオンマントを纏い、帽子をとった姿の彼はぺこりと一礼した。コウキの足元では、彼の一番の相棒であるグレイシアとリーフィアが凛とした様子で控えている。
「この度は、ご多忙のところ若輩者の召集に応じて下さり、深く感謝いたします」
資料はあらかじめ、メールで送ってある。数人は頷きながら、手元のポケギアや紙媒体へ目を落としていた。コウキは胸元へ手を当てたまま、口元を緩めた。
「……」
デンジはそっと目を細める。とぷん、とコウキの影が波打ったようだった。
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