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シンオウ上空に浮遊する建造物。ポケモン協会シンオウ支部の浮遊システムである。今代のシンオウチャンピオンが、ホウエンのそれを見てこの地方にも導入したと聞く。
初めて足を踏み入れる建物に、ヒビキは興奮を隠せずキョロキョロと辺りを見回した。ソウルも心なしか浮足立っているよう。
空中邸とは、魅力的な響きである。こんな状況でなければ存分に探索を楽しみたいところだ。しかしそこまでの時間も遠慮も持ち合わせていない二人は、協会の最端にあるベランダのようになった展望エリアで目下に広がる雲の海を眺めていた。
「ヒ〜ビ〜キ〜く〜ん〜」
地の底を這うような、しかし聞き覚えのある声にヒビキはビクリと肩を飛び上がらせた。逃げる間もなく両肩を背後からわしづかみされ、身体が硬直する。隣に並んでいたソウルも、音が聞こえるほど石化した。
「ど〜して連絡しないのよ〜」
「ここ、コトネちゃん!」
ごめんなさい! と反射的にヒビキは叫んでいた。背後の人物はパッと手を放し、すっかり呆れたように吐息を漏らした。
「全く、ソウルくんもしっかりしてよね」
二人は慌てて振り返った。
そこにいたのは、彼らのトレーナー仲間で現ジョウトチャンピオンのコトネ。彼女はぷっくりと頬を膨らませている。ヒビキとソウルはこっそり視線を合わせ、揃って冷や汗を浮かべた。
レッド誘拐から始まる一連の騒動のせいで、彼女から召集がかかっていたことを、すっかり忘れていたのだ。可愛らしく怒りのさまを表現している少女が、鬼とはかくやというバトルや衝動を秘めているということを、二人は身に染みて知っていた。
びっしょりと背中に冷や汗かく二人を知ってか知らずか、コトネは腰に手を当て「もぅ〜」と可愛らしく唇を尖らせる。
「欲しいって言うからポケモンハンターの情報を渡したのに、定期連絡ないなんて。こっちはちょっと心配していたんだから」
「ごめんなさい! ……って、え?」
情報とは、何のことだ。ヒビキは首を傾げ、同じように疑問符を浮かべるソウルと顔を見合わせた。コトネは腕を組み、片手に握ったバクフーンのボールをチラつかせた。
「いきなりやってきて情報ぶんどっておいて、その後の報告しないのは失礼じゃない?」
「ちょっと待って! コトネちゃん!」
ボール越しに感じる熱気に、ヒビキは慌てて手を振る。
「情報くれたってどういうこと?」
「何? 白を切るの?」
「そうじゃなくて!」
全く話が見えないのだが、今のコトネに何を言っても無駄か。
おい、とソウルはヒビキの腕を引いた。
「もしかして、お前の兄なんじゃないか?」
「!」
ソウルの囁きに、ヒビキは暫し考えた後そうかもしれないと頷いた。
二人のやり取りに小首を傾げ、コトネは何の話だと問うた。ヒビキはガシリと彼女の両腕を掴み、ズイと顔を近づける。
「コトネちゃん、情報を貰ったあと『僕』はどこへ行くって言ってた? いや、何か言ってなかった?」
「な、何よ……」
コトネは勢いを削がれ、どぎまぎしながら頬へ手をやった。
「私はただ、ジョウトでポケモンハンターが目撃された場所を教えただけで……」
「それ、僕にも……いや、もう一回教えて!」
「はぁ?」
コトネはさっぱり分けが分からないと顔を歪めた。しかしヒビキとソウルがあまりにも真剣な顔で詰め寄るので、迫力に気圧されおずおずとポケギアをとりだす。ポチポチと操作をし、コトネは「……メールで送ったわよ」と吐息交じりに言った。ヒビキは急いでポケギアをとりだし、新着メールの添付ファイルを確認すると、ソウルと顔を見合わせて頷いた。
「ありがとう、コトネちゃん!」
「あ、ちょっと!」
ヒビキは大声でそれだけ言うと、ソウルと共に駆けだした。コトネの声を背中に、二人は柵へ足をかける。「そういえば」と、コトネがふと思い出したように声を上げた。
「あの子は今日一緒じゃないのね」
「あの子?」
柵へ乗り上げた状態で首だけ回し、ヒビキは首を傾げる。コトネは何かを諦めたように目を細め、腕を組んでいた。
「情報教えたとき一緒に来た、クロワッサンみたいな頭の子よ」

「グリーンさん!」
声をかけられたグリーンは、廊下を歩く足を止めて軽く振り向いた。
廊下を小走りで近寄ってきたのは、今回の四地方合同会議主催者・コウキだった。彼は少し上がった息を整えながら、ぺこりと頭を下げた。
「今回はありがとうございます」
「いや、こちらとしても有り難い」
グリーンの言葉に、コウキは小首を傾げた。後で説明すると言って、グリーンはポケットへ手を入れる。
「それよりすまない、こちらはジムリーダーが一人欠席で」
「いえ、急な話でしたし、大切なご用事ならば」
「……その内容についても話がしたい」
事前に連絡した通り会議に同席する図鑑所有者たちを集めてくれたかと問うと、コウキは会議室より数室手前の一室を手の平で示した。
「あそこです」
礼を呟いて、グリーンは足早にその部屋を目指した。
ガチャリ。コウキを連れて部屋の扉を開いたグリーンへ、既に集合していた図鑑所有者たちの視線が集まる。グリーンは部屋の片隅に佇むブルーと軽く視線を合わせて、部屋へと入った。

「そんなことが……」
グリーンの説明を聞き、ルビーは眉間に深く皺を寄せた。今初めて事情を知った面々は不安気な顔色だ。
それもそうか、一番実力があるといっても過言ではないマサラのトレーナーが、二人も敵によって倒れてしまったのだ。ハルカとヒカリは、嘗ての旅仲間までもが失踪してしまったことに顔を青くし、椅子に座りこんでいる。
「じゃあ、ファイアさんとJr.さんがいないのは……」
「ファイアは自宅療養中。Jr.はその付き添いだ」
Jr.と共に、シゲルや他サトシが旅先で知り合ったトレーナーたちも、マサラに残っている。シンジはまだ本調子じゃないためで、シゲルは殆どJr.と同じ理由だ。ジュンは何故か渋い顔をして「連絡寄越してきたくせに、俺のことを放り投げるほどの相手といて、デレデレする弟を見るのは辛い」とよく分からないことを言っていた。ユウキとリーフはマサキと共に、引き続きハンターたちの動向をネット上で追っている。
ヒビキたちの様子が可笑しかったのはそのためかと、やっと気づいたコトネは口元へ手をやり、吐息を漏らした。あとこの場におらず、行方が掴めていないのは――と考えてコトネは傍らでポケギアに話しかけるクリスを見やった。
「え!」
クリスは上擦った声をあげ、どもつきながらも礼を言うとポケギアの通話を切る。それから皆の方へ向き直り、頬へ手を当てた。
「エメラルドくん、どうやらゴールドと一緒にいるみたいです……」
グリーンやブルーたちは目を見開き、コトネはぼんやり頭に浮かんだクロワッサンに小首を傾げるのだった。
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