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「あそこだね」
「おっけー」
上空から地上へ飛び降りるは、揃いの服で身を包んだ少年少女。手慣れたもので、着地は容易い。
「ここが……」
「シンオウ地方」
すっかり慣れた温もりを握り合い、紅と藍の瞳は崩れかけた遺跡を見つめた。

【第二話】

ルビーから手伝ってほしい、とサファイアが連絡を受けたのは、前日のことだった。
特に支障はないと思い引き受けたものの、気まずいことこの上ない。例の返事は未だ貰えず、親友ともライバルとも言い難い関係は継続したまま、今だって癖のようにどちらからともなく手を繋いで降下し、着地してからあっさりと離す。手の平に残る温もりを名残惜しく思うのは、サファイアだけだろうか。
「行こうか」
ぼんやりとしていると、今度は肩を叩かれる。サファイアは我に返り、力強く頷き返した。
「最近、シンオウとホウエンでポケモンハンターの犯罪が横行しているんだ」
今回のことは、ルビーが発端ではない。ルビーも、ホウエンチャンピオンであるダイゴから頼まれたのだ。特に伝説のポケモンが多く確認されているシンオウで、ハンターの取り締まりに協力してほしいということだ。
シンオウチャンピオンの依頼でハンターの取り締まりを行っているのはいずれも図鑑所有者で、そのうち三人はサファイアたちも知る顔だと言う。
そこで待ち合わせ場所として、世界の始まりの神話が眠る遺跡にやってきていた。
「プラチナたちと、また会えるんね」
「ああ。もう着いているかもね」
二人に初めてできた後輩たちのことが、可愛くないわけがない。スキップしそうな勢いのサファイアは、不意に足を止めた。
「サファイア?」
「……なんか聞こえんかった?」
「君の聴力に敵うわけないだろう」
顔を引きつらせつつもどこから聞こえたのかとルビーが問うと、少し考えてからサファイアは遺跡の方を指さした。思わず、ルビーは眉を顰める。
一見して遺跡に変わった様子はない。ならば、異変は内部か。しかし立ち入り禁止の札もあるというのに、何故。
経験のお陰か、ルビーの脳裏に浮かんだのは悪の影だった。
「サファイア、行こう!」
「ルビー?」
理由も告げず、ルビーは駆け出す。それに驚いたものの、彼の真剣な表情にただ事ではない雰囲気を察し、サファイアは後を追った。
崩れた入口を閉じる鎖を飛び越えた二人は、そこにあった状況に驚き足を止める。
「プラチナ?!」
そこにいたのは、苦痛に顔を歪ませ宙に浮くプラチナと、彼女の傍らに立つムウマージを連れた女トレーナー。二人に気づいた女が舌打ちすると同時に、ルビーはボールを投げていた。

