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羨ましい。
楽しそうに駆け回る二匹のピカチュウを眺め、彼はそう呟いた。
その言葉にピカチュウのトレーナーたちは苦笑して、ならば手持ちに加えてみたらどうだと兄が提案した。そうしたらお揃いだな、と弟も嬉しそうに笑う。つられて二人の兄も顔を見合わせて微笑んだ。
それを窓から眺めていたJr.も微笑ましいその光景に頬を綻ばしたのを、よく覚えている。
「何かあったら連絡しろ!」
取り出したピジョットの背に飛び乗り、Jr.は返事も聞かず飛翔を命じた。ファイアからの連絡から一日半。思い付く限りの道具を詰めた鞄を肩にかけ、Jr.はシロガネ山を目指し空へ舞い上がる。
「ファイア……!」
顔に吹き付ける風に目を眇め、Jr.はぐっと拳を握った。

雲を裂くように飛んで行くピジョットの姿は、地上からも良く見える。
グリーンは視線を空から、目の前の隠れ家へと向けた。それはシルバーの所有する内の一つで、グリーンはある男に呼び出されて一人でここに訪れている。
隠れ家だけあって中は必要最低限の物しかない。薄暗いそこには人の気配が一つだけ。
「久しぶり、と言うべきかな」
「さあな」
「つれないな」
「嘗ての敵に使う気なんてないからな。……情報があると聞いたが? サカキ」
不敵に笑う男を射抜くように、緑の瞳がギラリと光った。

「ポケモンハンター?」
「ああ。だがクリスのような正規の奴らじゃない」
「……密猟か」
「ああ。それがホウエン、シンオウで多発しているらしい」
シンオウには元々、Jという女を筆頭にした組織があったが壊滅したと聞いた。それの残党か、はたまた別の組織かは知らないがホウエン、シンオウの離れた二つの地域で最近問題になっている。
シルバーが父サカキに訊ねて返ってきた答えがこれだった。
「けど、それが関係あるんですか?」
「Jに与していた者なら、逆恨みという考えもあるけど」
グリーンがいない今、場を仕切っているのは弟であるシゲルだ。兄には劣るものの、頭が良く回る彼は顎に手を当て考え込む。もし逆恨みなら生け捕りにする必要はない。その場で始末すれば良いのだから。
「そう言えばあの女の人も、そのポケモンハンターだったんですかね」
ふと思い出したように、イエローが呟いた。ソウルとシルバーも思い出したのか頷き、他は何の事かと首を傾げる。イエローがクリスから連絡を受けた時のことを話すと、シゲルは目を見開き、拳を机にぶつけた。
「そういうことか……!」
「え? 今の話が関係あるんですか?」
「残念ながら大有りですよ、イエローさん」
もっと早く話して欲しかったが、過ぎたことはしょうがない。奴らはそのために邪魔な番犬を痛め付け、何度もその姿を目にした少年を求めていたのだ。ポケモンをつけているとはいえサトシが心配だった。
「どういうことだ?」
今にも外に飛び出さんとするシゲルは、シルバーの声に焦る自らを叱咤された気分になった。軽く息を吐いて落ち着かせ、こちらを見る六対の瞳を見据える。
「奴らの狙いは、」

