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ホウオウの名が出た時、微かに空気が強張った。最もその理由を知るのはブルーたち四人だけで、シゲルたち四人は気づいてもいないようだった。
仮面の男に使役され、子供を攫った伝説のポケモン。まさかサトシまで、と一抹の不安が過ったがそうではないらしい。
ただ、ホウオウを何度か目にしたことがあるだけ。それだけ聞けばなんでもないことのように思えるが、それが伝説のホウオウとなれば話は変わってくる。何せ、ホウオウの古巣であるエンジュのジムリーダーで長年その姿を求めている男ですら、見たのは一度きりであるというのに。確かにホウオウとサトシには何か関わりがありそうだ。
その時突然、玄関から大きなノック音が聞こえた。
「オーキド邸ってここだろ! 誰かいないのか!?」
切羽詰まった声に慌ててクリスが応対する。扉を開けた先に立っていたのは、金髪の少年だった。
なんだってんだよ! と一人で喋り倒す彼は、背中に顔色の悪い少年を背負い、なぜかサトシのポケモンたちを連れていた。
けが人のために、急いでベッドと治療薬を用意する。手当てをイエローとクリスに任せ、シゲルがジュンと名乗る少年に事情を訊ねる。
早口ながらもジュンは丁寧に、用事でマサラを訪れ偶然ポケモンに襲われているシンジ――毒にやられベッドで寝ている少年のことだが、シゲルは名前だけサトシから聞いていた――とサトシを見つけたと説明した。
一同の顔が青ざめる。サトシの姿だけが、この場にはなかったからだ。シゲルはけが人の前だということも忘れ、手近な家具に拳叩きつけた。
「……う」
その音のためか、ぴくりとシンジの眉が動き、ゆっくりと瞼が上がる。
「気がつきましたか」
「……ここは」
「オーキド邸です。僕たちは」
「サトシの友人ですよ、シンジくん」
イエローの言葉を遮り、大分冷静さを取り戻したらしいシゲルが答える。彼の、サトシのポケモンたちからも事情を聞いてほしいと言いたげな視線を読み取り、イエローは頷くとそっとその場を離れた。
「……っ」
「あまり動かない方がいい。毒は抜いたけどポケモンの技を食らったんだ」
これが物理攻撃ならまだ安心できる。後遺症がないからだ。しかしシンジが受けたのはグレッグルの猛毒。人体に与える影響は未知数だ。シゲルの忠告を聞き入れたのか、すでに起こしてしまった上体をベッドの縁に預け、シンジはゆっくりと息を吐いた。
「僕はシゲル、サトシの幼馴染みだ。ジュンから簡単に事情は聞いたけど、君も教えてくれないか?」
傷が痛むのだろう、眉間の皺を深く刻んだまま――後日聞いたところによると、それが彼の普通だったらしいが――シンジはゆっくりと口を開く。
彼もまた用事があって、マサラを訪れたのだと言う。サトシと出会い会話していた所、急に二人組に襲撃されたらしい。男は、イエローの書いた似顔絵を見せたところ、そいつだとすぐさま頷いた。ただもう一人の青年についてはヒロシの書いた物を見せたが、首を横に振られた。
「まさかサトシまで……」
「? どういうことだ」
「ここ数日で彼の兄も、行方不明になってるのよ」
ブルーは手近にあった写真立をシンジに手渡し、悩ましげに吐息を溢した。
その写真はレッドがハナコたちの家に越してすぐ、彼らとオーキド家そしてブルーの家族といったマサラ組で撮ったものだ。あの時はこんな事態、誰も想像していなかったから眩しいばかりの笑顔で溢れている。思わずブルーの涙腺は弛みかけた。
シンジはというと、彼女から受け取った写真を凝視し肩を震わせた。
「? シンジ」
「……ふざけるな」
がしゃん、と床に叩きつけられ、硝子製の写真立が無惨に砕ける。途中で切ったのだろう、彼の指先から血が一滴、乱反射する破片に滴り落ちた。それをどこかぼんやり見つめながら、シルバーは胸に渦巻く不安が徐徐に形作られていくのを感じる。

「情報……というよりは忠告の方が正しいな」
シルバーを経由してグリーンが受け取ったのは、二人だけで話がしたいというサカキからの伝言。罠の可能性もあったが、背に腹は代えられなかった。
ニヤニヤと口火を切ったサカキを前に、グリーンは警戒を解かずポケットへ手を入れた。
「まどろっこしいな。さっさと要件を言え」
「フフ、そう焦るな……そんな状態でお前はアイツと戦えるのか?」
「……何が言いたい」
「知らないとは言わせないぞ。お前がその可能性に気づかないわけがないからな」
「……」
想像しなかった訳ではない。あれだけの材料が揃っていながら答えを導きだせないほど、馬鹿ではないと自負しているつもりだ。ただ、認めなかっただけ。それこそ馬鹿なことだと端から否定していただけだ。
「リーグ優勝経験者。ジムリーダー候補者。『戦う者』……例え目的の人物でなくとも、これだけの逸材を手に入れたとなれば棚から牡丹餅だと感じるだろうな」
薄く笑い、サカキは口許を手で覆った。それを静かに見返したまま、グリーンは何も言わない。
彼がそれを予期したのはマサキの報告がきっかけだった。敵はレッドの個人データまで閲覧したと言っていた。どうして間違いに気がついたのか、それはこの際どうでもよい。問題はそのデータを見て何をするつもりなのか、だ。
「私なら、そうするさ」
嘗て敵対していた時と同じ光を瞳に宿し、サカキはにやりと笑った。
「敵として現れたアイツとお前は戦えるのか?」
「愚問だな」
サカキの質問に即答しグリーンは、言いたいことはそれだけかと鋭い視線を投げた。サカキは片眉を上げて見せたが、それは驚いているからなのかはグリーンには分からなかった。
「意外だな。もっと情があるかと思ったが」
「俺達を舐めるな。俺もアイツも、求めているものは同じだ」
それは胸踊るような感覚。手に汗握るポケモンバトル。それを与えてくれるのは相手だけだと互いに理解しているからこそ敗けたくないと感じたし、キワメの試練も躊躇い無く受け入れたのだ。
些か不本意な舞台ではあるが、それを理由にグリーンがレッドとのバトルを断ることはない。きっぱりとした答えを聞き、サカキは喉で笑った。
「だがお前は別のものも求めているように見えるが?」
「……」
「まぁ精々、次はしっかり逃がさないようにすることだ」
アレを欲しているのが自分だけだと思うな。そう低く言い放ち隠れ家を出ていくサカキを、グリーンは振り返らぬまま見送った。
元敵方のボス、後輩の父親、先代トキワジムリーダーで嘗ての自分の先輩。そのどれともつかない威圧感に息を飲み、言葉すら発することが出来なかったのだ。
「全く、厄介事ばかりだな……」
だからと言って引く気はない。額の冷や汗を拭い、グリーンはその拳を握りしめた。

想像しなかった訳じゃない。シルバーだけじゃなくブルーだって気づいていた筈だ。ジュンから襲ってきたポケモンの種族を聞いた時、それは既に確信へと変わっていたかもしれない。
彼のその身に背負う名を知ったなら、単純な悪人が考えそうなことじゃないか。
「何故兄がアイツを襲う?! 何故アイツを泣かせた!」
レッドが敵に引き込まれるなんて、想像の範囲内の、筈だ。なのに、乾いた口内から言葉は発せず、ぼんやりと硝子の破片にまみれた写真を見つめるしかなかった。
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