それより数十分程前。シンオウ地方の別所。
「ポケモンと言えばー」
「ポケモンと言えばー?」
今日も今日とて道中漫才の練習しながら歩く、パールとダイヤの姿があった。パールは得意のツッコミを決めたが、どうも満足出来ない様子で腕を組んだ。
「お腹すいたなー」
「またかよ」
漫才の前にも食べていた筈なのに、お菓子を広げ地べたに座り込むダイヤ。苦笑しつつ、パールもその隣に腰を下ろした。
約束の時間には間に合うだろうから、少しくらいのんびりしても良いだろう。ダイヤはお菓子を分けようと、手持ちを全て出した。
「パール?」
じっとこちらを見つめるパールに、ダイヤは小首を傾げた。
鼻頭にはシュークリームのカスタードをつけている。少し間抜けな顔。
パールは首を振った。それからダイヤの鼻先のクリームを指で拭ってやる。すると、ほわん、と効果音がつくような――実際パールには聞こえたのだから末期である――笑顔が浮かぶ。思わず顔が赤くなってしまい、パールは慌てて視線をそらした。
そんなパールの心情を少しも察しないダイヤは、呑気にロトムと笑い合っている。
幼馴染みの彼に、そういう意味での好意を抱いていると自覚したのはつい最近だ。自分を庇って胸を貫かれたダイヤの、徐々に消えていく体温に触れて、心臓が凍るほどの絶望を覚えた。喧嘩もしたが、いつの間にかパールの中でダイヤの存在は大きなものとなっていたのだ。
二度とこの手を離さない。あの戦いの後、密かに心に刻んだパールの新しい誓いだ。
「へー、レジギガスとロトムか――珍しいの連れてるな」
そんな和やかな雰囲気に水を射したのは、小馬鹿にしたような男の声。
驚いたパールたちが立ち上がるより早く、背後から伸びてきた触手二本が、二人を捕らえた。
ぎり、と身体を圧迫するのは、モジャンボの触手だ。パールは腕をまとめるようにして腰に巻き付かれているため、ボールを開けそうにない。
ダイヤのポケモンたちが技を出そうと構えるが、捕まる二人を見せつけられ、歯痒さで顔を歪めた。
「……ぎー……!」
首を圧迫されているため苦痛に顔を歪めながら、ダイヤが呟く。その意図を察したのか、ぎーはロトムを抱え後ろへ飛び退いた。
一瞬遅れて、地面にグランブルの拳が沈む。巨体に似合わぬその身軽さを感心して、口笛を吹きながら、男はモジャンボの傍に降り立った。
「なんだ、あんた……」
「まあ、なんつーの、ハンター?」
は? と思わず聞き返したパールは、間抜けな顔をしていたことだろう。男はにやりと顔を歪めた。
「ポケモンハンター、だ」

「ポケモンハンター?」
NANAとどららを出したもののプラチナを人質にされ、ルビーたちは手を出せない。それも計算づくだったのか、女は余裕そうに構えルビーの疑問符に頷く。
「伝説のポケモンをつかまえて、高く売り捌こうってわけ。ここシンオウには、沢山いるって云うじゃない」
赤く彩られた唇が弧を描く。それに吐き気すら覚えて、ルビーは小さく舌打ちした。悪い予感が当たってしまった。
「プラチナを放せ!」
サファイアが、比喩ではなく実際に噛みつくように叫ぶ。女は無感動にプラチナを一瞥した。
「このお嬢ちゃんのこと? ごめんなさいね。ここの入口を壊したら、急に怒鳴ってきたものだから、少し静かにしてもらっただけよ」
女が言い切ると同時に、プラチナの身体が二人へ向かって飛ばされる。ルビーとサファイアは咄嗟に手を伸ばすが支えきれず、三人揃って地面に尻もちをついた。
「プラチナ! 無事と?!」
「ぅ……はい、面目ないです……」
サファイアが肩を抱いて体を起こすと、頭が痛むのかプラチナは顔を歪め、こめかみを手で押さえた。
「NANA、『ほえる』!」
NANAは口を大きく開く。空気を揺らす咆哮は狭い洞窟という場も手伝って、女とムウマージの耳を強く劈いた。顔を歪め怯んだ瞬間をついて、プラチナを背負ったサファイアと共にルビーは外へ飛び出した。
遺跡の中で派手な攻撃はできない。重要な遺物を破壊してしまう恐れがあるからだ。まだ解読出来ていなかったのだろう、女も遺跡を入口以外は破壊することもせず、三人を追ってきた。
「サファイア!」
「はい!」
プラチナを降ろし、とろろに彼女を頼む。葉に隠されるプラチナを見届け、サファイアはルビーの手を取った。

