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鬱蒼と茂る森は、いつかと何も変わらない。
落ち葉の踏みしめる音を聞きながら、ミツルは顎に流れる汗を袖で拭った。
少し先の草をかき分けながら歩いていたカクレオンが心配するようにこちらを見たので、安心させるように微笑んで返す。息は多少切れていたが、酸素マスクをつけるほどではない。以前と比べれば、格段に成長している。
生まれつき病弱なミツルは嘗て、少し走っただけでも肩で息をするような少年だった。それが、療養したのが良かったか、その後のちょっとした冒険で鍛えられたか、今ではこうして冒険に出られるまでになっている。
初めて捕まえたポケモンと共に、自分の足で歩く――夢にまで見た光景だ。こうしていることが彼に近づけているようで、心が沸き立った。
(いつか、彼にも会ってみたいな……)
背中のリュックの中にしまった手紙と、それの送り主である、一時だけ共に戦ったポケモンの運命のパートナーの姿を想像して、ミツルはまた笑みを溢した。
「ん?」
ふと、森が騒めいているような気がして、ミツルは屈めていた腰を伸ばして空を見上げた。
ザワザワと揺れていた葉は、唯でさえ暗ぼったい印象の森を、更に陰鬱としたものに見せてくる。カクレオンも怪しみ、ミツルの足元に警戒して立った。
暫くすると、ドクケイルやアゲハント等森に生息するポケモンたちが種族入り混じっての集団で、ミツルの足元や近くを通り過ぎて行った。驚いて木に背中をぶつけた彼らのことなど、ポケモンたちは気にしていない。
そんな集団は、すぐに姿を消した。そのあとを目で追っていたミツルは、隣で同じように呆然としている相棒と、どちらともなく顔を見合わせる。
「……何だったんだろう」
彼らは知らないことだったが、トウカの森に限らず、最近各地で少々妙な野生ポケモンの行動が観測されていた。
それが予兆だとは、誰も今は分からなかったのである。
判明するのはそれから二週間後――四地方合同会議でのことであった。

ミツルがそんな体験をしてから数日後、フタバタウンのとある一軒家に彼らは集まっていた。
一人息子が幼馴染と従兄以外に女の子を二人も連れてきたと聞いて、アヤコは笑みを禁じ得ない。腕によりをかけたお菓子をジュースと共に息子の部屋に届け終えた彼女は、リビングでべーと共にお茶を啜っている最中だ。
帰宅したばかりのベーは、主人と同じように泥だらけであったが、今は綺麗に毛並を整えられている。そう言えば幼馴染の彼も泥だらけになって、息子を抱えていた。アヤコの胸に、以前彼らが無茶した時に過った一抹の不安が、再び頭を擡げた。しかし何とか押し込めて、お茶で流し込む。
「あの子をよろしくね、べー」
べーはポフィンを食べる手を止め、コテンと首を傾げた。
育て屋から引き取った彼は、聞くところによるとその道の才能を秘めたトレーナーの手によって孵ったのだとか。更に彼のたまごのおやは、バトルで好成績を残しているとも聞いた。
それが息子を守る力の糧となればと、そう祈ってアヤコは藍色の毛並を撫でた。

「ダイヤ……」
ベッドに寝かせたダイヤは、未だ目を覚まさない。汚れた顔は濡れタオルで拭き、服も着替えさせたので一見にはただ眠っているように見える。
パールは掛布団の上に乗る、ふっくらとした手をぎゅっと握った。
「……で、説明してもらおうか」
何故二人がここにいるのだと、ルビーはローテーブルを挟んだ向かい座る自身の弟妹に視線だけで問うた。しかも貴方まで、とルビーが視線だけやった先には、黙々とパソコンに向かうユウキの姿まである。
「すみません、ルビーさん。実は僕が協力をお願いしたんです」
ルビーの左隣に座っていたコウキが、困ったような笑みで言った。彼に対しての不満ではなかったので、気にしないよう言ってルビーは息を吐く。
そんな彼の左側では、久々の再会に喜ぶプラチナとサファイアが座っている。そんな彼女の態度も、ルビーの不機嫌の原因ではないかと、実は考察するコウキなのだった。
「ホウエンとシンオウの舞姫の揃い踏みですね! 感激です!」
プラチナのキラキラとした瞳を受けて、ハルカとヒカリは照れたように顔を見合わせて、頬を掻いている。ルビーは憮然とした態度で頬杖をついた。
「ルビーどうしたと? 嬉しくなかと?」