「ホウオウ?」
知っているがそれがどうかしたのかと、サトシは散歩の途中で再会したシンジに訊ね返した。
ジョウトリーグ挑戦中だという彼がなぜマサラに居るのかと訊ねれば、あることをサトシに聞きに来たからだと言う。それがホウオウのことである。
「マツバといったか……そのジムリーダーから聞いた。お前の方が詳しいと」
「そんなことないと思うけど……ただ俺は何度か見たことがあるだけで」
滅多に人前に現れないポケモンを何度か見ただけでも、十分な気がする。しかし確かに伝承などといったことは、マツバの方が詳しいようだった。
無駄足かと内心溜息を吐くシンジ。サトシが何故そのようなことを聞くのか訊ねると、彼はああと頷いて腰のモンスターボールに手を伸ばした。
「実は……」
ひゅ、と風を切る音。咄嗟にシンジがサトシの腕を引いてしゃがませると、代わりにリザードンが前に出て飛んできた攻撃を腕で払い除けた。
「な、なんだ!」
「ちっ」
二人を護るように取り囲むポケモンたち。シンジもエレキブルを取り出して、攻撃してきた男を睨み付けた。
その顔に見覚えがあったサトシは、あ、と小さく声を漏らす。イエローがブイから読み取った、レッドを浚った男だ。
「よくも騙してくれたな。お前がサトシか」
にやり、と口を歪ませる男の傍にはエルレイドとゴローニャ、そして青年。佇む青年の淀んだ瞳にはシンジも眉を顰めたが、それよりも隣で絶句するサトシが気になった。
肩を揺すって呼び掛けてみても、何かを小さく呟くだけで反応はない。思わず舌打ちして、シンジは彼を背中に庇うと、男たちを睨み付けた。
「なんだ、騎士のつもりか?」
その様子を小馬鹿にしたように、男は鼻で笑う。彼が片手をおもむろに上げると、ポケモンたちは一斉に攻撃を始めた。
いつの間にかポケモンに囲まれ、サトシのポケモンたちはそれに苦戦を強いられる。上手い具合に、サトシから引き離されていくのだ。
男の話の様子から危なげな雰囲気を感じたシンジは、サトシから離れないよう気を付けながら、ポケモンをリザードンたちに任せて、エレキブルにそのマスターを狙わせた。粗っぽいが実力が拮抗している以上、司令塔を崩すのが手っ取り早い。
「エレキブル! 『かみなりパンチ』!」
電気を纏う拳が男を狙う。しかしそれは不敵に笑う彼に届く前に、横からの攻撃によって弾かれた。
慌てて目で追えば、青年の傍に佇むフシギダネの蔓が延びている。それに弾かれたのだとシンジが理解した瞬間、背後で風を切る音がした。
そこからは全て、スローモーションの出来事だ。
無音の世界の中、逆光を背に現れたのはピカチュウが応戦していた筈のエルレイドで、その刃は真っ直ぐサトシへと向かっている。それを見上げるだけで避けようとしない彼に舌打ちする暇もなく、シンジは腕を伸ばした。
どうやらエルレイドに代わってピカチュウと対峙しているのはニョロボンらしい―――腕の中に子供体温な彼を抱き込んで、目の端に映った場景かそんなことを推察する。ついで背中に熱い痛みが走った。
「――!」
サトシが声にならない叫びをあげて漸く、シンジの世界に音が戻ってきた。
「シンジ! シンジ!」
体を横たえ、サトシは目を閉じて苦しそうに息を吐くシンジの肩を何度も揺すった。しかし顔色はどんどん悪くなるばかり。ただの『きりさく』ではない。刃に毒でも塗ってあったのだろうか。
「グレッグルの爪と同じ効果を持たせた。エルレイドの刃の味はどうだい?」
騎士気取りしているからそうなるのだと悪態をついて、男は唾を吐く。ポケモンたちはじりじりとサトシに詰め寄るエルレイドを阻止しようとするも、エレキブルでさえフシギバナに邪魔されて動けないでいる。思わず震えるサトシを見て、何が面白いのか男は喉で笑った。
「可哀想だなぁ、そこの彼もお前の兄さんも」
「え……」
「お前を庇ったばかりにこれだ」
とんだ疫病神だ。歪む口と、こちらを冷たく見下ろす赤の目がそう物語る。
サトシは歯の根が合わず震える体を抱き締めた。恐怖で顔がひきつり、涙が溢れだす。
そんな彼の様子を満足気に見つめた男はフィニッシュだとばかり腕を掲げた。しかし。
「『ハイドロポンプ』!」
突然横槍した攻撃によって、エルレイドは仲間共々吹き飛ばされてしまう。驚いた男が視線を向けると、そこではエンペルトが臨戦態勢をとっており、トレーナーだろう金髪の少年がサトシたちに駆け寄っていた。
「ち、仲間か」
「なんだってんだよ! どうなってんだよ!」
状況を理解していないらしく矢継ぎ早にサトシに訊ねているが、今の彼から明確な答えは引き出せない。それよりも男が危惧したのは、これから現れるかもしれない、他の仲間達だ。
流石にこのメンバーで大勢を相手には出来ないため、目的を果たせなかったことに舌打ちしつつも、青年の腕を引いてチルタリスに飛び乗った。
「あー、待てー!」
拳を振り上げて叫んだのは、ジュンだ。自分が登場するや否やポケモンをしまって逃げる男に憤慨したジュンだが、取敢ずは手当てが先だと思い、横たわるシンジの傍に膝をついた。顔色が悪く、毒にやられたのは明らかだ。
「……のせいだ」
「? サトシ」
「俺のせいだ……!」
「なんの話だよ」
「俺が!」
頭を抱えたサトシが錯乱したように叫ぶと、突然彼の体が七色に光だした。驚くジュンの目の前で眩い光は収縮し、それと共にサトシの体も消えていく。慌てて呼び掛けるが、虚な瞳でブツブツと何事かを呟く彼に、ジュンは見えていないようだった。
「……」
くん、と腕を掴まれサトシは涙を溜めたまま、ゆるゆると視線を下ろした。辛うじて意識を留めていたらしいシンジが、それでも苦しそうに眉を潜めてサトシを見上げる。ジュンですら映さなかった瞳に、彼の表情だけがぼんやりと浮かんだ。
「……行く、な……」
「……」
か細い声だったが、耳に届いたのだろうか。サトシは途端にくしゃりと顔を歪めた。ぽろぽろと頬を伝い落ちる涙が、膝やシンジの指先まで濡らしていく。
「……ごめんなさい」
その時、泣きながら謝る彼の背後から伸びてくる虹色の翼を、ジュンは確かに目にしたのだ。
まるでそれに包まれるかのように、サトシの姿は消え去った。
消えた主人を思ってか次々とポケモンたちが嘶く。
「……使えない、やつ……」
その声にかき消される中呟いて、シンジは意識を闇に落とした。
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