「手始めにそこの二匹を貰おうか」
男の言葉が合図のように、ぎーの背後からグライオンが現れる。挟まれたぎーが二の足を踏んだ隙を逃がさず、二匹は襲い掛かった。
しかし伝説のポケモンの名は伊達ではない。ぎーは咄嗟に体制を落とすと、規格外の拳を地面に叩きつけた。バキ、と地面が割れ破片が辺りに飛び散る。大きなそれらにぶつかり、グライオンとグランブルは揃って地面に転がった。
「くそ!」
悪態をついて、男は腰のモンスターボールに手を伸ばす。が、それを掴む直前で、彼は不自然に動きを止めた。
スパッとモジャンボの蔓が切り落とされ、パールは地面に膝をついた。倒れるように落下したダイヤは、レジギガスが受け止める。
キラリと、男の喉に突き付けられた牙が輝いた。
「そこまでです」
男に牙を突き付けるガブリアスの影から声がして、パールには見覚えのある少年が姿を現した。思わず彼は、ポカンと口を開く。
「……あ……」
「――シンオウ地方チャンピオン、コウキの名において」
足元に控えたグレイシアとリーフィアが、優雅にしかし警戒を怠らない様子で、しゃりしゃりと歩み寄った。
「ポケモンハンター、お縄を頂戴します」

「そう簡単に逃がさないかも!」
「覚悟しなさい!」
そう高らかに叫んで女とルビーたちの間に割って入ったのは、バシャーモとポッチャマを引き連れた二人の少女だった。呆気にとられる三人に、少女たちはきっと強い眼差しを見せつける。一人ルビーは嫌そうに顔を歪めた。
「ヒカリ! ……それと、ハルカ」
「ちょっとルビー! 感じ悪いかも!」
「……耳元で叫ばないでくれ、うるさい……」
「サファイア、プラチナも! 久しぶりね!」
「まあ! ハルカさん、ヒカリさん、お久しぶりです!」
「お姉ちゃんたち……今はそれどころじゃないでしょ」
先ほどまでの緊張感はどこへやら、賑やかに騒ぎ始める五人に向かって、そんな呆れの声がかかる。それはハルカとヒカリに付き添って来たマサトで、傍らでは彼に同意するように揺れるカゲボウズもいた。
マサトの窘めによって一番に我に返ったのは、ペースに乗せられて手を止めてしまった女だった。
「ちょっと、私を無視するんじゃないよ!」
腰に手を当て、女は怒りと呆れを抑えるように目を閉じる。彼女の指示を受け、ムウマージは『サイコキネシス』を放った。
「バシャーモ、『ほのおのうず』!」
「ポッチャマ、『ハイドロポンプ』!」
「ちょ、それは!」
心なしか、コンテストの時よりも勢いの強い炎と水の渦。それを見て顔を青くしたルビーは、咄嗟にサファイアとマサトの手を引いて、トロピウスの影に飛び込んだ。
次の瞬間、辺りを襲ったのは、ルビーたちも巻き込みかねないほどの爆発だった。
「やりすぎだよ、お姉ちゃん!」

ポケッチの応答なし。それだけで何があったか察したコウキは、深々と溜息を吐いた。
話をしたとき彼女たちの意気込みは十分すぎるほどあったから、何となく嫌な予感はしていたのだ。一緒にいるのは知り合いの弟であるし、余程のことさえなければ安全であろうが……と、そこまで彼が考えたところで、おずおずと背後から声がかかった。
「久しぶりだな、コウキ」
「久しぶり、パール」
笑顔を返しながら、コウキはパールの様子を観察する。頬に汚れをつけたパールの腕には、気を失ったダイヤの姿がある。
結局男を取り逃がしてしまったが、従弟たちは無事だ。そのことにほっと息をつき、しかしチャンピオンとしての役目をまず果たそうと、コウキは気を引き締めた。
「突然ごめん。どうしても君たちの力を借りたかったんだ」
そして、先輩たちの。その言葉で、パールはハッと顔を上げた。恐らく兄のことも、と思い至ったのだ。それを肯定するように頷き、コウキは言葉を続ける。
「今シンオウに蔓延る脅威は、恐らくこの地方だけのものじゃない――だから僕は、全地方のジムリーダーとチャンピオンに召集令をかけた」
場所は、ホウエン地方上空。ポケモン協会所持の飛行艇の中で行われる。――ジュンがマサラを訪れる、五日前のことである。
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