そんな彼を肘でつつき、サファイアは小声で訊ねる。ルビーの大好きなコンテストで好成績を残した二人で、しかも片方は肉親だ。もう少し違った反応をすると思っていた。
「お兄ちゃん、拗ねているんだよ」
「マサト!」
こそっとサファイアに耳打ちしたマサトに、ルビーの鋭い声が飛ぶ。マサトは小さく肩を竦めて、カゲボウシとのじゃれ合いに戻った。
「もう、まだ根に持ってるのかも!」
「何の話?」
先ほどまですごい勢いでブラインドタッチをしていたユウキが、一旦手を止めて椅子を回し、興味ありげにこちらに視線を向けている。ハルカは首を竦め、呆れたように吐息を漏らした。
「自分の時はすっごく反対されたのに、私の時はそんなでもなかったから、拗ねてるのかも」
「けど実際、コンテスト挑戦は許してたんでしょ? センリさん」
十歳になったのだから自分の決めた道を進むことを許す――センリはそう決めていたのだが、それを聞く前にルビーが家出をして勝手にコンテストへ挑戦してしまったのだ。一応ルビーとセンリの間で決着はつけたものの、ホウエンの騒動が収束してルビーもコンテスト制覇後に帰宅すると、家出したことに関するそれ相応の罰は受けたらしい。
「僕は、お姉ちゃんがそのことに関して散々からかったせいだと思うけど」
小さく呟いて、マサトは擦り寄ってくるカゲボウシを撫でた。額に手を置きルビーは大きく息を吐くと、未だすまなさそうにこちらを見ているコウキに気にしないよう掌を向ける。
「オーケー。それで、僕たちに頼みたいことって?」
コウキはそれに小さく頷いて、一息入れるように咳払いを溢した。
「今、先ほどのようなポケモンハンターが、ホウエンとシンオウに横行しているんです」
元々はポケモンを乱獲して売り捌いていた小悪党だったが、最近は特に捕獲禁止に指定されている珍しいポケモンを狙っている。どうやら、大きな支援者が背後についたようだ。更に団体というより少人数のチームで、若い男二人と女一人が主要メンバーであるらしいということまで判明している。
「先輩たちには、その取締とアジト捜しを手伝って欲しいんです」
「了解」
「分かったわ」
「調査の結果、ハンターグループはネット上でポケモンの売買をしていることも分かりました。ですからユウキ先輩には、」
「任せてくれ」
コウキの言葉を遮り、ユウキはキーボードを操作しながら片手をヒラリと振る。成程、だからカントー出身の先輩に次いでネット関係に強い彼へお鉢が回って来たということか。
「でも、僕たちだけではとても手が足りない。だから、今度、四地方合同会議を開く予定です」
言いながらコウキが取り出して見せたのは、一枚の封筒だった。会議を報せる手紙らしく、同じものを各地のジムリーダー・チャンピオン・四天王に届けているという。
「パールには、ジュンを借りたいんだ」
「兄ちゃんを?」
「うん。丁度、カントーのマサラ近くにいるってこの前聞いたから」
「そういうことなら」
パールは頷いてポケッチに登録したアドレスから兄の物を探した。
「パール……」
その最中に小さな声を聞き、パールは手を止めてベッドを見やった。
「ダイヤ……!」
「もしもし、パー……」
応答のあるポケッチを放り、パールはバッと飛びつくようにダイヤを覗きこむ。投げ出されたポケッチは真っ直ぐコウキの手に収まり、返事がないために叫び出すジュンを彼が宥めにかかった。
パールは、いつものようにのほほんとした笑みを見せる幼馴染に、安堵し肩の力を抜いていている。彼の隣に駆け寄ったプラチナも、変わりないダイヤの様子にほっと息を吐いた。
「大丈夫か?」
「うん、心配かけてごめんねー。お嬢さまも」
「いいえ、気にしないでください」
主人の無事な姿を見て、嬉しそうにロトムもくるくると彼の周りを回っている。因みにるーたち他の手持ちは、大きすぎるためボールの中だ。カタカタと揺れるボールをそっと撫でて、ダイヤはパールの手を借りながら体を起した。
「コウキくん、オイラも手伝うよー」
「おいダイヤ、無理するな」
「そうだよダイヤくん。先輩たちにも手伝ってもらうから、無理しなくても大丈夫だよ」
「オイラが力になりたいんだよー」
にぱっと笑って、ダイヤは握ったボールに目を落とす。その様子を見つめ、パールはぎゅっと拳を握った。
(今度は、守る――)
それに呼応するように、彼の腰についたボールの中でサルヒコの炎が渦を巻いた。
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